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ヤクザVS死霊ノ館【ヤクザVS怪異シリーズ】  作者: 西塔鼎
ヤクザVSゾンビヤクザ編
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■7//ヤクザVSヤクザ(1)

「抗争、だと? なんだってお前、そんなことに」


 通話をスピーカーに切り替えてリュウジにも聞こえるようにしつつ、質問を返す東郷。するとヤスもおろおろした様子で言葉を続けた。


『俺たちもまだ草壁さんから連絡受けたばっかりで細かいことはわかってないんスけど――なんでも月無組の組員を、うちの若衆が闇討ちしたとかって話で……』


「闇討ちだぁ? どこのバカだ、俺は知らねえぞ」


 月無組というのは以前から経極組と因縁のある暴力団である。過去にもたびたび抗争に発展していたものの、最近はお互いに不要な血を流さぬよう接触を避けていたはずなのだが――よりにもよってその月無組相手に、喧嘩をふっかける奴がいようとは。


「そのやらかした若衆ってのは、どうしたんだ」


『それが……すぐどっか逃げちまったみてぇで、月無組でもしっぽ掴めてねぇみたいなんス。んで、親父殿宛に直接連絡が来て……当然親父殿だって寝耳に水ッスから、なんも知らなくて。それを向こうは隠し立てしてるって思ったらしく、宣戦布告してきたみてぇで』


「……マジかよ」


 この期に及んで、考えうるかぎり最悪の頭痛の種である。目眩を感じながら、東郷は話を続けた。


「月無組の連中の動きは」


『事務所に兵隊集めてるって、偵察中のコイカワさんが言ってたッス』


「ずいぶんと、動きの早いこった」


 恐らく、これまでも均衡を保ちつつ、水面下でいつでも抗争をやれるように準備していたのだろう。

 以前に一度会った、月無組の組長――金堂の顔を思い出す。成金趣味のチンピラといった風貌でこそあれ、その実油断のならない狸であった。彼ならばこの準備の良さも納得だろう。


