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ゼゲル1

「ああ、あれがゼゲルか。確かにダメな顔をしている。」

「どんな悪人面かと思ったら、実際見るとただのダメなおっさんだよな。つまんね、俺はもう帰るわ。」


 聖堂騎士の一人が階段を上り、もう一人が残る。

 聖堂教会の地下にある異端隔離室に、ゼゲルは閉じ込められていた。


 異端隔離室と書くとそれなりにまともな部屋のように思えるが、実際には独房で、部屋というよりは鉄格子で上下左右を囲まれている。


 つまり、動物を入れる檻そのものだ。


「出してくれ! 俺が何をしたと言うんだ!!」


 ゼゲルが無実を訴えるが、無駄だ。


「いや、お前。あれだけの悪行を成して、その言い草はないだろう。」


 児童売春を繰り返したゼゲルに温情をかけるものは誰もいない。


「俺は、俺はどうなるんだ?」


「当然だが、拷問する。一応その後に処刑する予定になっているが、いつも通りだと拷問中に絶命するので、処刑まで行き着かないな。」


「いや、処刑はしているのかな。念のため、最後は首を刎ねているし。」


 ひどい。

 ゼゲルはさめざめと泣いた。


 なぜそんなひどいことをするのか。


 聖堂騎士の瞳に哀れみが浮かんだ。


「お前が苦しみ、嗚咽を漏らせば、お前に陵辱された子供達も少しは報われる。そんなこともわからないのか。」


 拷問は明日、朝一番に行われる。

 正義執行は早ければ早いほどいい。


「じゃ、じゃあ。俺はどうしたらいいんだ?」


 この後に及んで、ゼゲルは考えようとしない。


「どうしたらって、お前はもう死ぬだけだよ。」


 聖堂騎士の言葉を、ゼゲルは無視した。

 

「違う、違うよ。だって、俺のことを助けてくれるんだろう? なぁ、そうだろう?」

「ほ、ほら。俺は別に悪いことなんてしていないし。」


 えへ、えへ。

 と、媚びるようにゼゲルが笑う。


「きっと。神様が俺を助けてくれるんだ。」


 太った中年の顔が、無邪気に笑う。

 

 は、吐き気がする。

 一体どういう精神をしているのか。


 聖堂騎士は理解に苦しんだ。

 

 ゼゲルは年若い少年少女を拉致し、売春を強要した挙げ句、最後には拷問を繰り返して殺している。


 それも一人や二人ではないのだ。

 これほどわかりやすい悪もいるまい。


 なのに、自分に罪はなく。

 神が助けてくれると本気で信じている。


 ゼゲルはどんな拷問を受けても、罪を悔い改めないだろう。

 絶対にわかりあえる気がしない。


 聖堂騎士は急に気分が悪くなった。

 ゼゲルの精神の一部に触れてしまったのだ。


 なるべく何も考えずに確実に殺そう。

 ゼゲルを灰にした後は、呪物として保管する必要がある。


 川に流しては、海が汚染される。

 かといって浄化できる代物とも思えん。


 聖堂騎士はそう決意し、去って行った。

 



 騎士の背を見送ったゼゲルが、思い出したように震え上がる。

 処刑は明日だ。それはもう動かせないだろう。


 とうの昔に万策尽きていたが、とうとうこの日が来てしまった。

 

 神様、どうか助けてください。

 俺が一体何をしたっていうんです。


 ただ、ガキをさらって使い潰しただけだ。

 他人の命を金に換えて何が悪いんですか。


 それに、俺はちゃんと奴隷にしてから使い潰している。

 何の法にも違反していないはずだ。


 だって、奴隷は物だ。

 物、そうだ。物だから。壊してもいいんだ。


「う、あ?」


 唐突に過去の記憶が頭を巡る。


 ブレオス火山。

 鼻につく硫黄の臭い。


 そうだ。

 そこでカシアはその大きな腹を裂かれ、引きずり出された俺の子は、鎧どもに踏み潰された。


 何度も、何度も。


 「なぜこのような非道をする! 我々は人だ! 我々には生まれながらに、人である権利があるのだ!」


 そうだ。

 俺は奴隷達を率いて戦っていた。


 正しいことをしていたんだ。


 俺が仕掛けた毒にやられ、目を血走らせた敵将が叫ぶ。


 いやだ、聞きたくない。思い出したくない。


「なぜかだと!? 下等な奴隷の分際で!! 奴隷とは物だ!! 物を壊して何が悪い!! お前らは人ではない、ただの奴隷だ!! 消費されるだけの消耗品が、幸せになりたいなど、夢にみるな!!」


 ああ、そうだ。

 奴隷は、奴隷とは物だ。


 そうでなければならない。

 そうでなければ、カシアが腹を裂かれるわけがない。


 俺の子が、まだ産まれてもなかった俺の子が、あんなに踏み潰されるわけがない。


 物だ。奴隷は物だ。

 奴隷を物として扱って何が悪い。


 そうやってぶつぶつ呟いていると、急に肌寒くなってきた。

 いや、肌寒いなんてものではない。なんだ、この感覚は。


『ゼゲル。ゼゲルよ。聞えますか?』


 頭の中に声が響く。

 この声は、一体。


『私は女神、パンドラのピトス。』

『ゼゲル、あなたを助けに来ました。』

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