■2//ヤクザVS完璧清楚委員長
とまあそんなわけでその翌日。隣県にあるという問題の高校に東郷たちが向かったのは、ちょうど放課後のことだった。
「ここですね。なかなか立派な高校だ」
リュウジが車を停めたところで、東郷たち一同は降りて門構えを一望する。聞いた話ではなかなかの進学校だとか。なるほど近代的な鉄筋コンクリート構造の、清潔感のある校舎だ。
だが――それゆえにその奥に見え隠れする旧校舎のオンボロ具合が実に目につく。
以前突入した美月の通う学校の旧校舎といい勝負の木造の校舎。まだ午後の早い時間とはいえ、あまり近寄りたくない独特の雰囲気がある。
これは噂が立つのもやむなしだろう……そんなことを思っていると、東郷はそこで周囲からの視線に気付く。
「カシラ、カシラ。めっちゃ不審者ッス、俺ら」
見ると、帰宅中の生徒たちが見るからに怯えた様子で東郷たちに視線を送っている。それだけならともかく、警備員も怪訝そう観察しているようだった。
一応、錬三郎から話は伝わっているはずではあるが。とはいえ東郷たちのようないかにもアウトロー然とした面々が来るとは、向こうも思っていなかったのかもしれない。
これ以上立ち入ったら声をかけるぞとばかりの警備員の無言の圧力。まあ、説明して学園長を呼んでもらえば最悪どうにかなるだろうが……それも面倒だ。
どうしたものかと思案していると、丁度その時、東郷たちに投げかけられる声があった。
「あの、皆さん――ひょっとして旧校舎を調べに来てくださるっていう業者さんでしょうか」
鈴を転がすような澄んだ声。視線を向けると、東郷たちを見つめる一人の少女の姿があった。
未成年は守備範囲外な東郷でも一瞬目をみはるくらいの、綺麗な顔立ち。何より目を引くのは、きらきらと輝くようなその長く艶やかなプラチナブロンドの髪。おそらくハーフか何かなのだろう。
「ウヒョー、すげェ美少女……」
「激マブッス……」
後ろで鼻の下を伸ばしている舎弟二人に睨みを効かせつつ、東郷は声をかけてきた少女に向かって頷き返す。
「ああ、東郷ってもんだ。ええと、失礼だが君は」
「黒河。黒河スヴェトラーナと申します。生徒会の委員で、今日は皆さんの応対をするようにと――宜しくお願いします」
見た目に反して流暢な日本語でそう言って頭を下げる少女……黒河。
とそこで、彼女がちらちらと横目で別の方に視線を向けているのに気付く。見ると、少し離れたところにもう一人、男子生徒がひっそりと気配を消しながら立っていた。
「たっくん、たっくんも挨拶!」
「いや、俺はあくまでチカの添え物というか、刺身のツマだから……」
「いいから!」
小声で(と言ってもばっちり聞こえているのだが)なにやら言い合った後、男子生徒の方はどうやら黒河の押しに根負けした様子で彼女の隣まで近づいてきた。
やや陰気な雰囲気の彼は、しかし意外にも東郷たちを見て気圧されるふうもなくマイペースに頭を下げてみせる。
「ええと、黒河の付き人です。宜しくお願いします」
「ん、ああ……」
名乗る気はないらしい。まあ、特にそこを要求する道理もないのでそれほど気にせず流すと、東郷は黒河へと向き直った。
「ええと、黒河さん。それじゃあ君が、今日は旧校舎を案内してくれるってわけかい」
「はい。私と彼で、皆さんをご案内します」
背筋を伸ばし、切れ長の目に理知的な光をたたえながらそう返す黒河。いかにも優等生なのだろう――立ち居振る舞いだけで伝わってくるようなオーラが彼女には漂っていた。
きりりとした表情で踵を返すと、早速先導して歩き出す黒河。
「では皆さん、こちらへ。……日が暮れちゃうと、良くないですし」
「良くない? どうしてだ」
「え、だって……怖「暗いと足元とか滑らせたり床を踏み抜いたりしちゃいますから」いから……」
黒河の返事に被せるようにして隣で声を張り上げたのは、自称付き人の彼。その剣幕にいささか驚きつつ、東郷は「ああ、なるほど……」と頷いて、二人の後についていく。
黒河の後をついて行く中、後ろに続くコイカワが我慢しきれなかった様子で口を開いた。
「なァ、黒河ちゃん。黒河ちゃんはいくつなんだ?」
