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愛の単位

作者: sybsyb

 とうとう思い描いていたこの日が来たんだわ、女は胸が震えるような思いだった。


 女の目の前には5人の男がいた。いずれの男も周りを意識しながらも、真剣な表情で女を見ている。女はこの状況に酔いしれたい気持ちを抑えて、凛とした佇まいでこう言った。


「薄々お気づきかと思いますが、ここにいる皆さんそれぞれから、私は告白していただきました」


 男たちは静かに頷いた。


「どちらの方も人間性に魅力のある素敵な方だと思っています。私ごときが皆さんに優劣をつけることなどおこがましいとすら感じています」


 女は目を伏せた。


「しかし、私はこの中から一人の男性を選ばなければなりません」


 男たちは睨みつけるように、各々自分のライバルを確認した。


「そこで私は皆さんに一つお願いがあります」女は顔を上げて男たちを見据えた。


「それは『愛』のある贈り物を私にしてほしいのです。そして、私はその中で、一番『愛』を感じた人と交際したいと思います」


「愛……のあるプレゼント、ですか?」


 一人の男の質問に、はい、と女は小さく頷いた。


「私は幼少期から親によく聞かされていた言葉があります。『地位や名誉やお金で人を判断してはいけない。お前を一番に愛する人を選びなさい』と。私は小さいながらに愛という言葉の本質を理解しようとしましたが、それは叶いませんでした。大人になった今でもそれは変わっていません。なぜなら、自分ひとりでは愛をもらうことも与えることもできなかったからです」


 女は続けた。


「私の勝手なわがままなのですが、願いを聞いていただけますでしょうか」


 一人の男が問いかけた。


「それはいつまでに、という期限はあるのでしょうか?」


「期限……。そうですね。それでは、明日までに、ということでお願いします」


「明日……ですか」


「はい。自分の中にある『愛』を伝えるのに、そう多くの時間はかからないと私は思っています。明日もこの同じ場所で待っていますので、どうかよろしくお願いします」


 女は深々と頭を下げた。


 男たちは困惑し、黙ってしまった。しかし、この場にいても答えは見つからないことを察し、それぞれが思い悩んだ表情をしたまま、帰路についた。




 翌日、女は約束どおり、同じ場所で一人待っていた。


 そこに、一人の男がやってきた。


 女と向かい合った男は、こう言った。


「愛というものをどう形にしようか一生懸命悩んだ。そこで気づいたんだ。物には必ず重さがある。愛も形にすれば当然重さが生まれる。俺は愛とは重さだと思った。一般的に愛が重いとは否定的に使われる言葉だ。しかし、あえて言おう。俺の君に対する愛の重さを受け取ってほしい」


 男はバックから、手のひらにおさまる四角いケースをとりだした。そして、それを開けると、中には1カラットはあるであろう大きなダイヤモンドがついた指輪があった。


 男が渡すと、女は早速、指にはめた。大ぶりの宝石が、細い小さな指にのった。普段の生活で、この指輪をつけるにはあまりにも重すぎるが、これもこの男の愛の重さなのだと女は感じた。女はお礼を述べて、指輪をケースに戻した。


 しばらくして、次の男がやってきた。その男は一見すると手ぶらのようだった。


 男は言った。


「僕は愛とは容積、リットルだと思っている。君を想うとき、自分の心から確かにあふれ出る愛を感じたんだ。そんなあふれ出した愛を言葉に変えて、僕は君への手紙を作ってきた」


 男は胸ポケットから封筒をとりだして、女に渡した。


 女は封筒を開けた。何十枚の便箋には、男がいかに女を愛しているかが書かれていた。


 女は便箋を封筒にしまった。


「1日かけてこんなに書いてくれたんですね。ありがとう。帰って、ゆっくり読ませてもらいます」と女は男に微笑んだ。


 続けて、3人目の男がやってきた。


 男は元気よく、女に言った。


「俺は金がないから、高価なものは渡せないし、頭も悪いから、気の利いたアイディアを出てこない。でも、君を大好きっていう気持ちは人一倍あるつもりだからさ。君が昨日言っていた一番の愛っていうのを俺なりに考えてみたんだ。それで俺は君にこれを渡したい」


 男は手に持っていたものを女に渡した。それは、貝殻だった。女は首をかしげた。


「俺は素潜りが人一倍得意でさ。誰よりも深いところまで潜る自信がある。他の人には行けない深い場所でとってきた貝殻だ。俺は愛とは深さだと決めた。他の奴らじゃあ届き得ない君への深い愛を表現したつもりだ」


 男はまっすぐに女を見つめていた。「素敵」と言って、女は貝殻を愛おしく見つめた。


 しばらくすると、4人目の男が現れた。


 その男は桐の箱を抱えていた。男は言った。


「私は昨日、あなたから出された命題を自分なりに解釈して答えを出しました。私があなたのことを考えているとき、それを愛している状態だとします。その愛している状態とそうでないときでは、何か違いがあるのかに注目しました。そこで、気付いたのです。私はあなたのことを考えているとき、つまり、あなたを愛しているときに、わずかに体温が上がっていたのです。そこで、私は愛とは温度だと考え至りました。私はもの作りが得意なので、このような形で愛を表現しました」


 男は桐の箱からものをとりだした。それはガラスケースに入った一本のひまわりだった。


 男はケースのスイッチを入れた。すると、ひまわりが太陽のように光を発した。ガラス越しでも発光熱を感じた。女は目を輝かせた。


「ガラスに伝わる熱と私があなたを想うときの体温を、同じ温度にしてみました。これが私の愛です。ぜひ受けとってください」


 女は両手で包むように受け取った。確かにガラス越しから人肌のぬくもりを感じる、と女は思った。


 これで女は4人からの贈り物を受けとった。女は、最後の一人を待っていた。しかし、いくら待っても男は来ずに、とうとう日が落ちてきた。


 女は諦めて家に帰ることにした。結局最後の一人からは贈り物をもらえなかったが、4人からの想像以上に趣向を凝らした贈り物に、女は胸がいっぱいだった。


 女はどれが一番愛の感じる贈り物か、家に帰ってじっくり考えようと思った。


 夜になり、あたりは闇に包まれていた。女は一人暮らしをしている家に到着した。


 いつもの習慣で、郵便ポストを開けた。すると、何も書かれていない封筒が1通入っていた。切手も貼られていなかった。つまり、誰かが直接投かんしたことになる。


 不思議に思いながらも、女は封を開けた。そして、中身を見た女は一瞬にして顔色が真っ青になり、封筒を投げ捨てた。女は驚きのあまり、その場に座り込んでしまった。


 封筒にはメモ用紙と写真が入っていた。メモ用紙にはこう書かれていた。


「愛とは時間。寄り添う時間」


 写真には、家で女が入浴している姿や、ベッドで寝ている女の横顔が写されていた。


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