第一章 第四話 聖女様の初めてをいただきました
女神様と別れた俺は、魔の森から脱出するために、ひたすら歩いていた。
できることなら魔物と遭遇しないで、ぶじに帰れるのが一番なんだけな。でも、流石に聖水も持たないで魔物と遭遇せずに済むなんてことは、ほぼ不可能だよな。
今の俺は、荷物を持っていない。一文無しだ。辛うじて懐に隠していた短剣を持っているだけ。俺の荷物は、全部イアソンに持っていかれた。
「魔の森を抜けたら、お金をどうにかしないといけないな」
「キャアー!」
森を脱出したあとのことを考えていると、進行方向から悲鳴が聞こえてきた。
女の人の声だ。だけどこの声は女神様でもないし、ましてや勇者パーティーのメンバーであるリリスの声でもない。初めて聞く声だ。
野盗が魔の森にいるはずがない。となれば、魔物に襲われていると考えるのが自然だ。
「くそう、できるだけ戦いたくないと思った矢先にこれかよ。だけど元勇者パーティーのメンバーとして、見過ごすわけにはいかないよな」
俺は急ぎ、声が聞こえたほうに走ってく。
しばらく走っていると、腰を抜かしている女の娘が視界に入る。彼女の前には、獅子に翼が生えた魔物のカオスレオがおり、やつの口には鎧を着た男を咥えられていた。
「お逃げ……ください……アリ……ア……様……ギャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!」
顎に力を入れ、咥えていた男を噛み潰したようだ。鎧の男は破裂したかのように鮮血をぶちまける。
口の間から人間の血を滴らせながら、カオスレオは女の娘に顔を向ける。
まずい。このままではあの娘まで殺されるぞ。まずは注意を逸らさなければ。
「ピュー!」
右手を口に持っていき、口笛を鳴らす。
突然聞こえた音に反応したようで、カオスレオは女の娘から視線を外し、首を左右に振っている。
だけど、これではまだ彼女を助けられない。女の娘は腰を抜かして動けられない状態だ。機転を利かせてその場から離れることはできないだろう。
なら、俺が直接彼女を抱きかかえてでも助け出す必要があるよな。ならば、やつがよそ見をしている今がチャンスだ。
「英知スキル発動!」
女神様からのキスによる効果がまだ残っているみたいだ。スキルを発動しても、今のところは頭痛がしてこない。
頭の中にカオスレオの情報が流れてくる。
よし、攻略法は分かった。これなら倒せれるだろう。
地面に落ちている石を走りながら広い、カオスレオに向けて投擲を行う。
俺が投げた石は、魔物の右目にヒットした。
『ガオオオン!』
突然の攻撃に魔物は驚いたのか、咆哮を上げる。そしてこちらを見た。
「お前の相手は俺だ!」
俺の言葉が聞こえていたのかは分からない。けれど魔物は、肢体を動かしながら軽く咆え、こちらにやってきた。
カオスレオは鋭利な牙と爪による攻撃が得意だ。地を駆けながらの場合は、獲物の数メートル先から跳躍し、頭から齧り付こうとする。なら、そのタイミングで前に出ながら懐に入るべきだ。
英知のスキルにより授けられた知識どおりに、カオスレオは数メートル離れた地点から跳躍し、上顎と下顎を大きく開く。
魔物との距離が一メートルに差し掛かったタイミングで、前に倒れるようにして飛ぶ。
俺の身体はカオスレオの肢体の間に入る形で躱していた。うつ伏せから仰向けに態勢を変える。そしてやつの腹に短剣を突き刺した。
『ギャオオーン!』
傷口から発せられる痛みに耐えられなかったのか、カオスレオは悲鳴のような声を上げる。そして一時的に後ろ足で立ち上がった。
魔物が立ち上がった際に、俺の短剣は抜けてしまったが、今はそれよりも次の行動に出なければならない。
なにせ、次の攻撃が繰り出されるのだから。
カオスレオが後ろ足で立ちあがった場合、前足の鋭い爪を使って切り裂いてくる。その回避をしなければならない。
上体を起こすと、俺は前転を行い、やつの一撃を躱す。
だけど一度躱しただけでは安心できない。この攻撃には二度、三度と繰り返される。
英知のスキルにより得た知識どおりに、カオスレオは前足による攻撃を繰り返してきた。
その度に前転を行い、敵の一撃を回避していく。
今の行動でそれなりに体力が消耗されただろう。そろそろ決めに行くとするかな。
「さぁ、今度は攻守交代といこうか」
今の攻撃により、やつは体力を消耗したようだ。口から荒い息を吐きながら動きを止めている。俺は魔物の背後に回ると、やつの尻尾を短剣で切り裂いた。
