第六話 「見込みゼロ」
カイトが帰ってから数時間が経ったあと、ついに最後のお客さんが帰り『ヴァイオレット・ヴァレッタ』では閉店の準備が行われていた。
「それにしても、あのレベルの音を聞き逃すなど、見込みがないにもほどがあるにゃん。誓いの時まで持つかどうか、わからないにゃん」
カウンターの椅子を拭きながらため息をつくアカネ。
「困りましたね。近頃、見込みのある常連客はんたちの客足も遠のいてはりますし」
グラスを磨きながらオオヤギがこたえる。
「なんだか最近、お客さん自体減って来てませんか?」
戸棚を整理しながら、コバトは困り顔で二人の方を見る。
「その通りにゃ。このままでは、移転せざるを得ないにゃ……」
「「「テンさん!!」」」
声の主の方に振り返る三人。入り口の扉から現れたのは、髪を暗い金髪に染めた細身の男だ。人間の耳の代わりに、茶色い猫耳を生やしている。
ほおの大きな引っかき傷が痛むのか、よろよろとカウンター席によりかかる。
「どうしたにゃんか、その傷!!」
慌てて駆け寄る三人に、テンは恨めしげに答える。
「心配ないにゃ。”ヤツラ”に軽くやられただけにゃ。共有地帯に足を踏み込んだのが間違いだったにゃ。”ヤツラ”め、話も聞かずに襲いかかって来て……」
痛むほおをおさえるテン。引っかき傷からは血がにじんでいた。コバトが転びそうになりながら持って来たガーゼを受け取り、ほおに当てる。
「共有地帯の闘争が激しくなって来てるのは、魔物たちの侵攻が激しくなって来てるせいにゃ。じきに俺たちだけでは対処しきれにゃくなる。人間の力が必要にゃ」
「人間の、力……」
息を飲むコバト。アカネはその言葉に目をそらす。
「手段を選んでいる場合じゃないにゃ。こうなったら、人払いの結界を弱めて、少しでも見込みのある人間を呼び込むしかないにゃ」
「でも、今でさえ見込みのある常連客が減って来てるのに、これ以上人払いの結界を弱めたらーーーー」
「今はこの店の存続の方が先決にゃ。結界を弱めて訪れる人間を増やし、新規の常連客を狙うしかにゃい」
「新規の常連客……」
「そうにゃ。その中から、少しでも見込みのある客を選抜して、協力してもらうしか、もはやては残されてないにゃ」
数日後、テンの言葉通り人払いの結界は弱められ客足は増えたが、カイト同様見込みのない客ばかりが増え、新たに常連客となったのは、その間ほぼ毎日のように通い続けたカイトだけだった。