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ミーシャ再び


 倉庫で待っていると、定刻通り荷馬車がやってきた。

 

「アーカードさーん! お久しぶりでーす!」


 荷台から手を振るのは、以前ボウモアに売り飛ばしたミーシャだ。

 手綱を引く青年奴隷のマルロが苦笑していた。


 倉庫前で停止した荷馬車には小麦粉や乾燥コーンなどの雑穀袋が乗っていた。

 

「それじゃあ、運びますね!」


 ミーシャとマルロが袋を運ぶ。

 まだ8歳だというのに、苦も無く荷を持ち上げていた。


 倉庫に積み上げられているのは帝都近辺から集めた食料だ。

 戦争が長期化した場合に備えて、皇帝に金を出して貰った。


 帝都にはほとんど食料生産能力がない。

 それ故にゼゲルが街道や周囲の村を制圧した場合、食料調達が困難になる。

 

 近隣の村が制圧される頃にはボウモアどころか、マルロやミーシャもオークに殺されているだろうし、生きていたとしても脳を虫に食われているはずだ。


 死人や虫人に飯は必要ないだろう。

 ゼゲルに奪われるくらいなら、早い段階で買い取っておいた方が良い。


 せっせと食料を運び込んだミーシャとマルロにねぎらいの言葉をかけ、金を渡すと喜んでくれた。   

 やはり金は素晴らしい、金は人を豊かにする。


 ボウモア農場はゼゲルが出没した方角の真逆にあるから比較的安全だが、オレの備蓄が多いにこしたことはない。


 最悪の場合、籠城戦すらありえるのだ。

 その時になって飯がないでは帝都が滅んでしまう。


「どんどん持って来てくれ、皇帝陛下がいくらでも金を出してくれるんだ。こんなにいい取引はないぞ。」


 鏡の前で練習した誠実そうな笑顔を浮かべて、マルロの肩を叩く。


 マルロは困り顔だ。いくら巨大な農場を管理していても、備蓄だって無限にあるわけでもあるまい。売れる数は限られているのだろう。


 ミーシャがひょこっと荷台から顔を出す。


「マルロさん、どんどん持って来ましょう! 農場の蔵にまだまだあるじゃないですか!」


「いや、その。あれは非常時の為の備蓄で。」

「ここで儲けないでどうするんですか、今年の麦微妙なんでしょ?」


 ミーシャが妙に強気だ。

 売り飛ばす前は社交性が高い反面、気の弱い幼女だったはずだが。


 渋るマルロにミーシャがぼそっと呟く。


「裏帳簿」

「わかったわかった! 売ろう、それでいいんだろう?」


 困り顔のマルロを見たミーシャが満面の笑みを浮かべる。


 す、素晴らしい!!

 ただ優しいだけだった幼女が、今ではマルロを脅している!!


 ミーシャはマルロが利益をかすめ盗っていることに気づき、弱みを握ったのだろう。


 マルロはボウモアから農場管理を任されているので、着服がバレればタダでは済まない。うまくマルロを強請ゆすることができれば、ミーシャはそれなりに豊かな生活ができるはすだ。


 ミーシャは8歳にして運命に翻弄されることを拒み、自らの手で運命を操ると決めたのだ。


 人を強請ゆする以上、相応のリスクはあるが、運命に逆らうとはそういうことだ。


 リスクを負ってでも、選択し、前に進む。 

 そうだ、人とはこのようにあらねばならない。

 

「マルロさん。今日はもう遅いですし泊まって行かれては。」

「え、いや。その。」


 着服を追求されると思ったのだろう。

 不安にかられたマルロが言葉に詰まった隙を、オレは見逃さない。


「帝都の大浴場はよいものですよ。マルロさん。たまには二人で汗でも流しましょう。」


「なあに、安心してください。ボウモアさんにはオレから伝えておきます。マルロさんは誠実に働いてくれる素晴らしい奴隷だと。」

 

 こうなればマルロはただ「はい」と頷くことしかできない。


 一度、強請ゆすられた馬鹿はまた強請ゆすられる。

 あいつはカモだと理解した強欲者たちが押し寄せて、骨になるまでしゃぶりつくすからだ。

 

 9歳の幼女に強請ゆすられた馬鹿など、格好の的だろう。


 そうなる前に、オレが守ってやる。

 その代わり色々と便宜を図って貰うが、マルロにとってもいい取引になるだろう。


 仲良くなる為に何をするかといえば。

 まぁ、強請ゆするのだが、必要なことだ。


「ミーシャも今日は泊まって行きなさい。仲の良かった飯炊き奴隷と話でもするといい、あいつも喜ぶだろう。」


 ミーシャの顔がぱぁっと明るくなった。

 この幼女には後で強請ゆすり方を教える必要がある。


 ミーシャが勝手に死ぬ分には構わないが、ボウモア農場の経営が破綻してはオレが困るからだ。

 農場から買い取った穀物を奴隷に加工させて一儲けする計画がある。

 

「ねえ、アーカードさん! ハガネやベルッティは元気?」


 胸の奥がずきりと痛む。

 オレの口はまるで時間を稼ぐように「ハガネは帝都の奴隷兵を纏める奴隷頭になった。」と言う。


「すごい!! ベルッティは?」


 ベルッティは死んだ。

 

 ミーシャがよくわからないといった顔をする。

 アーカードさんがいたのに何故、とでも思っているのだろう。


 ミーシャよ、オレは神ではない。

 すべてを救うことなどできないし、生きとし生けるものは必ず死ぬ。


 だが、時に何かを残して死ぬことがある。


「ベルッティは英雄になった。」

「お前のような境遇の奴隷を助ける為に立ち上がり、命を捧げたのだ。」


 中央通りから、怒号が聞えてきた。

 ここからはそれなりに離れているはずなのに、声が届く。


「許すな! ゼゲルを許すな!!」

「子供達を弄び殺したゼゲルを許すな!!」


「村人を虫に変えたゼゲルを許すな!!」

「オークを殺せ! ゼゲルはもっと殺せ!!」


 英霊として祀られたベルッティの旗を翳して、民が街道を練り歩く。

 民がこうなのだ、兵士の士気もさぞ高まるだろう。

 

 皇帝が放った正規兵がゼゲルを仕留められればいいが、不安要素が多い。

 虫で人を操る未知の魔術、内容によっては帝国に甚大な被害をもたらしかねない。


 もし、あれが虫の奴隷魔法であったならば最大限の警戒が必要だろう。


 皇帝はオレが討って出ることを望んでいたようだが、まだその時ではない。

 

 正規兵や聖堂騎士団はゼゲルを殺すことに夢中で、物資の重要性をまるで理解していない。オレがここで戦場に出れば、誰も食料など調達しないだろう。


 バルメロイの話が本当ならば、ゼゲルは戦場で輝くクズだ。

 おそらく手近な村に片っ端から虫を放ち、脳を食わせて支配するに違いない。


 支配した村人を使い、他の村を襲う。

 これを繰り返すだけで、ゼゲルはとんでもない数の兵を手中に収めることになるだろう。


 まともな良心を持つ者には到底できない戦略だが、ゼゲルには可能だ。


 そうなれば。

 かつてない規模の戦争になる。


 正規兵どもが考えているようにサクッとゼゲルを殺せるならそれが一番だが、嫌な予感がする。


 ふと、空を見上げるとぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 ミーシャたちを泊まらせたのは正解だったな。


 この雨はしばらく続くだろう。


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