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鉄の矢

 製鉄場の火が燃え、鍛冶屋の槌が振るわれる。

 槌の衝撃で金型から取り出されたのは、鉄の矢の原型だ。


 筋骨隆々のドワーフたちが原型を箱に入れると、アーカードの奴隷達が運ぶ。


 運んだ先では、奴隷の中でも特に体力のある者たちが円盤石を回転させ、先端を研いでいた。


 本業の鍛冶屋ほど精巧なものは作れないが、数打ちの武器を量産するならそこまでの腕は必要ない。


「しかし、よく働くな。奴隷にしとくのが惜しいくらいだ。」

「仲間の仇討ちだ。そりゃあ熱も入るだろうさ。」


 帝都のドワーフたちが鍛冶場を提供した理由は二つある。


 一つ目は単純に帝都の危機だからだ。

 このまま放置していれば、帝都はゼゲル率いる虫人とオークの群れに蹂躙される。


 二つ目は金が支払われるからだ。

 奴隷商人アーカードが十分すぎる程の額を約束してくれた。


 聞けば、この資金はベルッティ募金なるものから捻出されているらしい。

 非業の死を遂げた少女奴隷の願いによって生まれた募金で、奴隷救済の為に使用される。


 今回、ベルッティ募金が投入されているのは、ゼゲルがベルッティを児童売春に使い私腹を肥やしたクズだからだろう。これほどストレートな使い道もない。


「奴隷に興味は無かったが、これはいいものだな。こんなに働き者なら、うちも奴隷を入れよう。」


「仲間を陵辱したクズに復讐を誓うところなど、我らドワーフの仲間意識と通じるものがある。」


「確かにそうだ。価値感を共有できるかもしれん。」


 ああ、と同意してドワーフの一人が壁に掲げられた布を見上げる。

 布にはこう書かれていた。


『舐められたら殺せ! 仲間を舐められたらもっと殺せ!』

『契りと恨みは永遠に!』


 誇らしげにうなずくドワーフたち。

 部族意識が彼らの結束をより強固なものにしているのだ。


 カンカンと鍋を叩く音。

 炊事役のドワーフが「飯ができたぞ!」と叫ぶ。


「よぉし、お前ら! 飯だ!! 食え! たらふく食え!!」

「そろそろ、運送屋が来る。場所広くしとけよ!」

 

 

 カピリスの丘に風が吹いていた。

 簡素な骨組みと布でできた野営地が強風に煽られ、揺れている。


 この地は天然の要塞だ。

 まるで大魔術師が生み出した壁のような丘の前には、荒涼とした窪地が広がっている。


 障害物はほとんどない。

 このカピリスの丘を抜けるには、岩肌険しい丘を苦労して進むか、狙い撃ちされてでも窪地を踏破するしかない。


 他国の侵攻を幾度となく食い止めてきた。


「アーカードさん。4便が届きました!」

「ご苦労、一本よこしてくれ。」


 顔に一文字の傷を持つ運送屋の男が鉄の矢を渡す、いい出来だ。

 アーカードは茨の刻印の入った矢を掲げて言った。


「これより、矢でクズ共を迎え撃つ!!」


 見上げるのはアーカードの奴隷達と食い詰めた自由民だ。

 戦闘の経験はおろか、矢をつがえたこともない。


 奴隷達は何も気にしていないようだったが、自由民たちの中には不安げな表情をするものもいる。


 後方支援と聞いていたのに、武器をとるなんて聞いていない。それに俺は弓なんて引いたことがないんだ。


 そもそも、鉄の矢なんて遠くまで飛ぶわけがない。


「何の問題もない。見ていろ。」


 アーカードが矢にロープをくくりつけると、空へ向けて射た。

 重量のある鉄の矢にロープまで引いているのだ。当然、すぐに矢は失速する。


「【動け(アクシル)。】」


 強制呪文を唱えると、鉄の矢が空中で爆ぜるように加速する。

 矢に回転がかかっているのか、とぐろを巻いていたロープが暴れていた。


 そのロープもみるみるうちに小さくなり、なくなってしまった。


 矢は一向に落ちて来ない、おそらくは窪地のどこかに落下するのだろう。


 アーカードは機を見計らったように第三奴隷魔法を唱えるが、何も起こらない。

 ただ、邪悪にほくそ笑んでいる。何か意味があったのだろうか。


「ああ、あのロープは1000メートルほどだ。まるで足りなかったな。」

「この方法なら弓の腕など関係ない。お前達がどんなに狙いを外そうが、この矢は自動で追尾して敵に命中する。」


 奴隷と落ちぶれた自由民たちが「これなら俺たちにもできるぞ」と沸く中、一人の自由民が困惑していた。


 彼には冒険者経験があった。

 荷物持ちばかりで大して役に立つこともできず、今では帝都で物乞いをする身になっているが、矢がどういうものかは知っている。


 熟練の弓使いでも50メートルも飛ばせない。

 100メートルを越えられるのは風の精霊(シルフ)の力を借りたエルフくらいのもので、それでも遠くを狙えば命中率は下がる。


 熟練のエルフの10倍の飛距離に、自動追尾?

 それを素人が使えるようになるだって?


 そんな馬鹿な。

 そんなことが可能なら戦闘が根本から変わる。


「ゼゲルの虫人どもが到着するのは早ければ明後日頃だろう。それまで何度か練習できるな。」


 これから戦争になるというのに、アーカードは落ち着いている。

 手練れの冒険者の風格だ。


 5便が到着しました! と奴隷が声を張り上げた。

 高価で冒険者たちが中々手を出せない鉄の矢が、次々にやってくる。


 そして、アーカードは湯水のように使わせてくれる。

 窪地に落ちた矢を拾わせに行くことすらしない。


 北方の王は矢が勿体ないと奴隷を突撃させたと言うが。彼はそんなことはしないだろう。


 食料も水もどんどん送り込まれてくる。

 どれだけ潤沢な資金があるのだ。


 奴隷達の健康状態もいい。

 少なくとも、俺たちよりはずっと。


 自由民の男は思う。

 もう物乞いは止めて、アーカードの奴隷になろう。


 絶対その方が幸せだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 奴隷魔法が便利。
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