第十話 「力」
黒い群れとの距離が近づくにつれ、その姿が徐々に明らかになって来た。
それは、牛から角やしっぽといった凹凸をすべて取り除いたかのような、寸胴に近い不気味な生物……いや、化け物だった。遠目からだったのでわからなかったが、その大きさは牛を優に超える。
四本足で走っていながら人の背丈ほどもあるその化け物は、アカネちゃんたちの必死の攻撃にもまるでひるまず、ものすごいスピードでこちらに迫ってきていた。
確かにあんな化け物が集落で暴れたら、ひとたまりもないだろう。
それに、あの勢いでは小屋の中にいるテンさんさえ危ない。
なんとかしなければ。けれど、ピンチだからと言ってそう都合良く力が湧き出たりはしない。
何度も何度も、空高く飛ぼうとしては、
「ぐはっ!?」
不時着を繰り返す。
その間にも、上空ではアカネちゃんの指示が飛んでいた。どうやら倒すことはあきらめ、手前に着弾させて土煙を起こし、視界を遮る作戦に切り替えたようだ。
不意に脳裏をよぎるのは、テンさんの言葉。
『ーーーーお前は愛するものを見捨ててまで、生きていたいと思うのか?』
「ーーーー嫌だ」
ぽつりと吐いたその決意が、引き金となった。
「は!?」
体が、ビュッと風を切る。跳躍というより、もほや飛躍だった。
日常ではありえない、何かにつかまりたくなるような浮遊感が足下をすくう。
「うわぁぁぁーーーーーーー!!!!」
一気に視点が高くなり、思わず手足を振り回す。しかし、息ができなるなるほど強い風が顔に吹き付ける中、なぜか姿勢だけは保てていた。
これも魔法のおかげなのだろうか。というか、アカネちゃんたちの使うあれはそもそも魔法なのか。そんなことを考えてる場合じゃない!
放物線を描きながらものすごい勢いで落下していく体。このままでは黒い化け物の群れの手前に落ちる。
着地も魔法でどうにかなるのか、それともならずに爆散するのか。混乱が渦を巻いてめちゃくちゃになるなか、これはチャンスなんじゃないか、という謎の感覚が四肢を駆け巡る。
そう、四肢を。頭ではなく、体がそう感じる。ボッと火がついて、じわりと広がるような。そんな感覚が全身を包む。
頭の中で、エネルギーをチャージしていくような効果音が勝手に流れ出す。それが最高潮に達する瞬間、黒い群れの先頭を走る化け物の脳天に、突き出した拳が直撃した。
「オラァァーーーー!!!!」
それはまさに、ドッカーンとでも形容すべき、爆発だった。
真っ赤な閃光が視界を包み込んだかと思うと、次の瞬間には土煙の爆風に吹き飛ばされていた。
「ーーーーあれが、見込みゼロの人間の”力”!?」
上半身だけ身をおこし、窓から様子を見ていたテンは、その爆発に感嘆の声を漏らす。
「やはり、アイツはーーーー」