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第九話 「神の領域(ゴッドフェイズ)」

「は?」

 小屋の外から、先ほどよりもずっと近いあの鳴き声と、少しずつ迫る無数の足音が聞こえる中、俺は息をのんだ。

 命を賭けろって? 何を言ってるんだ、コイツは。そんなの、

「できるわけないだろ……」

 思わずこぼれたその言葉に、テンを取り囲む女の子たちの顔が絶望に染まる。

 やめろ。

 そんな顔、しないでくれ。

 命を賭けるなんて、そんなの、できるわけない。

「いいのか? でなければ、お前の大切なものが死ぬぞ」

 視線だけで女の子たちをさすテン。アカネちゃん、ミルクちゃん、カスミちゃんにコバトちゃん、オオヤギさん。みんな、みんな覚えている。だけど。

「なんでだよ? 集落とか、そんなの知るかよ。あんたらだけでも逃げればいいじゃないか!」

 しかし、誰も動かない。

「ーーーーお前は、愛するものを見捨ててまで、生きていたいと思うのか」

 その瞬間、空気が変わった。

 いや、正確には、俺の表情が、変わった。

「……そうかよ、そういうことなんだな」

 ゴクリと唾を飲み込み、俺は決意する。そして、立ち上がって顔を上げた。

「どうすればいい?」

「今からお前に、一つだけ質問をする。お前はただ、それに答えるだけでいい。自分の思う、自分の”答え”を」

「わかった」

 うなずくと、テンは重い体で立ち上がり、俺の瞳を正面から見据えた。

 猫特有の、縦に細長い針のような瞳孔が、まっすぐに俺を見据える。

「カイト。俺は戦士だ。ーーーーお前は、なんだ?」

 少し悩んだあと、俺は、ゆっくりと口を開いた。

「俺は、ーーーーオタクだ」

「そうか」

 目は真剣なままに、口だけで笑う。と、不意に、テンの瞳孔がカッと見開かれた。


 その瞬間体が光に包まれ、すべてが吹き飛んだ。丸太の壁も、床も天井も。

 とっさに閉じた目を見開くと、そこには無限に広がる宇宙があった。星々の散りばめられた壮大な宇宙だ。目の前には途方もなく大きい銀河の奔流(ほんりゅう)がある。その奔流はゆっくりとこちらに近づいて来て、やがて俺を飲み込んだ。

 視界を埋め尽くすほどの星屑が足元から頭上へと、ものすごいスピードで駆け抜ける。どころか、体をも駆け巡るような感覚があった。

 感じたのは、圧倒的な全能感。そこに恐怖などなく、すべてが自分の手の中におさまっているかのような錯覚に(おちい)る。何をどうすれば、どうなるのか、すべてが手に取るようにわかる気がした。

『…イト、カイト!』

 奔流の外から、声がする。振り向こうとしたそのとき、

「ーーーーカイト!!」

 ハッと、目が覚めた。

 見ると、アカネちゃんが心配そうにこちらを見ていた。そのとなりでは、テンが驚いたように目を見開いている。

「……見たのか?」

 その言葉に、さっきまでのあの圧倒的な感覚を思い出す。まだその余韻のようなもので、指先がヒリヒリと震えていた。頭が嫌にすっきりとしている。

「ーーーー神の領域(ゴッドフェイズ)を」

神の(ゴッド)領域(フェイズ)?」

 何度目かの咆哮(ほうこう)

 そして、迫りくる足音の群れ。

「説明は後だ!」

 テンは俺の体を手のひらで押した。

「行ってくれ、カイト」

 その言葉に弾かれるように、女の子たちは一斉に扉から小屋の外へ駆け出す。

 俺もそのあとに続くと、荒涼とした大地に、黒い塊がぽつりと見えた。

 それは大きな土煙を立てながらものすごい勢いでこちらに近づいてくる。

 あれが鳴き声の正体なのか?

「総員、戦闘配置につくにゃ!!」

 かけ声を合図に、そこかしこでビュッと空気を切る音が鳴る。

 女の子たちがメイド服のミニスカートをはためかせながら空へと飛び上がっていく音だ。

 重要なことなのでもう一度言っておくと、全員パニエを履いているので、読者の諸君が期待しているようなものは見えない。

「それどうやってやんの!?」

「力を込めて、それを一気に解く感じです!」

「深淵から力を引き出すにゃ!!」

「頭の中で念じるにゃ」

 三者三様の返事が返ってきた。

「ーーーー頭の中で、グッと力を込めて、」

 言いながら、左足を後ろに滑らせ、クラウチングスタートのような姿勢になる。

「一気にッ!!!!」

 立ち上がりながら右足で強く地面を蹴る。瞬間、ありえない力が出た。

「うわっ!?」

 風を切る音こそしなかったが、グンと力が入り、斜め上に跳び上がった。

 地面がぐっと離れ、(つか)の間の浮遊感。

 しかし、

「ぐへっ!?」

 すぐに地面に引っ張られ、不時着。受け身も取れずに頭で地面にずつきしてしまった。

 それを見たアカネちゃんはすぐにみんなの方へ向きなおり、

「総員、足止めするにゃ!!」

 と声を上げると、黒い塊の群れに向かって両手を重ね、念じるように目をつむった。

 遠目からでも、アカネちゃんの両手に黒いエネルギーのようなものが集まっていくのがわかる。アカネちゃんは両腕を照準のかわりにして狙いを定めると、

不可視の黒き不死鳥(ブラックフェニックス)、力を貸すにゃ!!」

 そんなかけ声とともにそれを前方に向けて放った。

 風を切りながら直進する黒いエネルギー弾は、確かに空を切り裂く鳥のようにも見える。

 エネルギー弾はこちらへ迫る黒い塊の群れの手前に着弾。小爆発を起こした。

『グオオオオォォーーーー!!!!』

 黒い塊の群れが牛のような鳴き声で苦しげにうめく。若干進路がばらけたものの、なおもこちらに突っ込んできているようだ。

「にゃっ!!」

 続いてオオヤギさんの攻撃。

 手刀で素早く空を切ると、黒いエネルギーの塊が刃のように飛び出し、今度は群れの中央付近に落ちた。

 ひとかたまりだった群れが二手に分かれる。そのまんなかに、ひときわ大きな塊が残った。

 どうやらあの一体が群れを先導しているらしい。

「先頭を狙うにゃ!!」

 アカネちゃんもそれに気づいたらしく、キビキビと指示を飛ばす。それに従って、黒いエネルギー弾や斬撃が次々に黒い群れへと撃ち込まれていく。群れはその度に牛のような不気味な叫び声を上げるが、その速度は目に見えては落ちず、あまり効いていないようだ。

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