普通って、退屈だな。 ー潮田大翔ー
●登場人物
・潮田 大翔 ♂
2009年12月22日生まれの20歳。帝頂辺天大学理学部3年生。才色兼備の彼女はいるが、本人はいたって普通のどこにでもいる大学生。毎日退屈な日々を過ごす自分にほんのすこしだけイライラしている。
・安城 麗華 ♀️
2010年2月26日生まれの20歳。大翔と同じく帝頂辺天大学3年生。チアリーディング部に所属しており、冷静な性格からか、部活内での信頼が厚い。容姿端麗でもあるので男子からもモテる。みんなの憧れの存在。基本的に気の強い性格ではあるが、大翔の前ではときどき変わった一面を見せる。
・横常 礼人 ♂
帝頂辺天大学4年。運動神経抜群、成績トップで容姿端麗。いつもそばには女性が複数人いる。最近ゲットリッダーを始め、人気がますます上がっている。ゲットリッダー・シーシャインの変身者。
・灰東 愛生 ♀️
2016年7月7日生まれの14歳で中学2年生。2020年クリスマスに、当時、正陰コーポレーション次期社長であった父と研究者の母、社長の祖父を火事で亡くしている。そんな過去を感じさせないほど、天真爛漫な性格であり、かなり天然。
・炭岡 旬 ♂
愛生の幼馴染み。愛生と同じ学校に通う中学3年生。成績優秀でほぼ毎日、愛生の勉強を手伝っている。
・若美 佑月 ♀️
陽園の秘書。いつも冷静で、社長の陽園を深く慕っている。
・???
黒いパーカーを着用し、フードを被り、顔に白く不気味な仮面を着けた謎の人物。正陰コーポレーションと関わりが深い様子だが……?
・陽園 真道 ♂
正陰コーポレーション元秘書で現社長。世間では爽やかで優しいイメージであるが……
2030年7月3日。俺はいつもどおり、彼女の麗華とともに、大学の食堂にいた。
今は昼休みの時間だ。俺はみそラーメン、麗華は卵の乗ったうどんを食べている。
『それでは今日の『午後トーク』、ゲストには、ゲットリッダーとして活躍しながら、現在ドラマや映画に引っ張りだこの俳優であります、真景明久さんをお迎えし、現代の『ゲットリッダー』について深掘りしていきたいと思います。それでは真景さん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
食堂にあるテレビには国営放送局による情報番組が流れており、今は「ゲットリッダー」の特集をしている。
「ゲットリッダーとは何か」、それを説明するにはまず、話を10年前にまで遡る必要がある。
2020年、東京オリンピックが終わったばかりの頃。この日本に突如として新種の生物が現れた。いや、怪物と言うべきか。その生命体は2匹、3匹、10匹、100匹と、各地に次々と現れ、これまた次々と人々を襲い始めた。やがて、怪物の脅威は海を越え、世界へと拡大していき、たちまちこの地球は滅亡の危機に陥った。その間、実に2週間である。
国際連合は、その生物を総じて「New Original Geoglafic Monstars」、略して「NOGEM」と呼称し、日本のマスコミは一連の被害を「ノゲムショック」と呼び始め、世界は混沌に包まれていった。
しかし、そんな悪夢も長くは続かなかった。日本に本社を構える大企業、「正陰コーポレーション」がノゲムに対抗できるシステムを開発したのだ。その名も、「ゲットリッドシステム」である。「get rid」とは、日本語で「駆除する」という意味だ。ゲットリッドシステムは本来倒すべき存在であるノゲムの能力を利用してこそその力を発揮する。詳しいことは俺もよく分からないのだが、とにかくそのシステムを使った人間は「ゲットリッダー」という名のヒーローに変身し、ノゲムと対等に戦うことができる。
ゲットリッドシステムはたちまち世界へと広がっていった。各地にいる数々のゲットリッダーは人々を襲うノゲムを“駆除”し続け、そのおかげでノゲムの数も減っていった。
そして現在2030年、10年前のような、ノゲムがそこら中を徘徊するような日々はなくなり、たまーに現れるノゲムを、たまーにゲットリッダーが倒すという日々が繰り返されている。
ここで我ながら驚くことを言うようだが、俺はそんな日々がとても退屈で仕方がない。おそらく、「ノゲムなんてものを知らない日常」を多く生きている人からしてみれば、不謹慎極まりないだろう。しかし、こっちはこっちの事情がある。
俺の名前は“潮田大翔”。2009年12月22日生まれの20歳。この「大翔」という名前は平成の30年間、出生胎児名前ランキングで8回も1位、2007年から2011年まで4年連続1位で、さらに日本で12月22日が誕生日の人は最も多いらしい。
俺は生まれたときから健康な体であった。子どもの頃から大した苦労はせず、かといって恵まれているわけでもなく、学校の成績は良くも悪くもない。適度に友達はいるが、陽キャでもなく陰キャでもないし、身体能力が優れているわけでも、運動オンチなわけでもない。
そう、俺は驚くほど何もない、「普通すぎる人間」だ。さっき「そんな日々が退屈」とは言ったが、早い話日常ではなく“俺自身”が退屈な、空っぽな人間であるということだ。
しかしまあ、言うほど自分が嫌いではないし、周りの人を羨ましく思う訳でもないのだが、それでもやはりふとしたときに、その自らの普通さが俺を苦しめる。「俺が、この世に多くいる人間の一人でしかない」ということが、俺には嫌で嫌で仕方がないのだ。