『ど、どうしましょうカシラぁ……』


「とりあえず、お前らは引き続き待機だ。俺も親父殿と連絡取って、動きを考え――」


 言いかけたその時。東郷の携帯に、一通のメールが届く。

 差出人を見ると……なんとそれは、美月であった。

 こんな時に、急にどうしたというのか。件名はなく、画像が添付されているのみ。

通話したままそれを開いたところで――東郷と、隣にいたリュウジも表情を変えた。


 送られてきた写真。そこに写っていたのは……さるぐつわを噛まされ、手錠をつけられた状態で座らされている美月の姿だったからだ。


『どうしたっス、カシラ? 黙り込んで――』


「……悪い、一旦後だ」


 一方的にそう告げて通話を切ると、東郷はメールの本文を確認する。

 そこに書かれていたのは――「事件現場のラブホテル跡まで、一人で来い」という簡潔な一文。

 ……どう考えても、美月本人によるメールではない。


「カシラ、こりゃあ」


「……なんてこった。情けねえ、カタギを俺ら(ヤクザ)の問題に巻き込んじまうとはな。だが――」


 美月のことは、ヤスの母に護衛を頼んであったはず。にもかかわらず彼女が拉致されたというのはいささか信じがたいことだった。

 彼女はひょうひょうとしてこそいるが、信頼に足る人物である。頼まれた仕事をすっぽかすとも思えない。だとすれば――彼女にとっても想定外のことが起こったか。

 急いで電話を掛けてみるが、繋がらない。舌打ちしつつ、東郷はそれからしばし黙考した後に口を開いた。


「リュウジ。悪いが現地まで運転頼む」


「ですが。この調子だと明らかに月無組の連中が待ち構えてますよ。……こっちも兵隊集めないと」


「バカ。向こうは一人で来いっつってるんだ。ゾロゾロ行ったら美月ちゃんを危険な目に遭わせちまうかもしれねえだろ」


「ですが……」


 なおも何か言いたげなリュウジを、東郷はその三白眼をぎらつかせて睨みつける。


「お前よ、俺が誰だか言ってみろ」


「……経極の、白虎」


「ああそうだ。こちとら百人斬りの極道者よ、みすみす死にに行くつもりはねえ」


 そう言ってにたりと笑う東郷に、リュウジはなおも困惑げな顔を浮かべながらも、諦めたように肩をすくめた。


「……忘れてました。こういう時のカシラに何を言っても無駄でしたね」


「ああ。分かってんじゃねえかよ」


「何年も、カシラの下につかせてもらってますからね」


 少し和らいだ口調でそう告げると、リュウジはそこでサングラスを外しながら頭を下げる。


「出過ぎたことを言って、申し訳ありませんでした。ですが……ひとつだけ、俺たちにもお手伝いさせて下さい」


「あん? なんだ」


「俺たちも、ホテルの外で待機してます。ですから、本気でマズい時には俺らを頼って下さい。極道の心構えとしちゃ失格かもしれませんが――俺は、カシラにまだ死んでほしくはないんです」


 サングラスのない、鋭いリュウジの眼光が東郷に突き刺さって。

 それを真っ向から受け止めると、東郷はやがて「分かった」と頷いた。


「もっとも、てめぇらにお鉢が回ってくるこたぁねぇだろうがな」


「それが一番ですがね」


 そう言葉を交わしたところで、二人は浅葱へと向き直って一礼する。


「すまねえな、浅葱さん。いきなり押しかけておいてなんだが、ちょいと野暮用ができたもんでな」


「分かってるよ。目の前であれだけ長話してりゃあね。……ああ、ちょっと。出ていく前に、ちょっと待ちな」


 踵を返そうとする東郷をそう呼び止めると、浅葱は鍛冶場の片隅に鎮座していた大きな葛籠を開けて、中から何かを取り出してみせた。

 彼女の手に握られていたそれは――打ち直しを依頼していた、件の無銘の白鞘である。


「今から修羅場なんだろう。持っていきな」


「……まだ、出来てないもんだとばかり」


「今日にでも連絡入れようと思っていたら、あんたたちの方から押しかけてきたんだよ」


 鼻を鳴らしてそう返すと、白鞘を東郷に向かって差し出す浅葱。

 それを受け取ろうとして――けれど彼女は、握ったその手を離そうとしなかった。


「正直、あんたにこいつをくれてやるのは抵抗がある。百人斬りのヤクザ……そんな奴にこいつを渡していいものかとね」


「……確かにな。返す言葉もねぇが」


 頷いてそう呟く東郷に、浅葱は「だから」と続ける。


「ひとつだけ、約束しな。人を斬るな――なんて野暮なことは言わないよ、ヤクザに頼まれて刀打ってんだ、そういう使い方されることぐらい分かってるからね。ただ……こいつを振るうなら、あんたがどうしても必要だと思った時にだけ、振るうようにしな」


「どうしても必要な時……か。ずいぶんと、曖昧じゃないか」


「曖昧な方がいいのさ、こういうのはね。その方があんただって、考えるだろう?」


「違いない」


 小さく笑うと、東郷はそれからゆっくりと頷いてみせた。


「分かったよ。肝に銘じておこう」


 そうして浅葱から白鞘を受け取ると、二、三度軽く柄を握り直す。

 久々に握る感触。それでもしっかりと、手に馴染む。


「じゃあな、浅葱さん。……例の刀の件も、しっかりケリはつけるから安心してくれ。うちの代紋にかけて、約束は守る」


「ああ、分かったよ。せいぜい待ってるとするさ――だからほれ、とっとと厄介事を片付けてきな」


 そう言って送り出してくれた浅葱に再び深く一礼した後、東郷とリュウジは踵を返して車へ戻る。

 その道中で東郷は何を思ったか、リュウジに白鞘を手渡した。


「カシラ? これは……」


「一旦預かっといてくれ。こんなもんチラつかせてたら、話し合いもできねぇだろうからな」


「ですが――」


「様子見て、もし俺の方が決裂しそうだったら持ってきてくれ。……頼む」


 そんな東郷の言葉に、リュウジはしばし逡巡した後――「分かりました」と頷いて白鞘を受け取る。

 車に乗り込んで、向かう先は例のラブホテルの廃墟。

 待ち受けているものは、今度は悪霊でも半グレでもなく……ヤクザたちだ。


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