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エピローグ ゼゲル


「ちょっと、そのボタ石持ってってよ!」

「一人じゃあ無理だ! 誰か手伝ってくれ!」


「はいはい。ちょっと水飲んでからね。」

「あ、じゃあ俺も。」


 帝都の外れにある炭坑で、オークが忙しなく働いている。

 先の第三ルナックス戦争で成人したオークの大多数は死亡したが、生き残りはいた。


 女や子供、若い男のオークたちだ。


「いやぁ、生き返った。労働中にも自由に水が飲めるって最高だな。」

「アーカード様にゃ感謝しねえと。」

「あんだけ殺したのに生かしてくれるってんだから、あの人は聖人だよ。」


 呑気なものだ。

 こいつらは自分たちがなぜ生かされているか、まるで理解していない。


 皇帝がオークどもを処刑しないのは、帝国外に住むオークたちを刺激しないためだ。連戦によって疲弊したところに第四次戦争など起これば劣勢は必至。


 大局を鑑みて寛大な処置をとらざるをえなかったにすぎない。


「すべての帝国民がお前達を許したわけもあるまい。」

「あ、アーカード様。いつからそこに。」


 オレの言葉にオークたちが恐縮する。

 いい反応だ。恐怖による支配は効率がいい。


「いいんだ。水くらい好きなだけ飲め。腹をくださん程度にな。」

「だが、帝国民には気をつけろよ。寛大なる皇帝陛下はお前達を許したが、家族や友を殺された者はそうはいかない。」


 オークたちが震え上がる。

 皇帝が恩赦を与えようが、村を燃やし、村人を陵辱して殺した事実は消えないのだ。


「絶対にオークだけで炭坑を出るな。用があるならオレに言え、護衛をつける。」

「アーカード様。なんてお優しい。我々はあなたに剣を向けたのに。」


 平伏するオークたちを心の底で見下しながら、オレはにこりと微笑んでみせる。


 お前らがお気軽に外に出れば、帝国民を刺激する。民衆が勝手に戦闘を始めれば、周辺国家が薄笑いを浮かべて足下を掬いに来るだろう。


 具体的には国外のオークを焚きつけるだけで帝国の国力を削ぎにかかることは目に見えている。


 オークどもが逃げ出さぬよう縛り付けておく必要がある。

 帝国の利益、ひいてはオレの利益の為に。


「ここはお前達を守る砦だ。存分に心を癒やすがいい。」

「そもそも、お前らは悪くないではないか。すべては煽動したゼゲルが悪い。」


 オレは声を荒げて続ける。


「おい、ゼゲル! 聞いているのか!」

「ひぃ!!」


 カナリヤに餌をやっていたゼゲルが怯えて竦む。

 ゼゲル、第三ルナックス戦争の首謀者にして反逆者。


 こいつを生かしておく理由は、ない。

 本当にない。


 オークを殺せば国外のオークと戦争になるが、ゼゲルを殺しても馬鹿が一人死ぬだけで、何のデメリットもない。むしろ、殺した方がいい。


 元々、見せしめに処刑されるはずだった。

 だというのにまだ生きている。


 皇帝すらゼゲルを殺すことができなかった。


「えへ、えへへ。」


 中年太りのおっさんが、引きつった笑顔を浮かべている。

 思えば、ゼゲルの経歴は異常だ。


 軍属でありながら、第二ルナックス戦争では反乱軍に加担し。敗北後は数々の犯罪を繰り返しながら生存。


 帝国をあげて指名手配されても。聖堂騎士団に捕縛され、処刑される寸前になっても。第三ルナックス戦争を引き越し、皇帝の御前に引きずり出されてなお、今もこうして首が繋がっている。


 ……生前にもこういう経営者はいた。

 やっていることは滅茶苦茶で、当然のように破滅するが何故か自分だけは生き残る。


 ここまで来ると、理屈を無視した幸運に恵まれているとしか思えん。

 

「ゼゲル、午後はオークにカナリアの使い方を教えろ。お前が先頭だ。無駄な死者を出すなよ。」


「ええっ、一番危険な役じゃん!? 地下の毒ガスで俺が死んでもいいのか!!」


 ああ、もちろん。

 不慮の事故で死ぬことを心から願っているとも。


 だが、死ぬことはあるまい。

 ゼゲルはカナリアの異変を絶対に察知する。そして自分が生き残りたい一心で、炭坑の毒を回避するだろう。

 

「ゼゲルよ。せいぜい生き延びろ。それがお前の取り柄だ。」


 ゼゲルが目を輝かせている。

 遠回しに死ねと言ったつもりだったのだが、伝わらなかったか。


「アーカードさん! ご来客です!」


 炭坑の入り口から、奴隷の声がする。

 やれやれ、このところ客が多い。


 第三ルナックス戦争を終結させた黒き勇者だの、オークを捕虜にとった慈悲深き奴隷商人だのと、ネームバリューがついたからか、商談の話が次から次へと舞い込んでくる。


 稼ぎ時だが、中には詐欺師や何も考えていない馬鹿もいる。

 故に他の奴隷には任せられず、オレが直接話を聞く他ない。



 炭坑の外、資材置き場の片隅にその男はいた。

 頬に水の奴隷刻印を施した。老いた奴隷。


 バルメロイの姿がそこにあった。


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