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第十一話 「黒猫の王国」

 そのあとのことは、あまり覚えていない。ただ、あの黒い化け物の頭に拳をぶつけた時の、ザラザラとした感触と、その息づかいだけは、忘れられなかった。

 化け物だろうと、生きているのだ。俺はそれを、殺した。そんな奇妙な感覚が、ひやりと頭を横切る。染み付いたままの、感覚。

 虫よりももっと大きな、しかし、人間よりも小さな、けれど確かな命を殺したのだという感じが、拳にどろりとまとわりつく。

 それは何日かたった今もそのままで、なんとなくまた、『ヴァイオレット・ヴァレッタ』へ行かなくなっていた。

 そうしているうちに夏休みが終わり、大学が始まると、行く時間もあまりなくなり、いよいよ気持ちが離れていった。

 そんなある日、都市部の大きな本屋へ立ち寄った帰り。俺の足はなぜか、無意識のうちに『ヴァイオレット・ヴァレッタ』へと向かっていた。

 ちょっと前を通りかかるだけ。

 そんな気持ちで入り口へとつながる階段を横切ろうとしたとき、

「ーーーー怖くなったのか?」

 声がかかった。

 テンの声だ。

 見ると、階段を少し登ったところの壁によりかかっている。

「力がか? それとも、生命を殺す感覚がか?」

 図星だった。

「……どっちもだよ」

「そうか。ならお前は、大丈夫だ」

「は?」

「力にも、殺す感覚にも恐怖を抱けないようなやつに、"魔法"を使う資格はないからな」

「やっぱり、魔法なのか? あんたらの、あの力は」

「ありていに言えばそうだ。俺たちは黒魔法と呼んでる」

「黒魔法? アカネちゃんの厨二病、とは違うみたいだな」

「そうだ。そして、お前のはそれを凌ぐ力。人間だけが使うことができる、人間ならではの領域(フェイズ)

「それが、神の領域(ゴッドフェイズ)?」

「違う。人間の領域(ヒューマンフェイズ)だ。その名の通り人間が出せる元々の力だ。俺はお前のそれを引き出したに過ぎない」

「つまり?」

「怖がることは大切だが、お前の場合は怖がりすぎだ。お前のはしょせん、人間が出せる領域の範囲内。俺たちよりも強力だが、それでもたかが知れてる」

俺は、あのときのあり得ない浮遊感と、黒い化け物と激突したときの爆発を思い出す。

「あれがか?」

「そうだ」

「……でも、」

 握りしめた拳が震える。

「怖いんだ。あんなものが、アカネちゃんたちに当たったら」

「死ぬだろうな。だが、お前が力を使わなければ、同じことだ」

「っ!?」

「ーーーー来てくれ。お前の力が、必要だ」

 左手を振り仰ぎ、こちらの反応も待たずに階段を上がっていくテンさん。

 ゴクリと唾を呑み込み、あとに続く。扉の向こうにどんな悲惨な現実が待ち受けているのかと思いながらドアノブをひねると、

「ようこそにゃん!!!!」

 そこには。

三度(みたび)の邂逅だにゃ」

 ニヤリと笑うアカネちゃんと、いつもの『ヴァイオレット・ヴァレッタ』がそこにはあった。

 赤いツインテールと黒のスカートがふわりと舞い上がる。

「お前を待っていたにゃ」

「は?」

「お前が近くまで来ていることは、絶対規律(アブソリュート・プロトコル)の導きでわかっていたにゃ。そして、ここの目の前を横切ろうとしていることも。だからテンさんが呼び止めたにゃ」

「どういうことだよ?」

 思わず、身を乗り出してたずねる。

 別にその道のプロというわけでもないが、発信機をつけられたような覚えはない。

「そのくらい、お前の力が大きいということにゃ。ま、テンさんがブーストしただけあって、常人との区別ぐらいはつくにゃ」

 カウンターにコーラをおきながらさらりと告げるアカネちゃん。

「マジか……」

 なんだか誇らしかった。

「と言っても、お前の場合元が元だから、ブーストしてもまぁそこそこの力しかないにゃん。別に、お前がいれば百人力というほどでもないしにゃ」

「なっ……」

 思いっきり馬鹿にされ、ズッコケそうになる。

「……じゃあなんで俺なんかに頼ったんだよ。こっちは命がけだったんだぞ!?」

「お前しかいなかったにゃ」

 唐突に、アカネちゃんの口振りが真面目になる。それに押され、俺もそれ以上責める気にはなれなくなった。

「あのとき、見込みゼロのはずのお前が、ゲートをくぐってこっちへ来たのには驚いたにゃ」

「結界だって今日より厳重にはってあったし、偶然でも迷い込めるはずがないにゃ。にゃのに、お前は現れた」

 俺の目を真っ直ぐに見つめ、続ける。

「私たちのピンチに」

「……」

「だからテンさんはお前に賭けたにゃ。そして結果はお前も知る通り。瞬間的とはいえ、お前は内包する以上の力を出した。だからテンさんも私も、お前を待ってたにゃ」

「だったら、教えてくれよ。あの化け物のことや、アカネちゃんたち、それに、この力のことも」

「無論にゃ。はなからそのつもりにゃ」

 一息つくと、アカネちゃんは語り出した。

「ーーーーまず、私たちは黒猫にゃ」

「は?」

「黒猫メイド喫茶を隠蓑(かくれみの)に、私たちはこの世界で見込みのある人間を探しているにゃ」

「この世界でって、まさか……」

「そうにゃ。私たちはこの世界の生き物じゃないにゃ。もちろん、あの化け物も。あいつらは、私たちの住む、”黒猫の王国”の外から来るにゃ」

「黒猫の王国?」

「猫の王国じゃなくてか?」

「かつて猫のすべての種が集まる王国があったなんて話もにゃくはにゃいが、神話上の話で、誰も信じてはいないにゃ。そのくらい、猫同士の対立は激しいにゃ。とくに、隣国の白猫の王国との仲は最悪にゃ。いつも隣接する国境の領土を争ってるにゃ。そして、それよりもっと深刻なのが、やつら魔物たちの侵攻にゃ。どこの領土からでもないどこか遠くから、やつらは来るにゃ。とくにここ最近は、この前みたいな群れが、包囲網を抜けて襲ってくることも少なくにゃい。だから、私たち以上の力を出せる、人間の力が必要にゃ」

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