黒い影 ー隼瀬慎也ー
あいつらのせいだ。
潮田大翔のせいで……大空心助のせいで……
なぜ世界の未来を考えている私が邪魔されなければいけないのだ。
もうすぐ夜になる。私は警察病院の隔離室に入院していた。
こんなことになったのは誰のせいだろうか。
こんなことにならなければ、この私こそが人類の進化に貢献できたというのに。
そんなことを考えていると、ふとあいつの言葉が脳裏に浮かんだ。
『幾人かの人が望まずして死んだ結果得た未来など、価値のないものだ』
『お前の描いている未来とやらがどんなに大層なものかは知らないが、もっと利口な人間であれば、誰一人犠牲にならない、より効率的な方法を考えることぐらいできるはずだ』
彼の言う通りなのだろうか。
もしかして私は、ノゲムのキーを手に入れたことにより、科学者としてのストッパーが壊れてしまったのではないか。未来がどうなろうが私にとっては関係なく、本当はノゲムの力に溺れ、研究を楽しんでいただけなのではないだろうか。
いや、違う。私はそんな愚か者ではない。私は日本の、世界の未来の発展を志し、そのために崇高な研究を行ってきたのだ。そうに違いない。
だが、あの日、あのとき、あいつが、あの黒い影が私にキーを渡さなければ、どうなったのだろうか。こうして体がボロボロになりながら、拘束されてはいないだろう。もしかしたらノゲムとの融合とは別の方向性で、人類の発展のための何かを発明していたのかもしれない。
私がキーを手に入れなければ、あいつが私にキーを授けなければ、多くの命が失われることもなかったのかもしれない。藤木文雄も、近藤和夫も、清水由紀子も、武内智史も、誰も死なずに済んだかもしれない。
医療ベッドに横になりながらも、私の目からは涙がこぼれる。なぜ私はこんなことをしてしまったのだろう。どこで道を踏み外してしまったのだろう。
後悔しても意味はない。私が殺めた命は2度と返ってこない。いずれ私は裁判にかけられ、死刑の判決が下るだろう。だが、もう2度と私のような人間を出さないため、私がやれることはある。
黒い影のあいつを止めなければ……
ピーピーピーピー……
私はナースコールのスイッチを押した。
今すぐ警察に……全てを言わなければ……
「久しぶりだねぇ、隼瀬くん」
突然声が聞こえた。
あいつだ。あいつが来た。
どこだ、どこにいる? あいつを今なんとかしなければ……
「無理だよ? 私には実体はない……言ったはずだろう? “黒い影”だって」
豆電球の光がポツンと灯るなか、他のどんな影よりも真っ黒く、病室を覆ってしまうほどの巨大な影が、私の目の前に出現した。
「黙れッ! 私を騙し、精神操作までやっておいえ、無事でいられると思うなよ!」
「ハッハッハッ……! 精神操作? 私はなにもしていないよ? ただ君にキーを授けただけだ。使い道などは指定せず、君が、君自身の意思で、行動に移したんだ……」
「バカな……そんなわけがない。私は、私は……」
「そして君はヘマをした。あろうことか、事件の真相を丸々話そうとしているではないか」
「そうだ! お前が今何をしようが、私は話すぞ! 今の私に失うものはなにもない、どんな脅しにも屈しない!」
「あぁ、そうか……それは残念だ。この場で謝罪すれば、そこから解放させてあげようとも思ったのに……」
「なにィ?」
「脅すなんて卑劣な行為はしないさ。一瞬で君の肉体を無に帰すのみだよ?」
黒い影がより一層、大きく、巨大なものになり、私を覆った。
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「どうしたぁっ!?」
隼瀬慎也の担当医、そして警察官2人が病室に入る。
室内には、隼瀬はおろかベッドも心電図モニターも、様々な医療機器やその他全てが無くなり、そこにはただの空っぽな部屋があるだけだった。