「え? 高2ですけど……」
「へェ~、そうは見えねえなァ、周りから発育良いって言われ「黙れバカ」ぐげァ!?」
いきなりセクハラを仕掛けに行ったコイカワの顔面に、沈黙していたリュウジが掌底を食らわせる。明らかに構造物が壊れる類の音が響いたが、まあコイカワなので大丈夫だろう。
とはいえそんなバイオレンスな日常風景を見せつけてしまったせいで、黒河たちはいささか驚いた様子だった。
「あの、大丈夫ですか……?」
「ああ、気にしないで下さい。というかこいつのことはいないものと思って下さい」
「はぁ……」
きょとんとしながら頷く黒河。どうやら幸か不幸か、コイカワのセクハラまがいの言動はまるで意味が分かっていなかったらしい。
なんだろう、いかにもしっかりした雰囲気の子かと思いきや――微妙に抜けているというか、変なところでノーガードというか。
舎弟どもが余計なことを言わないよう注意しなければ……と気を引き締めつつ、東郷は先導する黒河に向かって口を開く。
「それはそれとして、ええと――黒河さん、でいいか」
「はい。どうしました?」
「俺ら、旧校舎の噂とやらを確かめに来たわけなんだが……実を言うとよ、肝心のその噂の中身を知らねえんだ。よかったら教えてくれないか」
そう東郷が告げたその瞬間である。
黒河の肩がびくりと跳ね上がって、東郷は思わず足を止めた。
「……どうした、黒河さん?」
「あ、ええと……いえ、なんでも、ないです。噂ですよね、噂……おばけ、の、噂っ……」
心なしか顔が青ざめているように見えたのは、少し陰りつつある日差しのせいか。
やや怪訝に思っていると、彼女の代わりに付き人君(たっくん、と呼ばれていたか)が口を開いた。
「よくある噂ですよ。その昔にいじめで無念の死を遂げた女子生徒の霊が出るとか。あとは…………その、誰もいないはずなのに叫び声が聞こえるとか」
後者を言うにあたって妙に間があったように思えたが、気のせいだろう。
「確かに、よくあるような話だな。実害が出たことは?」
「裏の取れてる話は、今のところないです。……あの、東郷さん――って呼んでも構いませんか」
「ああ」
東郷が頷くと、付き人君はなにやら微妙げな表情でこう続けた。
「こう言っては何ですけど、多分今回の調査……空振りになると思います」
「どういう意味だ?」
そう問い返す東郷に、それ以上彼は答えず。そうしているうちに一行は問題の旧校舎前に到着していた。
「こりゃあ、雰囲気あるッスね……」
旧校舎を見上げてごくりとつばを飲み込むヤス。
少し空は曇り始めているもののまだ日は高い。だが昇降口の中は薄暗く、様子をうかがい知ることはできない。
「懐中電灯配るッス」
手際よくリュックサックから懐中電灯を取り出して東郷たちに配りつつ、自分はヘッドライトを装着するヤス。
「手慣れてるんですね……」
「まあ、もう何度もこの手の場所は探索してるからな」
感心したように呟く付き人君にそう返すと、東郷は「よし」と呟き進み出て――しかしそこで、黒河のほうが微動だにしないことに気付く。
見ると彼女は、旧校舎を見つめて石みたいに固まっていた。
いきなり呪いか何かかと思ったが、そうではない様子。どちらかと言うと――
「……怖いなら、中は俺らだけで行くが」
「あー、その方が」
「いえ、大丈夫です。学園長先生から頼まれたお仕事なので、ちゃんとご案内します」
付き人君の言葉を遮ってそう言う黒河の表情は、なるほど恐怖心など微塵も感じさせないきりっとしたものだった。
余計な心配だったらしい、と肩をすくめると、そのまま東郷は改めて――問題の旧校舎へと乗り込んでゆく。
乗り込んで、ゆこうとして。
「……ええと、案内?」
……一向に先導しようとしない黒河を二度見する東郷に、付き人君が妙に疲れた顔で答えた。
「すいません、彼女、背後に人が立つと死ぬ病気なんです。なので皆さんの後ろをついて行かせて下さい」
「なんだそりゃ……まあ、別に構わねえけど」
とまあそんなこんなで、今度こそ。一行は噂渦巻く旧校舎へと乗り込むことになったのであった――