「あらぁ~、真景くん、最近毎日のようにテレビで観るわねぇ~。やっぱり、イケメンだから人気なのかねぇ? 今の世の中、イケメンじゃなきゃやっていけないものねぇ~」
食堂のおばさんが俺たちの席に近づく。赤いチェック柄のエプロンを付け、赤いバンダナを被っているそのおばさんは、俺たちの席を通りすぎると、曲がった腰をトントンと叩きながら浄水器のコップを補充し、会話のように独り言を発しては、またどこかへ行った。たぶん俺たちに話しかけているつもりなのだろう。
今テレビに出てる真景明久は、司会者の言うように、ドラマ、映画に引っ張りだこの俳優であり、ゲットリッダーでもある。俳優でゲットリッダーなのは今の世の中では非常に珍しく、こうしてトーク番組にも出ているのを何度も見かける。
「でもこんなにテレビに出てて、ゲットリッダーってのは暇なのね」
麗華が嫌味たっぷりに言う。麗華はノゲムがきらいで、その力を利用して戦うゲットリッダーも好きじゃないらしい。
たぶんだけど、過去に何かあったのかもしれない。もちろん、そんな話題を俺から切り出すことはできないのだが……
俺の彼女、安城麗華は少し気が強い。全国レベルのチアリーディング部に所属しており、俺と同じ3年生の麗華は、そのチームの次期キャプテンになるという話もあるほど。リーダーシップに長けていて、運動神経抜群、それに加えて美人。よって、部員からはもちろん、キャンパス内でも男女問わず憧れの存在らしい。
まあ、つまり、俺とは正反対の存在である。というか不釣り合い。俺の普通じゃない部分といったら、こんな人が彼女でいてくれてることぐらいだ。どうしたらこんなパーフェクトな人と付き合えるのか、よく周りの人に言われるのだが、残念ながら自分にも分からない。
麗華との出会いは去年の秋頃だった。図書館で麗華が探し物をしているのを俺が……
「ちょっと大翔? 聞いてる?」
「ん? あ、ごめん、ちょっと考え事してた……ははは……」
「ふーん……でもそうやって考え事ばっかしてたらさ、次の授業間に合わないよ? 大翔、いっつも食べるの遅いし?」
麗華は俺を少し茶化すように笑った。
一つ縛りの若干茶色に染まっている髪は、ほのかに良い匂いを漂わせながらヒラッと揺れ、大きくチャーミングな目は、笑顔のせいでクシャっとした線になる。周りには普段見せない笑顔だ。比喩ではなく、本気で輝いているように見える。まるで太陽のようだ。もし目を反らせば残像が残るだろう。
すごくかわいい。滅茶苦茶かわいい。もう、今から原宿歩いたらスカウトが一気に十数件くるんじゃないかってぐらいかわいい。芸能界に出たらすっごく売れるだろう。うん、絶対そうだ。
こんな輝いている笑顔が、毎日何回も見れる。正直、麗華といるときは自分への苛立ちがなくなる。
「「「キャーーーーーー!!」」」
気持ちの悪いことを考えていると、突然、大勢の女性の叫び声が外から聞こえてきた。
俺の肩は反射的にビクッと動く。
「え……なんだろ……まさか、ノゲム……?」
この世の男のハートをすべて撃ち抜く麗華の笑顔は焦りの表情に変わる。
俺たちを包んでいた和やかな空気は一瞬にして終わった。
「お、俺が見てくる……! 麗華、お前はここにいろ!」
「ううん、私もいく!」
「え……でも」
「いいからっ! 早く……!」
ここで押し問答をしている暇はなかった。俺はそれ以上は何も言わず、走り出した。
食堂のすぐそばには出入口がある。俺たちは急いでそこへ向かい、ドアを開けた。
俺たちは外に出た……が、ノゲムらしき怪物はどこにもいない。
「え……」
代わりに目の前には、頭脳明晰、運動神経抜群イケメンの4年生、横常礼人さんと彼を囲む大勢の女子がいた。横常さんは周囲のいろんな女の子の方へ笑顔を見せながら、スタスタと軽やかに歩いている。
「なぁ~んだ、横常さんか」
「うっわきっも……最近あいつゲットリッダー始めたから、いつにも増して調子乗ってるわ……」
麗華は眉間に皺を寄せる。明らかな嫌悪感を抱いているのが分かる。それも当然だ。俺と麗華が付き合う前、横常さんは麗華にしつこく付きまとっていた。なんなら麗華曰く、今でもたまにお誘いのLINEがくるらしい。
まあ俺が麗華のそばにいる限りさすがに直接寄ってくることはないだろうが……
さっきも言ったように、横常さんは一見パーフェクトだ。だが、性格は最悪。周りの女子と片っ端から関係を持ってはすぐに捨て、また他の女子に乗り換える。いわゆる“ヤリ〇ン”だと一部の男子で噂になっている。
そんな横常さんは最近ゲットリッダーを始めたらしく、いつにも増して周りの女子たちは騒いでいる。彼はもうすっかり「スター気取り」だ。
そんな男に嫌悪感を抱きながらも、俺はふと大学内の時計を見る。針は12時55分を指していた。
ん? 12時55分……? 3限ってー……
「うわっ! おい麗華、もう3限の時間だよ! 早く食べて行かないと!」
「やばっ! 次の授業、隼瀬さんじゃん!」
「うーわっ、そうだ……! やばいやばいっ!」
隼瀬教授は講義を1秒でも遅刻したら欠席扱いにする。この大学では“悪い意味で”珍しい教授だ。
俺たちは走って食堂に戻り、残りを高速で食べ、これまた高速で教室へと向かった。
頑張った。努力した。俺たちの最大限の力を発揮したつもりだ。
見事、俺たちは欠席扱いとなった。