アーカード6
蝋燭の火が揺れる中。
奴隷たちに囲まれながら、オレはダルゴに作戦を伝える。
奴隷小屋の全奴隷の所有権を移し終えた。
後は暴動を起こし、主人を刺すだけだ。
「暴動? 俺達を、暴れさせるのか。」
若い男の奴隷が呟く。
寄り添っているのは妻と子だろう。
若い男はそれなりに立ち回れるだろうが、商人どもの手にかかれば妻も子もただでは済まない。
弄ばれた後、消耗品のように捨てられる。
まさか、6歳のガキがそんな大それたことを考えていようとは。思いもしなかったのだろう。
「私たちは戦いたくないわ。」
「無駄だ。第二奴隷魔法で強制される。」
「第二? なんだ、それは。」
不安が広がるのは早い。
ざわめく奴隷たちの気を静めてやる必要がある。
安心しろ。
奴隷魔法を使うつもりはない。
そして、誰かを犠牲にする気もさらさらない。
「でも、さっき暴動を起こすって。」
若い男がどもる。
いい質問だ。意思疎通に役立ててやろう。
暴動は起こすが、戦うつもりはない。
まず、若い男で集まって手当たり次第に火を放て、その間に女子供を逃がす。
これは無謀な徹底抗戦ではない、撤退戦だ。
奴隷たちの瞳に希望が宿る。
「でも、逃げるってどこに?」
「それに放火は重罪だぞ。」
聖堂教会へ逃げ込め。
お前らの主人はオレだ。
元々オレの奴隷だったが、拉致され、不正に監禁されていたと言い張れ。
放火は、第二魔法で強制されたとでも言っておけ。
罪はオレがかぶる。
「お前、何を言って。」
「嫌だというなら、強制するが?」
鏡の反射のように、言葉を返す。
余計なことを考える時間を与えるつもりはない。
ここでオレがカリスマ性を発揮しなければ、この集団は瓦解する。
6歳のガキの身体でどこまでやれるかわからんが、やるしかない。
ダルゴ、お前は暴動を起こす男達の指揮を取れ。
騒ぎを起こしたら、無理せずに離脱しろ。
アイトラ、お前は逃亡部隊だ。
その首飾りの彫り、聖教徒だな? 教会で庇護を請え。
神はお前を見捨てないだろう。
トリキネス、お前は抜け目がないな。
オレが行動する度に批判的な態度を取る。
そんなに賢いなら、お前達を奴隷にしたクズ主人の名前も知ってるんじゃないか?
「し、知ってたら。何だって言うんだ。」
人垣の影でオレを伺っていたトリキネスに視線が集まる。
時間がないのだよ。トリキネス。
知っているなら教えてくれないか? 拷問呪文を使いたくないんだ。
6歳の少年の声が蝋燭の火を揺らめかす。
奴隷達の影が、トリキネスを囲んでいた。
得体の知れない何かを感じ取ったのだろう。
トリキネスはすぐさま観念した。
「主人の名は……バルジウスだ。」
はっ。
奇しくも、オレの第四奴隷魔法の流出先ではないか。
どのみち潰すつもりだったんだ。ちょうどいい。
ありがとう、トリキネス。
君は賢明だな。
お前は陽動部隊とは別に動け。
暴動の影で被害を拡大させろ。
「ぐ、具体的には?」
マッチ箱を置いて行くから、適当に燃やせ。
あるだろ。藁とか。
多くの奴隷を運ぶには馬がいる。
馬がいるなら、藁があり。藁があるなら、燃やせば燃える。
もし、馬がいなくとも問題はない。
この世界の主な燃料は薪だし、火付けの為に藁も近くに置いているはずだ。
そして、薪割りや馬の世話は奴隷の仕事で、どこに藁があるかを忘れるようでは仕事にならない。
つまり。
奴隷は放火にもってこいだ。
「不明点はないか? ないようならすぐに実行する。」
誰もが静まりかえった。
声を出してはいけない空気の中、少女が手をあげた。
「あの、あなたはどうするんですか?」
「できれば、一緒に、来てほしい、です。」
なるほど、不安なのだろう。
10歳の少女が6歳のオレを頼ろうとしている。
子供は賢いな。
周囲の大人よりオレの方が有能だと、ちゃんと見抜いている。
「オレは単独でバルジウスを討つ。」
「だから一緒には行けない。」
奴隷達が意外そうな顔をする。
え、何故だ?
普通、嫌な奴がいたら破滅させるだろ?
待て、落ち着け。
ここで邪悪なことを言うのは危険だ。
せっかく芽生えた結束が崩壊しかねない。
奴隷達が共感できる言葉を使うべきだ。
「だって、お前らバルジウスを許せるのか?」
「家族を、友を奴隷にされて。自分だって奴隷にされて。売り飛ばされるんだぞ。何をさせられるかもわからない。」
オレの声に痩身の男が呟く。
「そうだ。許せない。俺の友は売り飛ばされた。店先で家畜みたいに扱われて。」
「私は子供を売られた。」
「俺は妻を。」
傷いた奴隷たちの傍らに、家族が身を寄せ合っていた。
まだ誰も売られていないのだろう。
けして失うものかと、固く抱きしめあっている。
「お前達は奴隷だ。だが、それでも幸せになることだってできるはずだ!」
「それもこれも、主人がクズなのがいかんのだ! まともな待遇を与えれば、奴隷だって懸命に働くというのに!! ああ、おのれ!! 許さん!!」
突如として激高したオレに、奴隷達が呼応する。
「そうだ。俺達だって。幸せになれるんだ。」
「逃げるぞ、ここから逃げるぞ。」
「黒炭だ。これで床に地図を描く。火の回りを考えると。風がこっちから吹くから。」
「となると、こっちに長く居ると巻き込まれるな。情報を共有しよう。」
いい傾向だ。
どれだけ奴隷魔法で強制しても、ここまでのパフォーマンスは出るまい。
ククク。
待っていろ、バルジウス!
お前のすべてを奪ってやるぞ!!
 




