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エピローグ 奴隷商人

 半年後。

 帝都での商売は何もかも順調だった。

 

「ああ、もうそうじゃなくて。こっちに!」

「え、あー。はい! すぐに送ります!」


 ルーニーは印刷所の仕事と奴隷の管理を同時にこなすようになり、多忙を極めている。初期の頃を思えば、目覚ましい成長と言える。


「あ、アーカードさん。おい、お茶をお出ししろ」


そう奴隷に命じるルーニーに俺は「いや、いい」と言う。


「うまくやっているようだな」


 照れくさそうに笑うルーニーが眩しい。経営者らしくなってきたと思ったが、まだ幼さが残っているらしい。少し名残惜しいが、それが成長というものだ。


「仕事の邪魔をする気はない、そのままよく励め」

「はい!」


 この仕事はもう俺の手を離れたと言えるだろう。

 感慨深いものだ。


 そんなことを考えながら往来を進むと、作物を積載した馬車が目の前で止まった。


「あ、アーカードさん! お久しぶりです!!」

「む、ミーシャか」


「あのですね! 報告があるんです!」


 ミーシャは農場の経営に一枚噛むようになったらしい、お前の素直さと欲があれば性奴隷として扱われた過去など塗りつぶし。運命をつかみ取ることなど造作もないだろう。


 当然のことを言っただけなのに、ミーシャは顔をほころばせた。


「たくさん金を稼ぎますよ! どんな手を使っても!」

「金、金、金です!」


そう健全に宣言して馬車を走らせていく。

ああ、まっすぐに育ってくれて本当によかった。



帝都の大通りを曲がると、奴隷頭のハガネが怒号を飛ばし奴隷兵たちがこちらに敬礼した。ハガネの腰にはあの幅広の魔法剣が輝き、胸には勲章が飾られている。


皇帝陛下より直々に賜った銀翼章はゼゲル率いる奴隷の反乱を鎮圧した功績によるものだ。あの日、ゼゲルのもとから救出した奴隷の中で最も社会的に成功を収めたのはハガネだと言えるだろう。


敬礼を続けるハガネがどこかうずうずしているように見える。

何か、声をかけてやるか。


「見違えたぞ。ハガネ、お前はよい奴隷になったな」

「勿体なきお言葉! ありがたく存じます!」


 流暢な声を聞いて思わず笑みがこぼれる。

 ハガネ、お前がうちに来た頃はまだ片言でしかしゃべれなかったんだぞ。


「よく励めよ」


 敬礼を崩さぬハガネを後に往来を進む。

 ふと、かつてベルッティが新聞を配っていた路地が目に付いた。


 誰かが置いたのだろう。花束が添えられていた。


 あの気高き金の亡者は、ここでその命を落としたのだ。

 命を捧げ、危険を冒して、死ぬまで金を稼いだ。


 本望だったろう。


 俺は近場の花屋で花束を買うと、死したベルッティに供える。


 奴隷達の中で最も人の心に残るのは案外お前かもしれないな。



 少し、生前の事を思い出す。

 現代日本において奴隷制度は存在しない。奴隷制度だと揶揄されるようなことはあるかもしれないが、それは真に奴隷ではない。


 奴隷を買うということは、その衣食住を保証するということだ。


 甘い管理で死なせては大損だし、うまくキャリアアップさせることができなければ、大した稼ぎにもならない。


 その点、現代日本における雇用は都合良くできている。労働の対価として金銭を与え、いくばくかの保険をかける程度のものでしかない。


 不要になれば契約を解除し、切り捨てればいいのだ。


 奴隷の場合は売り飛ばすという手があるが、それは単に所有権が移るだけであり。奴隷の生活は次の主人が保証することになる。


 どちらが優れた制度かと問われれば、奴隷の方がいいとしか思えない。

 俺は現代日本の常識と相容れない異端なのだろうが、ここは異世界だ。存在しない価値感について悩む必要はどこにもなかった。


 もちろん奴隷は物なので、最悪殺して遺棄することもできる。だが、俺からしてみればそれは大損でしかない。金をドブに捨てるのと同じ行為だ。あまりにもむごい、人としての心を僅かでも有しているのなら、最後の血の一滴まで金に換えてやるべきだろう。


 その金は世界を駆け巡り、人々を豊かにする。

 美しき循環の輪だ。死してなお人は誰かの役に立てるのだ。


 やはり金は素晴らしい。いいな、金。もっと稼ぎたくなってきた。


「手も空いていることだし、新しい事業でも興すか」


 既存の事業はルーニーに任せ、帝都から離れて別に拠点を作るのもいい。もしかしたら、イリスも見つかるかもしれない。


「ぐっ、この俺が、イリスを、探している……だと」


 ありえない。そんなことはありえない。

 あの最低最悪な連続殺人強姦魔のことなど、心の底からどうでもいい。


 出会えば確実にトラブルが起きるのだ、もう二度と関わりたくない。

 消えてくれて助かっているくらいだ。


 必要の無い言い訳をしながら、俺は帰路につく。

 執務室に籠もって朝までじっくりと事業計画を練りたい。




 

 

 アーカードの執務室に置かれた一枚の羊皮紙に魔力が走る。

 第三奴隷魔法の応用によって、文字が刻印されていく。



『おい! アーカード!! 今マジでやばいから早く助けに来い!!』


イリスより


 

 場所を示す暗号が、追加で刻印されていく。

 試すように、誘うように。


 こうすれば来てくれると、ただ信じて。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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