とりあえず今は進むしかないか。 ー潮田大翔ー
俺は、手に持った“茶色くて小さい球”を池に投げる。
球はポチャンと落ちて、鯉たちはそれを奪い合う。
俺は詞日都公園にいた。何故ここへ来てしまったのかは自分でも分からない。もしかしたら罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
大空さんの家にお世話になった次の日の今日、朝目が覚めると、部屋に大空さんはいなかった。おそらく事件の対処にでも行っているのだろう。部屋を出て歩くと、気づけばこの誰もいない公園にいた。ここをさまよっているうちに、売店のおばさんに話しかけられ、いつの間にか鯉のエサを買わされていた。
そして今、ニコニコしているおばさんを背に、俺は黙々とエサを投げている。そこにはなんの感情もなく、ただただ時間が過ぎるのを待っているだけだった。
あと5粒で終わるなー、これ終わったらどうしようかなーと考えていたとき、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「大翔さーーーーん! 大翔さーーーん!」
旬くんだ。大声で俺を呼んでいるが、俺は無視を決め込み、エサを投げ続ける。申し訳ないとは思っているが、返事をする元気がない。
「ちょっと大翔さん! ここで何してるんですか? 麗華さんが心配してます。一旦事務所に行って話しましょ?」
旬くんは、池を見つめる俺の耳元に結構大きな声で話しかける。
「あのね、旬くん……」
「『旬』でいいですよ?」
旬くんの明るい声が聞こえる。
「じゃあ、“旬”……今頃、俺の頼れる人が対処してくれているから言うけど、今回の事件、俺の大学の教授が犯人だったんだ。ソイツが学生たちをノゲムにして、俺はそんなことも知らずに戦ってた。横常さんもその犠牲者の内だった……」
旬の声が聞こえなくなる。
「俺はこの、横常さんが使ってたキーで、ノゲムと戦っては一喜一憂してた。呑気なもんだよな」
エサはなくなり、俺は池を泳ぐ鯉を茫然と眺める。
「呑気なんかじゃないですよ」
旬がまた答える。
「そもそも、あなたが僕たちに協力している時点で、あなた自身に横常さんのキーを持っているという責任感があるのは確実ですよ。本当にあなたが呑気なら、今頃事件があったことすら知らないままだし、知っても協力すらしないはずじゃないですか」
慰めているんだろうな。ありがたいけど、そんなの言い訳にしか過ぎない。そんな中途半端な責任感しか持っていなかったから、いざ真相を知ると無気力になってしまうんだ。
「僕、大翔さんたちに……」
「『大翔くん』でいいよ……」
「え……わ、分かりました。そのー……“大翔くん”たちに協力していただく前、この事件を一人で調べてたとき、とっても不安だったんです。犯人から襲われるんじゃないかとか、ホントに真実を知ることができるのかとか、愛生がこの先安全に暮らせるのかとか」
旬は不安を口にした。
俺は正直驚いた。この子はいつも冷静で、責任感が強くて……どこか完璧な印象があった。なんというか、悩むこともなくて……俺とは正反対なんだろうなと思っていた。
「でも、大翔くんと、麗華さんと、金房さんがいてくれて……一緒に調査をしてくれた。そんな人たちが、僕の心の支えになってたんです。それに、味方にゲットリッダーさんがいれば心強いと思ってましたしね」
旬はフッと笑った。
俺なんかがこの子の心の支えになっていた……そんなの、考えたこともなかった。
「僕だけじゃありません。あなたが今まで戦ってきたことで、それが誰かの心の支えになっているんです。今、大翔くんがどんな感情なのか、どれだけ悩んでいるか、僕には図り知れませんけど、今は動くしかないんじゃないですか? 大体の物事、取り敢えず進めば、何とかなるもんですよ」
旬が笑顔で、優しく、俺を勇気付けてくれる。
その通りかもしれない。今は動くしかない、止まっていても事実はなにも変わらない。理屈では分かってる。しかし、それができない。そう簡単に気持ちを切り替えられるわけがない。
人が何人も死んだんだ。それを最小限に防ぐことができなかった。ヒントはいくつもあった。横常さんの失踪もあったし、隼瀬慎也についても、少し調べれば分かったはずだ。いち早く事件の真相を知るチャンスなんていくらでもあった。ノゲムの襲来なんて待ってないで、自分から調べていれば、もっと早く事件のことが知れて、本来死ななくていいはずの人の命も救えたはずだった。俺はそれができなかった。
可能なら時間を巻き戻したい。時間を巻き戻して、死んでしまった人の命をもとに戻したい。しかし、それはできない。それなら俺は何をすればいいのか。ただ絶望したまま、こうして油を売っていればまた誰かを救えることができるのか。いや、違う。どれだけ挫けても、どれだけ苦しんでも行動するしかない。それが……力をもつ者の使命なんだ。
「やっぱり……進むしかないのか。ゲットリッダーてもんになった以上、悩んでいる暇なんてないのかもな……」
「はい! そうです! じっとしてても何も始まらない!何も進まないんです!」
半ば諦めも入っているものの、やっとやる気が出始めてきた。力がみなぎっていく気がする。
「おばさん、これありがとっ」
「はいまいど!」
俺は持っている空の袋をおばあさんに渡し、旬とともに金房さんの事務所へ向かおうとした。
プルルルルル……プルルルルル……
その瞬間、俺のスマホに着信がくる。
『おい! まだこないのか!!!』
スマホを耳に当てた瞬間、突然舌足らずな高い声が聞こえた。その声が、竜也の声であることはすぐに分かった。
しまった……どうやら俺は、竜也からのメッセージに気付けなかったようだ。
「ノゲムかッ? 今行く! 場所は!?」
『しらない! ここは! どこだ!』
たつやが誰かに話しかけている。他に誰かいるのか? そういえば奥で何かバタバタと音が聞こえる。
『お前の大学だ! 緊急事態で猫の手も借りたいぐらいだ! 他のゲットリッダーも来るだろうが時間がない! このままじゃ大勢の犠牲者が出る!! なんでもいいから早く来い!』
大空さんの声だ。どうやらかなり大変な状況らしい。俺も行くしかないのか。
そう思ったのと同時に、突然右腕の探知機が鳴った。
ピーピーピーピー……
「分かりました! 俺、今詞日都公園にいるんで、すぐに行けると思います!」
俺は電話を切った。
「旬は事務所に行ってて! 俺も後で行くから!」
俺は走り出した。
「分かりました! ご武運を祈ります!」
後ろから、旬の、俺を応援する声が聞こえる。背中を押されている気分だ。
俺は手を上げ、合図する。
俺が守る……これ以上、誰も死なせない……




