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第十五話 「白猫」

「ーーーーイト、カイト、起きるにゃん」

「……ん? 京子、さん?」

 まぶたを開いても、視界がかすんでよく見えない。かろうじてわかるのは、俺の顔を覗き込む、赤いツインテールと、茶色い髪を下ろした二人の女の子の姿。あの絹のような黒髪はどこにも見当たらない。

「まったく……絶対規律(アブソリュート・プロトコル)の導きがなければ、危ないところだったにゃん」

「ホンマ、見張っとって良かったですにゃ」

「その声は、……アカネちゃんと、オオヤギさん?」

 ようやく視界がはっきり見えてきた。思った通り、声の主はアカネちゃんとオオヤギさんだった。

「あれ? オオヤギさん、髪染めたんだ」

 なんだか意外だった。

「髪染めたんだ、じゃないにゃ!! あーんにゃわかりやすい罠に引っかかるなんて、気が抜けてるにもほどがあるにゃ」

「罠?」

「落とし物を拾ったくらいで連絡先まで交換して、その日のうちに一人暮らしの自分の家に連れ込む女の子にゃんて、いるわけないにゃ!」

「いたっ」

 あおむけに台にのせられた俺のおでこにアカネちゃんのチョップが炸裂する。

「まぁまぁ。カイトはんやって反省しとるんやろうし、ここはおおめにみるにゃ」

 オオヤギさんに助け起こされ、辺りを見回す。

 そこは小さな物置部屋のような場所で、ただでさえ窮屈な薄暗い部屋のすみに、大きな檻がドンと置かれていた。

「白雪京子はお前の力を狙ってすり寄って来た白猫にゃ。変わりばんこでお前を見張ってて正解だったにゃ」

 言いながらアカネちゃんは俺の横を通り過ぎ、京子さんの入れられた檻の前に立つ。

「今回は命を狙って近づいたわけではにゃいようだから、まぁ見逃してやるにゃ。けど、」

 アカネちゃんの瞳がカッと見開かれ、猫のそれになる。

「次はないにゃ」

 フシャーとでも聞こえて来そうな猫なりの恐ろしい形相を浮かべ、京子さんを威嚇するアカネちゃん。

 対する京子さんはまるでこたえていないようで、知らん顔をしている。

「許してにゃん♡」

 目があったかと思うと、こちらにウィンクしてきた。思わずドキリとしてしまう。

「やっぱり殺すにゃ! 三味線にするにゃあ!!」

 暴れだすアカネちゃんをはがいじめにして取り押さえるオオヤギさん。

「まぁまぁ。京子はんもカイトはんに何か危害を加えたわけではありまへんし」

「でも気に入らないにゃ!! なんかムカつくにゃ!! 絶対規律(アブソリュート・プロトコル)が殺せって言ってるにゃあ!」

 今日はやけに血の気が多いな。

「それにしても、一体俺を眠らせてどうしようと?」

「決まってるにゃ! 王国に連れて行く気だったにゃ!!」

 京子さんが答えようとするのを遮るように、アカネちゃん。

「王国に?」

「大歓迎のムードのにゃか、白猫の国王にでも合わせて、引き返せない雰囲気作って、無理やり騎士か傭兵にでもなってもらおうと思っとったんとちゃいます?」

「そんにゃことはしませんにゃ。世界を救う勇者として迎え入れるつもりだったにゃ」

「世界を救うって、そんな、大げさな……」

 俺がそうつぶやいた途端、水を打ったように静まり返った。

 そんな中、京子さんは檻の中でのんきに毛づくろいをしながらカラカラと笑う。

「まさか、何も伝えてないにゃーか? そんなんじゃあ、こっちの待遇の方がずっといいにゃあ」

 その言葉に、アカネちゃんは歯がみして京子さんをにらみつける。オオヤギさんはバツが悪そうに目をそむけていた。

「え? なんだよ、どういうことだよ。俺はちゃんと……」

「ーーーーそのことじゃないにゃ。まだ、話してないとこがあるにゃ」

「まだ?」

 京子さんがあざとく強調する。

「まず、魔物たちの侵攻は、カイトが思っている以上に深刻にゃ。実際、毎日少なくない数の猫が命を落としてるにゃ」

「毎日?」

 確かに、そこまでとは聞いていない。

「それだけじゃないにゃ。魔法と呼ばれる私たちの力は、命の源から生まれるもの。つまり、白猫と黒猫が争うということは、生命がぶつかり合うということに他ならないにゃ」

「つまり、どういうことなんだよ?」

「端的に言えば、私たちはみんな、命を削って戦っているにゃ」

「っ!?」

 命を削って戦うというその言葉の重さを、すぐには受け止めきれない。衝撃を受ける俺の顔を見て、京子さんはニヤリと笑った。

 だけど。

「だから、なんだよ?」

 強がりじゃない。本気だ。

「にゃ!?」

 豆鉄砲でも食らったように、目を丸くして驚く京子さん。

「俺はあのとき、テンさんの問いかけに答えた瞬間から、とっくに覚悟決めてんだよ」

 脳裏をよぎるのは、あのときテンと交わした言葉。


『ーーーーカイト。お前は誰だ?』

『俺は、ーーーーオタクだ』


 そう。俺はオタク。

 ただのオタク。だからこそ俺は、

「俺は、大切なもののために、命をかける」

「カイト……」

「カイトはん」

「カイト様ぁ♡」

「カイト様?」

 目をハートにして鉄格子越しにすり寄ってくる京子さん。主張の強い胸が格子に食い込んで目のやり場に困る。

「私、カイト様に惚れ込んでしまいましたにゃあ」

「え、えぇ……」

 清楚な見た目のままデレデレの様子でとんでもないことを言う京子さん。

「カイト様と一緒に暮らしたいにゃん♡」

「だっ、ダメに決まってるにゃ!! 年頃の男女が一つ屋根の下24時間一緒なんて、絶対ダメにゃ!!」

 厨二台詞もすっかり忘れて騒ぎ立てるアカネちゃん。

「いや、確かにそれも問題だけど……」

「アカネはん、つっこむところが違うんじゃありまへん?」

「おい黒猫、カイト様はいつもお前のカフェに通ってるにゃんね? 私もそこで働かせるにゃん」

「にゃあ!? それこそ絶対ダメにゃ!! なんたってそんな敵を匿うようなことをしなくちゃいけないにゃ」

「まさに匿って欲しいにゃ。カイト様を勇者として向かい入れる大任を仰せつかっておきながら失敗したとなれば、もう私は白猫の王国に合わせる顔がにゃい。最悪黒猫に手の内を明かさぬため、抹殺されるかもしれないにゃ」

「抹殺!?」

 当然のことなのか、驚いているのは俺だけだった。

「そんなの、知ったことじゃないにゃ。むしろいい気味にゃ」

 そっぽを向くアカネちゃんに、京子さんは目に大粒の涙をためる。

「お願いにゃ、この通りにゃ。私は、お前たちにどんな扱いをされても文句は言わにゃいし、どんないやらしい命にも従うにゃ」

 後半は俺に向けられていた。

「どんないやらしい(めい)にも……」

 俺が何を想像したかについては、諸般の都合で割愛する。

「いった!!」

「何いやらしいこと考えてるにゃんか!?」

 顔を真っ赤にしたアカネちゃんにはたかれた。

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