「ギャオオン!」
切られた尾から鮮血が流れ、カオスレオは悲鳴を上げるとその場に倒れた。
カオスレオの尻尾には神経が集中している。尻尾を切られたことで、やつは動けなくなったのだ。
「さぁ、トドメだ」
短剣を魔物の心臓に突き刺し、カオスレオを倒した。
「これでよし」
俺は振り返り、女の娘を見る。恐怖で少し顔が強張っているが、ケガなどはなさそうだった。
「危ないところだったですね。どこかケガなどはされていませんか?」
「いえ、大丈夫です」
「それはよかった…………え?」
彼女がケガをしていないことに安堵をすると、女の娘はいきなり俺に抱きつき顔を埋める。
「本当に助かりました。あなたは私の命の恩人です」
女の娘に抱きつかれたことなどなかった俺は戸惑い、どうすればいいのかわからなくなる。
この場合はいったいどうすればいいんだ? よし、英知のスキルで教えてもらおう。
もう一度スキルを発動した瞬間、俺の頭が強く痛み出す。
「クッ、アアア」
「ど、どうされたのですか! まさか、先ほどの戦いでどこかケガでも」
「い、いえ大丈夫です。俺のスキルの代償ですから」
なんてことだ。このタイミングで女神様からのキスの効果が消えるなんて。安心させるどころか、逆に心配させているじゃないか。
「ど、どうすればいいのですか。命を助けてもらったお礼に、私ができることはなんでもします」
女の娘の何でもという言葉に、俺は反応した。何でもということは、キスを要求してもいいということだ。キスをしてもらえれば、この痛みから解放される。だけど彼女はどう見ても純潤のようだ。そんな娘にキスをしてもらうのは抵抗がある。さすがに初めては好きな人と決めているタイプに決まっている。
「だ、大丈夫だ。確かに方法はあるけど、我慢していれば自然と治る」
「でも、とても苦しそうですよ。お願いします。教えてください!」
女の娘は真剣な表情で俺のことを見てくる。その視線は教えないと許さないと訴えているように映った。
どうやら頑固な一面もあるようだ。こうなってしまったら言うしかないだろうな。だけどまぁ、教えたところで簡単に出会ったばかりの男に口付けをするとは思えないし、教えれば彼女の気も晴れるだろう。
「キ、キスだ。キスをしてくれれば治る」
「キ、キスですか!」
俺の言葉に女の娘は驚きの声をあげる。
うん、予想通りの反応だ。多分キスなんかしてくれないだろう。早くこの頭痛が治まってくれ。
ズキズキするような痛みを覚え、俺は咄嗟に両の目を瞑った。すると不思議なことに頭痛が感じられなくなった。そして俺の唇には何かが当たっている感触がある。
とても柔らかい。これはもしかして。
瞼を開けると、目の前には女の娘の顔があり、俺に唇を押し当てている。
女神様のときとは違い、触れるだけのキス。だけどその効果は絶大であり、頭痛は綺麗さっぱり治まっていた。
「あのう、これで大丈夫でしょうか?」
唇を離し、一歩後方に下がった女の娘が尋ねてくる。
「だ、大丈夫だ。ありがとう。えーと」
「アリアです。アリア・クルス」
「アリアだね。俺の名はユーゴ・クラーク」
互いに自己紹介をすると、俺はアリアを見た。細く綺麗な髪に清潔感を感じさせる服を見る限り、高貴な身分の人なのだろう。でも、どうしてこんな高ランクの冒険者しか来ない森の中に来たのだろうか?
「アリアはどうしてこの魔の森に来たんだ?」
「それは浄化の仕事をするためです」
「浄化ってことは」
「はい。私は聖女です。魔の森にある湖の浄化を頼まれて来ました。そこでひとつ、ユーゴさんにお願いがあります」
アリアが真っ直ぐに俺を見て視線を送ってきた。
カオスレオに殺された人は彼女の護衛なのだろう。つまり、彼らに変わり、護衛をしてほしいと頼みたいのだろうな。
聖女様一人を置いてけぼりにするわけには行かないし、彼女の仕事が終わるまでは付き合うとしよう。
「分かった。そのお願いを引き受けよう」
「ありがとうございます。ユーゴさん。いえダーリン」
「え? ダーリン?」
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『Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!』
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