第三話 「選ばれし者?」
「この店のことはどこで知ったんですにゃん?」
「あぁ、家から一番近かったのと、雰囲気が良さそうだったので」
「ほほう」
またしてもアカネちゃんが意味ありげに笑う。ひょっとしなくてもかっこつけてそれっぽいリアクションをしているだけなんじゃないだろうか。
「天翔けるカイト、貴様は、何を選ぶにゃん?」
アカネちゃんが腰に手を当てて聞いてくる。いちいち大げさだが、容姿が整っているので様になっていた。
俺はメニューを軽く眺め、コーラを頼むことに。
「それにしても、お前は運がいいにゃん」
「というのは?」
「ここはかつて魔女のいた魔法の世界。人払いの結界によって、選ばれた人間しか入ってこれないにゃん」
「へぇー」
かなり設定を重んじるメイド喫茶のようだ。おそらく、はじめてきたお客さんを喜ばせるために全員に言っているのだろう。
「それなのにお前は……」
言いかけて、カスミちゃんの咳払いがそれを制す。
「?」
「いや、なんでもないにゃん。ーーーーすべては、絶対規律の導くままに」
言いながら、アカネちゃんはカウンターにコーラを置いてくれる。目が合うなり、ニヤリと不敵に笑った。
ここまでがワンセットのイベントなのだろうか。
「普段は何してるにゃんか?」
しかし、ミルクちゃんの何気ない質問によってまたしてもアカネちゃんの作った世界観はぶち壊された。
「普段ですか? 絵を描いたり、音楽を聴いたりとかですかね」
がっくりと肩を落としているアカネちゃんを尻目に答える。
「絵が描けるにゃんか!? すごいにゃん!」
目をキラキラと輝かせ、ぴょんぴょんはねるカスミちゃん。
「ま、まぁ。そこまで上手いわけじゃないんですけど」
その後は俺の趣味である絵や音楽の話で盛り上がった。そこはやはり接客のプロなので合わせてくれたのだろうか。最初こそ抵抗のあったアカネちゃんの厨二病も慣れればなかなか面白く、最高の時間になった。
そしてあっという間に一時間が経過する。特に一時間コースなどの指定があるわけではないが、なんとなくここらで帰ることにした。決してのめりこんでしまいそうだからではない。
「また来てくださいにゃん♩」
ミルクちゃんに扉をあけてもらい、大満足で店を出る。しばらく歩き出したころ、今頃店では俺の愚痴大会が繰り広げられてるかもしれないと思ったが、そんなことすら気にならなかった。また来よう。絶対に。そう心に誓った俺だった。
★
その後、唯一の客がいなくなった『ヴァイオレット・ヴァレッタ』では、アカネがカウンターで頬杖をついていた。
「天翔ける凧は、どうも誓いの時を迎えるに値しなさそうにゃ」
「でも、良い方でしたね!」
手を合わせるミルクに、カスミがため息をつく。
「それは人払いの結界があるから当たり前にゃん」
先ほどまでとは打って変わって、だるそうに自分の肩をもみほぐしている。
「稀に現れる、運命の悪戯に狂わされた一般人にゃんな」
バッサリ切り捨てるアカネ。これにはさすがのミルクも戸惑った表情を浮かべる。
「やっぱり、あたしたちだけで、どうにかするしかないにゃん。人間なんてーーーー」
そこまで言いかけたところで、入店を示すベルがなる。カスミは途端にパッと元気な顔を作り、
「「「いらっしゃいませにゃん!!」」」
二人に混じって愛想笑いを浮かべるのであった。