■5//呪いのビデオ(2)
それからその日は一日中、市内のビデオ店を調べて回ることとなった東郷の舎弟たち。
そもそも今どきこんなにレンタルビデオ屋が生き残っていたのか……というくらい、意外にも何軒かあったそれらを順番に巡っているうちに、空はすっかり暗くなっていた。
事務所に再び戻ってきた面々が揃ったところで、東郷が口を開く。
「リュウジは……まだか。まあ、仕方ねえ」
少し前に、工藤という男の居場所の特定に手間取っているという連絡があった。今もまだ手こずっているのかもしれない。ひとまず彼のことは置いて、戻ってきたヤスとコイカワの二人から報告を聞くことに決めた。
「それじゃあ分かったことを、話してくれるか」
その言葉に、まず口を開いたのはコイカワだった。
「俺が行ってきたビデオ屋の店主も、例の噂は知ってました。観たら死ぬ、極上モノのAVがあるらしい、ってェのと、あとはもうひとつ。『自分以外に三人に見せれば、呪いを回避できる』なんてことも言ってましたね」
「まんま、いわゆる呪いのビデオって感じっス」
「リ○グだな、○ング」
何やらうなずき合うヤスとコイカワを無視しつつ、東郷は「んで?」と先を促す。
するとコイカワは慌てて居住まいを正しながら報告を続けた。
「あー、えぇと。ただ、やはり現物を実際に見たことがあるってェ奴ぁいねえようでして。噂の出どころにしても、同業者からたまたま聞いたとか、客が興味本位でそれを探していたとか、その程度らしいんすよね」
「すると、間垣がその辺りから借りてきたって線は薄そうか……」
そう呟いて腕を組む東郷に、今度はコイカワに代わってヤスが「俺も報告するっス」と手を挙げた。
「コイカワさんと同じく、こっちで回った数軒でもやっぱり『呪いのビデオ』の実物を取り扱ったって話はなかったっス。間垣さんのこともそれとなく訊いてみたっスけど、やっぱりこっちでも借りた形跡はなさそうで」
そこまで言ったところで、ヤスは「ただ」と言葉を区切ってさらに続けた。
「コイカワさんがさっき言ってたのとはまた別に新情報もあったっス」
「どんな?」
「ええと……まず、ビデオに呪われた人間は観たと観ないとに関わらず絶対死ぬ――っていう話らしくて」
「観たと観ないとに関わらず?」
訊き返す東郷に、ヤスはこくりと頷く。
「っス。なんでも呪いのビデオが手元に届く経路ってのは色々らしくて。ある人はビデオ屋の片隅に置いてあったやつを借りて、ある人はある日家に突然届いていたとかだったりで」
「いかにも呪いってェ感じだなァ」
「んで、そうやって何らかの形で呪いのビデオを手に入れてしまったら最後――それを観ようと観ないと、3日後に必ず死ぬらしいっス」
「……3日後」
呟いて、東郷は本田川の話を思い出す。彼の話では、彼らがビデオを観たのが何日前かははっきりとは言っていなかったはずだ。
だが……もしそれが、3日前だったとしたら。だとすれば猶予はもう、幾ばくもない可能性もある。
「観ようと観ないとってよォ、タチ悪いなオイ。迷惑なチンピラみてェだぜ」
迷惑なチンピラの最上位みたいなコイカワがそうぼやいているところで、思考を巡らせていた東郷が彼に話を振る。
「なあコイカワ、呪いを解く方法ってのはお前が言ってた、『三人にビデオを見せる』ってやつだけなのか? 他には、何か聞いてねえのか」
「俺が聞いた限りじゃ、それしかねェみてぇですが……」
そんな彼の言を受け、東郷はしばし沈黙した後で電話を取り出すと、どこかへ掛ける。
相手は――
『……何のつもりだ東郷、ヤクザから直電を受ける謂れはないんだが』
不機嫌さを隠そうともせず、開口一番に電話口でそう告げたのは――不動刑事だった。
彼が出たことを確認すると、東郷はそんな抗弁を無視して本題に入る。
「まあ、そう言わんでくださいよ。ちょいとばかし刑事さんに、訊きたいことがありまして」
『言っただろう、貴様らに情報提供はしないと』
「人命が懸かってるかもしれねえんだ。……頼む、不動」
トーンを落としてそう東郷が告げると、不動刑事はしばらく沈黙した後、静かに呟いた。
『……聞くだけは聞いてやる。なんだ』
「今日の事件現場のことなんだがな。……現場に、ビデオテープはなかったか?」
『ビデオテープ? それは、VHSという意味でのビデオテープか?』
「ああ、そうだ」
『なぜ、そんなことを気にする? そのビデオテープと間垣の死に、何か関係があるとでも言うのか』
東郷のその問いの意図を測りかねる様子で、若干の戸惑いが不動刑事の声音に浮かぶ。
訊き返してくる彼に、東郷はわずかに逡巡し――その沈黙を、「言えないこと」と受け取ったらしく、不動刑事は若干の不信を帯びた声で続けた。
『……どういうつもりか分からんが、まあいい。現場検証の限りでは、特にそういったものは見つかっていないぞ』
「見つかって、いない? 本当か、そりゃ」
思わず驚く東郷に、不動刑事はより一層怪訝そうな様子で返す。
『こんな下らないことで嘘をつくつもりはない。……おい東郷、そのビデオテープとやらは何なんだ? 貴様らの組と関係したものなのか』
「そうじゃねえよ。そんなものより、もっとたちの悪いものかもしれんが」
東郷のそんな返事に、鼻を鳴らす不動刑事。
『ヤクザよりたちの悪いものだと? 何だと言うんだ、それは』
「呪いさ」
それだけ短くそう返した後、東郷は続けて一方的に言葉を継ぐ。
「刑事さん、もしビデオテープが見つかったらすぐに教えてくれ。あと――中身は絶対に観るんじゃねえぞ、死人を出したくなけりゃあな」
『なんだと? お前、本当に何を言っている――』
戸惑う不動刑事を無視してそのまま電話を一方的に切ると、東郷はくしゃりと頭をかいて唸る。
間垣と一緒にビデオを観たという本田川。だがしかし、現場ではビデオテープは見つかっていないという。
誰かが持ち去ったのか。それとも――ビデオテープがひとりでに消えたとでも言うのか?
どちらであれ、あまり気味の良い話とは言えない。何より……これが本当に「呪いのビデオ」だと言うのであれば、ビデオテープ自体がなければ呪いを解く手段を試すことすらできないことになる。
「……あとは呪いだのなんだのなんて一切関係なく、その辺のクソ野郎がやったって線を期待するしかねぇか。それはそれで腹の立つ話だが――」
そんなふうに東郷がぼやいていると、丁度その時である。彼の携帯電話が振動して、着信を報せ始めた。
不動刑事から追及でもきたか、と思い発信者を見ると……相手はリュウジ。
彼は今、本田川とともに工藤という若衆を探していたはずだが――そう考えたところで、東郷は久々に首筋にぞわりと、刺すような冷たい感覚が走るのを感じる。
理屈を抜きにした、生来の直感とでもいうべきもの。こういう時には決まって、何かとてつもなく悪いことが起こる……経験から彼はそれを知っていた。
だからこそ、東郷はその悪い予感を振り払うように頭を軽く振って、それから電話に出る。
大した連絡ではないことを、祈りつつ――
「リュウジか。どうした」
だがそんな東郷の思いは、珍しく逼迫した様子のリュウジの言葉であっさりと挫かれることになる。
『カシラ、申し訳ありません。工藤は……手遅れでした』
……それは、東郷にとって最も聞きたくない報告であった。




