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ヤクザVS死霊ノ館【ヤクザVS怪異シリーズ】  作者: 西塔鼎
ヤクザVS霊感商法編
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■2//霊感商法にご用心(1)

 繁華街の片隅の雑居ビル。その中に居を構える経極組の事務所の奥で、東郷は珍しくパソコンのモニターと向き合っていた。

 指定暴力団としていまだ名を連ねる経極組であるが、大本の天川組の方針転換もあって後ろ暗い稼業からは足を洗い、今ではちょっと怖いおじさんたちが集まっているだけで仕事自体は一般企業とほぼ変わらない。

 経極組の参入している事業は幅広く、若頭である東郷を元締めとしてその傘下でいくつもの子会社が各々でそれらを請け負っている形になっている。

 それゆえに東郷の事務所が直接そういった事業に携わることは少ないものの、要所要所では元締めである東郷に承認の連絡などが来ることもあるわけで――そんなわけで定期的に、こうしてメール処理だの事務的なやり取りだのをこなしているのであった。

絵面的に地味すぎるので、今後も触れることはほぼないだろうが。


「……あー、終わった終わった」


 溜め込んでいた事務連絡の類を一通り終えたところで、奥の台所から一人の若い舎弟が盆を持ってやってきた。


「カシラ、お茶ッス」


 そう言って緑茶を置いた彼は東郷の舎弟、ヤスである。湯呑を手に取り茶をすすったところで、東郷は半眼になって呟く。


「ぬるい」


「えー、そんなことないッスよ」


 そう言いながら、彼はちゃっかり自分の分も淹れていたらしく盆に載っていたもうひとつの湯呑をあおり、「ぬるいッス」と頷いた。


「やー、美月ちゃんがお茶淹れてくれるのに慣れてたからどんどん勘が鈍ってきたッス」


 そんなヤスの言葉に、後ろのソファでノートパソコンをいじっていたもう一人の舎弟、コイカワがニヤニヤしながら口を開く。


「ったくよォ。お茶くみもできなくなったら用無しだぜェ、ヤス」


「えー! コイカワさんには言われたくないッス」


「……てめェ、最近ちょっと口のきき方がなってねェんじゃねェか? お?」


「そうだぞヤス、気をつけろ。本当のこととはいえ一応コイカワはお前の兄貴分なんだからよ」


「そうそう……ってカシラァ!?」


 愕然とした顔で叫ぶコイカワに、ヤスは分かってるんだか分かってないんだか、ぼんやりした笑顔とともに「すんませんッス」と頭を下げる。

 あの「呪いのAV」事件から、かれこれ一週間……ようやく事件の関連のゴタゴタも済んで、東郷たちはこうして普段どおりの日々に戻りつつあった。

事故で重傷を負っていた(はずの)コイカワもしっかりと全快して、後は数箇所の抜糸を残すのみ。主治医は「あの怪我だと普通は数ヶ月入院してもらうんですが……」と、まっこと信じられないといった表情で呟いていたが、彼の人間離れした回復力を今までも目の当たりにしていた東郷としては今さら驚くこともなかった。あいつはそういう生き物なのだ、多分。

 同じく重傷を負っていた、若頭補佐の草壁……彼の方はいまだ入院中であるが、経過は良好らしい。

 とはいえ彼が請け負っていた仕事の始末などは残っていて、草壁の承認などが必要な案件については東郷が代わりに引き受けていた。

 本人は「貸しを作りたくない」と言って病院で仕事をしそうな勢いだったのだが、治療に専念させるため、東郷が半ば無理矢理に引き剥がしたのだ。

 そのせいもあって、普段はほとんどすることもない事務作業などが増えたわけだが――それはそれ。

 事件の後始末はおおむね、順調に畳まれつつあった。……ただひとつを除けば。


 ちらりと、東郷は視線を壁際のローチェストに移す。そこには刀掛けに置かれた、一振りの白鞘があった。

 あの事件の最中に折れた東郷の白鞘。これの修繕については、少しばかり面倒なことになっていて……とはいえ話せば長くなるので、それについてはまた別の機会としておこう。


 ともかく折れた白鞘のことを除けば、あらかたのことは解決。久々に悪霊だの呪いだのとは無縁の「普通の」日々が訪れ――


「東郷さん、いる!?」


 ぬるい茶をもう一口すすろうとしたところで、不意に玄関から飛び込んできた声。

 男所帯の事務所に似つかわしくない、少女の声……視線を向けると、そこには制服姿の見知った姿が立っていた。


「美月ちゃん、こんちわッス」


 のんきな挨拶を投げかけられた彼女は、八幡美月。東郷たちが以前、とある事情で知り合うことになった女子高生で――色々あって今では毎日のように事務所に出入りしては、こまめに炊事や洗濯などを手伝ってくれたりしている。

 ……もちろんバイト代はしっかりと支払っているので、そこは安心してほしい。

 そんな言い訳めいたことを何故か考えつつ、東郷は突如飛び込んできた彼女に向き直った。

 今日は土曜日。彼女の学校は土曜は半日までらしいので、学校が終わってすぐにここに直行してきたのだろう。年齢のわりに豊かな胸元を弾ませて、息を切らせている。

 何やらただごとではないその様子に、東郷は眉間にしわを寄せながら問いを投げかけた。


「どうした、美月ちゃん。また学校で妙なことでも起きたか」


 以前、彼女の通う学校で起きたある事件を思い出す。「学校の怪談」事件――そのことが頭をよぎるが、しかし美月は首を横に振った。


「ううん、そういうわけじゃ、ないんだけど。ただちょっと……東郷さんに相談したいことがあって」


「相談? 俺に?」


 その言葉に、東郷はいよいよ怪訝な顔をする。


「相談なら、もっと上等な大人にするもんだぜ。少なくとも俺よりはマシな大人が、君の周りにゃごまんといるはずだ」


「……東郷さんじゃないと、ダメなの」


 そう言う美月の表情は、真剣そのもので。それゆえに東郷は居住まいを正すと、腕を組んで美月をじっと見つめる。

 舎弟たちも固唾を呑んで見守る中、美月は東郷に向かってこう続けた。


「お父さんが……霊感商法に引っかかってるかもしれないの」




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