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第三ルナックス戦争2


「あらゆる命は平等に尊い!」

「今こそ。人と人が手を取り合う時が来たのです!!」


 魔石によって音声増幅されたバルメロイの演説と共に、轟音が響いた。

 爆発魔法が防壁に命中したのだろう。


 他にも爆裂音はするが、音が違う。

 攻撃魔法のほとんどが防壁の下にある断崖に阻まれている証だ。


 やはりカピリスの丘は良い。

 敵は窪地を走り抜けるしかなく、オレたちは断崖のような崖の上から悠々と矢を放てる。


 地図を見ると、敵を現す黒石が窪地中央付近に接近していた。

 刺さっている鉄矢の数からして、本来なら全滅してもおかしくないが、狂った虫人は始末が悪い。


 ふと、等間隔に矢を放つ音が緩む。

 地図を凝視しているルーニーは気づいていないようだが、この緩み方は危険だ。


「ルーニー。そろそろ行くぞ。」

「はい。あの、アーカードさん。これ。」


 ルーニーが口を挟み、地図の中央付近の黒石を指さす。


「この敵、何かおかしくないですか? 極端に点滅回数が少ないというか。」


 オレ達は奴隷化保留状態の矢が刺さった者を敵として認識している。


 第三奴隷魔法で奴隷を認識すると奴隷化保留状態にあるものは点滅を繰り返すから、点滅する光点が移動していればそれは敵、というわけだ。


 また点滅タイミングは一定ではないので、多くの矢が刺さればより激しく点滅を繰り返す。


 その中でもひとつだけ、点滅速度が変わらない敵がいた。


 つまり。

 あれだけ射かけても、矢が刺さっていないのだ。


 フ、フフフ。

 素晴らしい。実に素晴らしい。


 使えるカードが増えた。

 それも最強の銀の弾丸(シルバーバレッド)だ。


「ルーニー。」

「こいつは、気にするな。」


 


 オレとルーニーが防壁の手前へ進むうちに、弓を射る間隔はより緩み、最後には停止した。

 次の瞬間、ハガネの怒号が響く。


「貴様! 何故射ない!! 殺されたいのか!?」


 見てみればハガネに胸ぐらを掴まれ、首筋に魔法剣を当てられた自由民がいた。

 

「む、無理です! もう射たくない!!」

「腑抜けが、死ね!!」


 首を跳ねようとするハガネを、オレが制止する。


「ア、アーカードさん。」

「手を止めるな。お前らはそのまま射ていろ。この男とはオレが話をしてやる。」


 馬鹿の首を即刎ねようとしたハガネは正しい。

 ここで攻撃を止めれば、虫人どもが崖に到達し、這い上がってくるかもしれんからな。

 

 だが、もう少しだけ良い手がある。


「ひっ」


 罰されると思ったのだろう。

 怯える自由民に、オレはとても優しい声をかけてやる。


「お前は自由民のアルベリオだな。なぜ矢を射るのを止めたのだ。」


「その、俺達が射ているのは操られた帝国の民だと声が。俺達が殺しているのは仲間です。仲間を殺すなんて、俺にはできません。」

 

 なるほど。

 一理あるな。


 オレが心にもないことを言うと、矢を射ている奴隷や自由民たちの意識がこちらに向いた。

 虫人を引き連れたバルメロイの演説が聞える。

 

「あなた方が殺しているのは、あなた方と同じ人間です! 同じ帝国の民を! なぜ殺めるのですか!!」


「我らは分かり合うことができるはずです! 命を尊重し、傷つくことも、傷つけられることもない世界を創ることができるはずです!」


「奴隷を解放しましょう! 我らは生まれながらに自由なのです!! 何にも縛られることはない!! 共に新しい世界、人権のある世界を生きましょう!!」


 意味不明だ。


 人権などという産業廃棄物以下の呪われたゴミを広めようとするなど、正気ではない。この世界を汚染するつもりか。


 演説を聴いたアルベリオの瞳が輝いている、だと。

 馬鹿な、あの演説のどこに共感を呼ぶ要素があったというのだ。


「私はもう今年で70になります! 海賊に拉致されてからずっと、奴隷として生きてきました! 奴隷の人生は悲惨です!!」


「金持ちに人生を食い潰され! 自由もなく! 死ぬまでこき使われる! こんなことはおかしい!! 我々には幸せになる権利があるはずだ!!」


「そんな思いを胸に、私は活動を続けて来ました! 人の尊厳を守る活動です!! 隣人を愛し! 欺かず! 皆で光の道を歩む為の活動です!!」


 爆裂音が響く間隔が短くなっていく。

 接近を許したことで、防壁に命中しているのだ。


「アーカード総合印刷所に第二ルナックス戦争の真実を語ったこともありました! しかし、私の思いは裏切られた!!」


「彼らは現体制の都合のいいように、歴史をねじ曲げて新聞を刷った! 真実を広めたいという私の願いは、無残にも踏みにじられた!!」


「真実を知りさえすれば。人々は奴隷制度に反対し、自由に手を伸ばすに違いありません! アーカードはそれを恐れ、歴史を改竄した!! こんなことは許されない!!」


 防壁の内側には静寂が生まれていた。

 オレを糾弾するバルメロイの声と弓を射る音だけが響いている。


「繰り返します! 私はもう70です! 私にはもう時間がない! しかし、ただで死ぬつもりはありません! 自由への灯火を後世へ残す為! こうして戦っています!!」


「私は皆さんの矢に射られました! 致命傷です! 確実に死ぬでしょう!! だから、だからこそ私は伝えたい!! この世の真実を! 人々が互いに手を取り合う方法を!!」


