嫌い
俺は中学生が嫌いだ。
小学生の頃のかわいさがなく、高校生のような落ち着きがない。
中途半端な下ネタでガハガハ笑い合う男、中途半端な芸能評論に花を咲かせる女。
みんな嫌いだ。
岩本中学校。特にここはそういうバカが多い学校だ。ここにいる全員が短絡的なやつばかり。
悪いのは生徒だけじゃない。学校自体がクソだ。夏休みだというのに、補講という悪しき習慣によって学校に行かされる。これじゃあ普通の平日ではないか。本当に気持ちが悪い。
廊下を走り回るバカ、教室の地べたに座り、人の歩行を邪魔するバカ、耳障りな高い声でギャーギャー騒ぐバカ。
この教室、いや、この学校の人間全員を、今すぐ俺の力で壊したい。そんな衝動が俺に降りかかる。
「ねぇねぇ…… あ、ごめん! 今日もぉ……席譲ってくれるかな?」
俺の肩を叩き、ブッサイクな女が席を譲れと言う。息がとてつもなく臭い。
「あぁ、ごめん」
俺は、机にあった教科書、ノート、ワークをしまい、弁当を持ち上げ、席を離れる。
女は「ありがとう」とだけ言い、近くの女子3人と机をくっつけて喋りだした。
俺は、どこで弁当を食べようかと考えるが、嫌でもそいつらの話が耳に入る。
「ねぇねぇ真弓、今日さぁ、スミちゃんスミちゃん休みじゃん? 休みの理由って分かる?」
「え? あー、スミちゃん成績良いから、特別に補講免除になってるんだって。ほんとは1、2年のときから免除されててー、それでも出席はしてたんだけどねー。今日はー……んー、なんか予定あんじゃない?」
「へぇー……なんかさぁ、スミちゃんいないとさぁ、ちょっとっていうか、だいぶさみしいよねー」
「分かるー、いつも騒ぐ男子たちをまとめて静かにしてくれるもんねー」
「ねぇー、ほんと寂しい~」
女子達が、このクラスのまとめ役的な存在、炭岡旬の話をする。
確かに、あいつは他のやつらと違って、周りを気にせず騒ぐことはしないし、バカとも上手く話せるから、めんどくさいトラブルもあまり起こさない。この学校の生徒にしてはまだマシなほうだ。しかし、そんなやつでも、俺にとって嫌いな人間の一人であることは間違いない。
俺はとりあえずこの騒がしい場から離れようと、教室の出入り口へと向かう。
ドアを開け、教室を出ようとすると、穏やかな匂いが漂い、俺の鼻を通る。なんというか、キレイな花の匂いというか、いつまでも嗅いでいたい匂いである。俺はこのいい匂いが誰のものなのかを知っている。
「あ、あの、炭岡旬くんいますか?」
目の前にはこの学校の2年生、灰東愛生がいた。
匂いと同様、いつまでも聞いていたい優しく気持ちの良い声が俺に話しかける。まだ成長しきっていないような、純粋であどけない顔と澄んだ声に、まるで時が止まったような感覚に陥る。
俺は高まる気持ちを表へ出さぬよう、ゆっくりと息を整える。
灰東はカラフルな色をした巾着袋を持っている。おそらく弁当箱が入っているのだろう。
「……?」
灰東は目を丸くして俺の返答を待っている。
「炭岡旬なら今日は休みだ」……このたった一言だ。これだけを言えば良いんだ。俺は言える。早く言わなければ……
「あぁー! 愛生ちゃん!」
クラスの女子一人が灰東愛生に気づき、甲高い声を上げた。
「あ、こんにちは!」
「彼氏くん今日いないけどさー、どうしたのぉー?」
女はいきなり訳の分からないことを言う。灰東愛生に彼氏? なんのことだ? まさか……
「あー、やっぱりいないんですねー。朝起きたら、朝ごはんが置いてあるだけで、旬くんいなくって。一人で学校に来たんですけどー……って、旬くんは彼氏なんかじゃないですよー!」
ん? 朝起きたらいなくて? どういうことだ? まるで一緒に住んでいるような言い方だが……
「もー……」
灰東の眉は垂れ下がり、頬は赤い。少し困ったような顔だが……なぜだろうか、少し笑みが溢れている気がする。
「いやいや、一緒に住んでる時点で、もうそれ彼氏じゃん!」
「ち、違いますよっ! これにはわけがあって!」
「わーかったわかった、詳しい事情を聞くから、こっち来て私達と一緒に食べよ?」
「え、いいんですか? じゃあ……そうします……」
灰東が女の誘いを受け入れる。
女は、こっちこっちと灰東を手招きし、席の方へと歩く。
「あ、すみません。ありがとうございました」
灰東は一瞬、女子のほうへ行きかけたが足を止め、こちらを振り返り、礼を言った。
やはり灰東は違う。そこらの人間とは違う。俺にもちゃんと接してくれる。俺を毛嫌いする連中とは全く違う。
俺は、クラスの女と親しげに話す灰東の笑顔を見ながら、それと同時に、炭岡旬に対しての嫌悪感を抱く。
あの男、あんな好青年のふりして、灰東と一緒に住んでいるのか。
なぜあいつが、、、?
チビなのに。イケメンでもないのに。俺よりも弱いのに……
屈辱で、俺の顔が熱くなるのが分かる。
俺はこの真っ赤な顔を周りに悟られぬよう、小走りでトイレへと向かった。
いざとなれば、俺はあいつを殺せるんだ。あいつを殺せば、灰東は……




