第十二話 「命より大事なもの」
「またいつもの厨二病、ってわけじゃないよな?」
「違うにゃ!! 今は大真面目にゃ! ……まったく」
顔を真っ赤にして怒り出す。……いつもはふざけてる自覚あったのか。
「……悪かったよ。それで? そっちの世界には人間はいないのか?」
「そうにゃ。私たち猫の各種属の王国があるだけで、この世界の人間ほどの知能を持った生物は他にいないにゃ」
「なら、なんで"猫"なんだよ?」
「にゃ?」
「そっちの世界の言葉では、自分たちのことはこっちで言う人間みたいな名前がついてるんじゃないのか?」
意外な質問だったのか、しばらく考え込むアカネちゃん。
「……そう言えばそうにゃ。その昔、耳や尻尾を持たない、私たちによく似た生物が、自身を”ニンゲン”と名乗ったという伝説はあるにゃ」
「でも、私たちがにゃんで自分たちのことを、この世界で言う”猫”と称しているのかは、そういえば知らないにゃ」
「そういえばって……」
「考えてもみなかったにゃ、そんなこと。キャットフェイズの"キャット"も、この世界でいう猫のことらしいしにゃ」
「キャットフェイズ……それだよ!」
コーラを口に含みながら何気なく流そうとして、思い出す。
「あのテンとかいう人は、俺を見て、"ゴッドフェイズ"がどうとか、"ヒューマンフェイズ"の範囲内だとか言ってた。そのなんとかフェイズってなんなんだ?」
この際だ、わからないことは全部聞いてしまおう。
しかし、聞かれたアカネちゃんは何やら渋い顔をする。
「……私もよく知らないにゃ。知っているのは、キャットフェイズがヒューマンフェイズより範囲が狭いということにゃ」
「範囲が狭い?」
「そうにゃ」
「にゃんでかは知らにゃいが、人間の方が元々の力が弱い分、伸びしろが大きいにゃ。だから、人間の力をブーストすれば、猫よりも強大な力を引き出せるにゃ」
聞きながら腕時計を確認する。なんだかんだでもう一時間たちそうだ。
「……あー、まだ聞きたいことが山ほどあるんだけど」
「どうしたにゃ?」
「そろそろ一時間たっちゃうんだよね」
「にゃにか予定でもあるのか?」
「いや、お金が……」
そういうと、アカネちゃんはにゃははと笑う。
「今日は特別にゃ」
言いながら、大げさにウインクしてみせる。その仕草に思わずドキッとなった。
「じゃ、じゃあ、もうちょっとだけいようかな」
ごまかすようにコーラを飲み干し、おかわりを注文する。
「……それでいいにゃ」
にやり、と歯を見せて笑うアカネちゃん。その瞬間、なんだかはめられたような気がした。
「まだお前の”これから”の話をしてないにゃ」
「……これからって?」
「ブーストしたお前の力を察知できるのは、何も私たち黒猫だけじゃないにゃ。隣国の白猫たちも、当然近くにいれば気づく。そうなれば、お前の力目当てに近づく猫が現れるのも必然にゃ」
「俺の力目当てに、近づく……?」
脳内で、甘ーい空間が再生される。
『私たちと組んでくれたら、とってもいいことしてあげるにゃ♡』
清楚な白い水着を来た白い髪の白猫三人衆にゼロ距離で囲まれ、なんなら一人にまたがられて迫られる光景が半自動で再生されーーーー
「ーーーーいたっ!?」
「にゃにいやらしいこと考えてるにゃん!?」
顔を真っ赤にしたアカネちゃんにほほを引っ叩かれた。
「は!? なんでわかっ……なことねぇよ!!」
「鼻の下が伸びてたにゃん!!」
「なっ!?」
「ともかくっ!! お前が私たち黒猫と組んでると知ったら、命を狙ってくる猫すら現れかねないにゃ! だ・か・ら、極力、とくに白猫カフェには絶対に!! 近づかないことにゃ。へなちょこなお前の力でも、半径1、2キロ付近を横切るだけでアウトにゃ」
「へなちょこは余計だろ」
まだ痛むほほをおさえながら、俺はボソリとつぶやく。
「ーーーそれから、こうなった以上、お前には黒猫の王国を守るため、戦士として戦ってもらうにゃ」
飲もうとしたコーラが喉につかえ、思いっきりむせる。
「はぁ!?」
「当然にゃ」
「テンさんに力をブーストされた今、お前はもはや常人ではにゃい。私たちの秘密も知ってしまった以上、後戻りは許されないにゃ」
「ーーーーそれを先に言えよ!!」
「さっきに言ったらどうせお前は逃げてたにゃ」
「このっ!!」
わざとらしく憎らしい顔でこちらを見下ろすアカネちゃん。
普段の厨二臭い雰囲気も相まって、なかなか様になっていた。
「あのな、命より大事なものなんてーーーー」
そうだ、命より大事なものなんて、
「ーーーー協力するにゃら、客がお前一人のときは無料にしてあげるにゃ」
「そういうことなら仕方がない」
あった。
「はやっ!?」
「いやーしかし、アカネちゃんにそんな涙ぐましい事情があったとはなぁ。これは見過ごせない」
「自分で言ってて白々しくないにゃーか?」
アカネちゃんの蔑む視線が痛いが、見る人が見ればご褒美だ。
アカネちゃんは気をとりなおすようにコホンと小さく咳払いをして、
「まぁともかく、そういうことにゃ。明日からお前も、毎日ここに通いつめるにゃ。私がみっちりしごいてやるにゃあ」
「は? しごくって?」
「決まってるにゃ。お前を一人前の戦士に鍛え上げるにゃ」
「ーーーーいや、待ってくれよ。俺大学の単位やばいんだよ」
「三年生で頑張ればいいにゃ」
「なぜそれをっ!?」
「当然にゃ。お前のことなんて、とっくにリサーチ済みにゃ」
「くそっ!! 今のうちに多めにとって、三年で楽しようと思ってたのに……」
「その割には二年の前期で三つも落としてるにゃ」
サッとどこからか取り出したボードの紙をめくるアカネちゃん。
「うるせっ!!」
「わかったら、今のうちに大人しく履修取り消しするにゃ。まだお前の大学は、履修申告期間のはずにゃ」
「そんなことまで調べてんのかよ!」
「当然にゃ。お前のような三流一般人とは違うにゃ」
ドヤ顔を決めるアカネちゃん。女じゃなければ殴り飛ばしていた。
「あぁーーもうっ!! わかったよ!」
ヤケクソで手に取ったコーラを一気に飲み干す。
「わかればいいにゃ」
「コーラおかわりっ!!」
「任せるにゃ」
冷蔵庫へコーラをとりに行くアカネちゃん。そのごそごそやっている背中に話しかける。
「そういえば、アカネちゃんは普段なにしてるんだよ?」
本来キャストさんのプライベートを聞くのは厳禁だが、俺の場合今更だろう。
「決まってるにゃ。トレーニングと周辺偵察、あとは連戦につぐ連戦にゃ」
まるでいつもの厨二病に戻ったみたいだが、今ならわかる。おそらく本当の話だ。
普段の厨二病も、事実が知られそうになった時のためのカモフラージュなのかもしれなかった。
「てことは、他のみんなもそんな感じなのか?」
「いや、そんなことはないにゃ。みんにゃ召集がかかったとき以外は基本おのおのの生活を楽しんでるにゃ」
「そうなのか」