 矢を射ていた自由民のうち何人かが、射るのを止めた。


 なんという愚かさだ。

 オレは頭を抱える。


 そう言えば、生前にも似たようなことがあった。


 あいつらは平日の昼間からオレの会社の前に立ち、やれブラック労働だ、不当解雇だとわめくのだ。


 労働者に権利など認めるからこうなる。

 他人の足を引くことしかできない非生産的な馬鹿が増えては、商売がやりにくくて仕方ない。


 邪悪な思想は早い段階で摘み取っておく必要があるだろう。


「そこのお前とお前、あとアルベリオ。」

「もし、嫌になったのなら、防壁から顔を出し、降伏してもいいぞ。」


 え、いいの?

 とでも言いたいのだろうか。


 さらに数人の自由民が反応する。

 これ以上のコストはかけたくない、お前らはそのまま矢でも射ていろ。


「いいんですか?」

「お前らは奴隷ではない、好きにするがいい。」


 オレの奴隷たちが三人を止めようとするが、無駄なようだ。逆に「奴隷根性を捨てろ」「今こそ自由になる時だ。」「バルメロイの言葉が聞えないのか」などと、訳のわからぬことを言っている。


 奴隷たちは悲しみながらも、それ以上は引き留めなかった。


 当然だが、降伏したいという奴隷は一人も出ない。

 我が奴隷ながらよく現実が見えている。やはり教育は重要だ。


 三人の自由民は防壁をよじ登ると、両手を挙げて言った。


「おーい! 助けてくれ! 俺達は降伏する!!」

「バルメロイの役に立ちたいんだ!!」

「捕虜にしてくれー!!」


 轟音と光。

 三人の自由民は爆裂魔法で粉々となり、死んだ。


 バルメロイの「人々が慈しみ合うことがもっとも重要」とかいう演説が空しく響き続ける。


 これは誤射だ。


 脳を食われ、判断力が麻痺した魔法使いに非戦闘民を判別できるとは思えない。

 虫人が自動で攻撃している以上、防壁から無防備に顔を出せば死ぬ。


 つまり、バルメロイの意思とは無関係なのだが、そうは問屋が卸さない。卸させはしない。


 反乱分子を始末したオレは残念そうに首を振り、一拍の間を置いて叫んだ。


「おのれ、バルメロイ!! 騙し討ちとは、なんと邪悪な奴!!」

「裏切られた自由民たちよ、お前達の仇はオレが討ってやる!!」


 オレはバラバラになった自由民の死骸の前に膝をついて激高し、義憤に駆られたルーニーに弓兵の指揮を執らせ、ハガネと奴隷部隊に号令をかける。


 次の動きを察したイリスが駆け寄ってきた。


 まるで流れるような動きだ。

 よく仕込まれた奴隷は、よい動きをする。


 整列した奴隷部隊を従え、オレは自由民に叫ぶ。


「バルメロイの甘い言葉に騙されるな! 奴は詐欺師だ! ここが戦場だということを忘れるな!!」

 

「これよりオレは前線で虫人の群れを食い止め、お前達を守る!! お前たち弓兵部隊はこの戦線のかなめだ! お前達を失えば戦線は崩壊し、帝都は戦禍に包まれるだろう!」


「帝都を守れ! 愛すべき家族を、友を思い浮かべろ!!」

「守るべきものを間違えるな!!」


 奴隷と自由民の目に火が灯る。


 言葉は便利な道具だが、所詮は言葉でしかない。

 言葉と行動が矛盾する時、言葉は説得力を失う。


 そして、一度失われた信用の回復には時間がかかる。

 詐欺師のレッテルを貼られれば、どんな言葉を吐こうが無意味だ。


 もう、誰もバルメロイを信じてはくれまい。


「ベルッティ。仇を討ってやるからな。」


 ルーニーがたかぶっている。

 敵がベルッティに死を呼び込んだ張本人ではこうもなろう。


 前線に出せば暴走して死ぬだけだ。

 何としても、後方に縫い止める必要がある。


「ルーニー。間違えてオレを射るなよ。」

「大丈夫です。任せてください。」


 軽口でルーニーの緊張をほぐすと、奴隷部隊と共に戦場へ降りた。


 待っていろよ、ベルッティ。

 あの老害はオレが必ず殺してやる。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 邪悪な存在だ!
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