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ゼゲル4

 ゼゲルは相変わらず檻の中でわめいていた。

 当然の反応だろう。


 聖堂騎士達は既に拷問道具を揃え、待っているのだ。


 これから、ゼゲルはあらゆる拷問を受けて死ぬ。


 爪を剥ぎ、腕を削ぎ、目の前でその肉を焼いて食わせる。

 泣いて神に慈悲を乞うても、我らが止まることはない。


 死にそうになったら回復魔法をかけて、また拷問を再開する。

 殺してくれと言い始めてからが本番だ。


 クズの心が壊れていくのは実に見物だ。

 あれを面白いと思える精神を私、リズ・ロズマリアは持っている。


 しかし、これでいいのだろうか。

 カピリスの丘でのアーカードの会話を思い出す。


 確かにアーカードは残酷なことをした。


 だが、それを無駄にはしなかった。

 奴隷達の価値を高め、虐待を抑え込んだ。


 では、私は何だ?

 この拷問の果てに、何がある?


 私に何ができるだろう?


 檻を開くと、ゼゲルが恐れおののいた。


「な、何を……!?」


 私は酒瓶片手にゼゲルを抱擁ほうようする。

 成すべきことはわからない、これが正しいかもわからない。


 だが、これからあらゆる尊厳を奪われるゼゲルを、どうしてか、抱きしめたくなった。


 ゼゲルは死すべき邪悪だが、何も尊厳まで奪う必要はないではないか。


 拷問で相手が何を言い出しても、どのみち殺すのだ。


 こう、手かせつきの首かせのような物でクズを拘束して、首めがけて上からよく研いだ刃を落下させれば、それなりに尊厳を守れる気がする。


 悪発見、即処刑ということになるが。

 結果が同じなら問題あるまい。


 拷問したい人には死体を配って各自に拷問させれば被害者の鬱憤も晴れるし、民衆には娯楽を提供できる。


 泣きわめき許しを乞うクズの心を破壊する過程こそが重要だと言う聖堂騎士もいるから、説得は難しいだろうが、それでも一歩一歩進むしかないだろう。


 アーカード、私も前に進んでみせるよ。


「お、お前。おおお、俺を強姦するつもりか!?」


 私の腕の中で誤解したゼゲルが怯えている。

 いや、何故そうなる? 立場が逆ではないか?


動け(アクシル)!】【動け(アクシル)!】


 ゼゲルが喚いている。

 無駄だ。どんなに唱えてもここには奴隷なんていない。

 

絆よ、今ここに集えヴィンクラ・オ・ライラ!】

動け(アクシル)!】




 ゼゲルがそう言うや否や、部屋中の虫がリズに殺到した。

 

「なっ、やめろッ!」


 払っても払っても、虫はリズにまとわりついて離れない。

 それどころか、服や耳の穴に入り込もうとする。


「く、何をした!?」

 

 ゼゲルは驚いたままだ。

 自分でも何をしているかわからないらしい。


『今です! この隙に逃げましょう!』


 腰を抜かして、女神の助言に従えずにいるゼゲルが見上げると。


 もがき苦しむリズが、頭をかきむしりながら倒れる。

 地面を這っていた虫が、リズの口めがけて飛び込み、暴れていた。


『ゼゲル、何をしているのです!? 奴隷刻印に何を命じたのですか!?』

「わ、わからない。俺は何も。」


 わからないと言ったものの、よく思い返してみるとそうでもない。

 ゼゲルは確かに命じていた。


「いや、奴隷にしてやると思った。犯されそうだったから、ちょっとだけ。」

『虫に「奴隷にしろ」と命じた? そんなことができるわけが。』


 そこまで考えて、女神は気づいた。

 この世界の虫には小動物に自らを食わせることで、肉体を操るものもいる。


 脳を食い荒らし、思考能力を奪ってから、脳に魔力を注ぎ込み、神経を操るのだ。

 

 だが、人間が操られたという事例は見たことがない。

 虫が食い荒らせる量と注ぎ込める魔力には限界があるため、ごく小さい小動物しか操れないのだが、ゼゲルはそれを数で補った。


 まさか、虫の奴隷魔法にこんな使い方があるなんて。


 大量の虫が、リズの中に入っていく。


『う、気持ち悪い。』


 最悪の魔法だ。

 アーカードの奴隷刻印は痛みと強制力で奴隷を操るが、ゼゲルの奴隷刻印は虫に脳を食わせて神経を強制支配する。


 そうだ。

 奴隷魔法は習得した人間の人格が反映される。


 つまり、ゼゲルは本当に人を人として扱っていない。


 危険過ぎる。


 虫に襲わせればいいだけだから、面倒な契約も必要ない。

 ゼゲルは簡単に軍勢を増やせるだろう。


 第二奴隷魔法だけで、世界を滅ぼせる。


 しかもまだこれは第二だ。

 ゼゲルは第八奴隷魔法まで習得している。


 とんでもない怪物を生み出してしまった。


「う……がぁぅ……。やめ、ろ。」


 リズの意識が残っている。

 だが、脳を食われてはもう回復する手段がない。


 どんな回復魔法も、脳だけは元に戻せないのだ。

 

 これでは上位神聖魔法で契約を強制解除することもできない。


『リズを殺しなさい! これでは、あまりにもむごすぎます!』


 ゼゲルがきょとんとした顔をする。


「殺すなんてかわいそうじゃないですか。」


 それに、これが本当なら素晴らしいことだ。


 ゼゲルが目を輝かせる。

 先ほどと変わらぬ、少年のような目だ。


「リズ、×××と言ってみろ。」

 

 少しの間の後、リズは小刻みに震えて言った。


「×××……。×××……。」

「素晴らしい!! リズは俺の奴隷となった!!」


 卑猥な言葉を呟き続けるリズ・ロズマリアを見て、女神は絶句した。


 確かにこれなら、リズを操ってロンメル神殿から出ることなど造作もないだろう。

 そのまま逃げることだってできる。


「ははは! よぉし! 運が向いてきたぞ!!」


 大喜びするゼゲルを見ながら、女神は考える。

 ここでゼゲルを殺せばリスクは減るが、対アーカード用のカードとしてはこれ以上無いほどに強力だ。


 うまくゼゲルを制御できれば、世界への影響も最小限で済むはず。


『……行きましょう。ゼゲル。未来があなたを待っています。』


 ぶつぶつとうわごとを呟き続けるリズと共にゼゲルは階段を上る。

 その選択が後に、大きな爪痕を残すことを女神はまだ知らなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これもまたひとつのテンプレチート主人公の踏襲ですね。 そしてリズと再開したアーカードが「アレはリズとして数えない」のようなことを言っていましたが、まさかあれさえも伏線だったとは!
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