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ゼゲル7


 オークの炭坑は熱狂に包まれていた。

 ゲスな主人を殺し、離れ離れにされていたオークたちを解放したからだ。


 主人の死体を蹴り飛ばし、踏みつける度、どこかしこから歓声が上がる。


「ゼ・ゲ・ル! ゼ・ゲ・ル!」

「ゼ・ゲ・ル! ゼ・ゲ・ル!」


 繰り返されるゼゲルコールに感涙し、むせび泣くオークまでいる。


 100年を超える抑圧が、解き放たれたのだ。


「あー、皆さん! よいですかな? 坊ちゃ……ゼゲル様からお言葉があります!」


 もったいぶった所作で偉さを演出しながら、ゼゲルが現れる。

 姿が見える。それだけでオークたちは狂喜した。


 救世主さまー!

 我らをお導きくださいー!!


 そんな声まで上がっている。

 ここまで持ち上げられて、単純なゼゲルが調子に乗らぬはずもない。


「オークたちよ! よく耐えた!!」


 開口一番ねぎらいの言葉。

 クズのゼゲルもやる時はやりますね、と女神が思う。


「早速だが、お前達には義務がある!!」


 女神は焦った。

 バルメロイは青ざめている。


 古き奴隷であるオーク達には奴隷刻印がない。

 ここでオークを怒らせれば、ゼゲル一行は全滅だ。


 しばらくの間の後、オーク達がざわついた。


 ギム? ギムってなんだ?

 知らない言葉だ。


 ゼゲル様!

 どうか、ギムについて教えてください!!


 女神はほっと息をつく、どうやら運はまだゼゲルを見放していないらしい。


『ゼゲル、まだ間に合います。このように嘘を吐くのです。ギムというのは……』

「義務とは、しなければならないことだ!!」


 バルメロイが頭を抱えている。


 しなければならないこと?


 それは、炭坑を掘ったりとか。

 仲間が死んでも危険な場所で働かなければならないとか。


 そういうことでしょうか?


 あなたはおれ達に、何かを強制すると。


 オークがおそるおそる聞く。


「そうだ!!」

「俺は強制する!!」

 

 こうなれば、流石に女神も黙ってはいられない。


『ちょっと、ゼゲル。何を言っているのです!?』


(いや、でも。実際そうするし。嘘はよくないだろ。)


『そうですが、言い方というものが。』


 周囲を見ると、オーク達から発せられていた喜びが、懐疑の念へと変わっていた。

 武器にするつもりだろうか、つるはしを手に取るオークまでいる。


「よく聞け! お前達には幸福になる義務がある!!」

「お前達は、絶対に幸せにならねばならない!!」


 そこにいる、すべての者が呆気にとられた。

 幸福になる、義務?


 幸せに、ならねばならない?

 どういうことだ?


「あーもう、なんでわかんないかなぁ!」


 まるで覚えの悪い子に苛立つように、ゼゲルが頭を掻きむしる。


「いいか? お前らオークはこれまで酷い目に遭ってきた! 俺もそうだ! そりゃあもう酷い目に遭ってきた! 主にアーカードのせいで!!」


「それでいいのか!? ずっと不幸なままでいいのか!! いいわけないだろ!! 俺達は幸せになっていいし。むしろ、幸せにならなければならない!! そうだろ!!」


 両手をぶんぶん振り回しながら、ゼゲルが訴える。

 最近不遇なことが続いたので、演説に熱が籠もっていた。

 

 そうだ。

 そうだよ。


 俺達は幸せになるべきなんだ。

 幸せにならなければならないんだ。


「いいか! 俺達の目的は幸せになることだ!! これはお前達に課せられた義務だ!! わかったか!?」


 わぁ、と。

 オーク達が沸き立つ。

 

 幸福は義務!

 幸福は義務!!


 ゼゲルが言うから間違いない!!

 ゼゲル様、万歳!! 万歳!!


 喜ぶオークたちを眺めて、ゼゲルは満足げに頷く。


 ゼゲルは何人もの奴隷を使い潰した経験から、奴隷の心がどのように歪むかを理解していた。


 ひたすらに虐げられた奴隷に権利を与えても、奴隷は権利の使い方がわからない。


 考える機会を与えられず、思考力が失われているからだ。


 しかし、義務。

 命令なら聞き慣れているから、すぐに行動できる。


「さぁ、憎き人間どもの村を襲うぞ!! 失われた尊厳を取り戻すのだ!!」

「これは、正当な復讐である!!」


 オーク達の雄叫びが上がる。

 幸せになるため、失われたものを取り戻すため、オーク達は立ち上がる。


 皆、自発的に荷物をまとめ、武装を整えていた。


『ゼゲル、あなたにカリスマがあったのですね。驚きました。』

「いやぁ、ちょっとした経験だよ。」


 ゼゲルはヒマ潰しに幼女奴隷に仲間の首を折るよう命じた時のことを思い出す。


 まだ元気なうちは思考力が残っていて、抵抗するのだが、末期になると何も考えずに命令を聞くようになる。


 折る方も手加減しなくなるし。

 折られる方も、自分から首を差し出す。


 幼女の力で首を折ることなどできないのだが、それでも奴隷たちは懸命に殺そうとし、殺されようとする。


 時には命令を果たす為に、試行錯誤までし始める。

 殺す側だけでなく、殺される側までもが。


 なぜこのようなことが起こるのか。

 それは、何も考えず、命令に従うというのは奴隷にとってこの上ない快感だからだ。


 まるで、自分の人生のすべてを主人がどうにかしてくれるような気持ちになるのだろう。


 そんなことは絶対にないのに。


 でも、奴隷たちは不安になりたくないから、考えない。

 自分が何をしているか、本当はわかっているはずなのに、わからないフリをする。


 そうやって、不都合な記憶を絶えず忘却し続けた結果。

 自分を殺す為に努力するという生物として矛盾した行動すら可能になる。


『先ほどバルメロイが人権について説いていましたが、オークたちはすんなり受け入れたようです。』


『他人の尊厳も自分の尊厳もけして踏みにじってはならないという教えと、村を襲うという行動は矛盾するかと思ったのですが、オーク達はどうやって割り切っているのでしょう。』


「えっ、襲われると。何かまずいの?」


『いえ、襲うなとは言いません。アーカード打倒の為にも襲って貰わないと困るのですが。オークが何を考えているのか、わかりません。』


 ゼゲルは思う。

 この女神は頭が悪い。


 オークは何も考えていないだけだ。

 何も考えていないから、あらゆる矛盾を抱えたまま、俺の意のままに動く。


 ふはは。

 これでオークは思いのままだ!


 ヒマ潰しに幼女を拷問していて本当によかった。

 人生、何が役立つかわからんものだなぁ。

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