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アーカード3

 初めて足を運んだ裏市は、盛況を極めていた。

 中でも目を引くのは奴隷商人だ。


 店先に奴隷を立たせ、客に触らせている。

 女だろうが、男だろうが、お構いなしだった。


 店先に立つ奴隷はまだ幸せかもしれない。

 少なくとも、立っている間は安全だ。


 こうして歩いているだけで、泣きわめく奴隷に拷問呪文がかけられ、下卑た笑いが交わされる。買われればこうなるし、売れなくても夜になればこうなるのだろう。


 この世界には奴隷に人権はない。

 というか、人権という概念がない。


 オレが生きていた世界でも、近代以前には差別される者が大勢いた。

 時にはどうでもいい理由で被差別階級へ落とされ、あらゆる不条理を押しつけられたと聞く。


 おそらくは、日本に限定した話ではない。

 あらゆる地域、あらゆる土地に根ざしていたのだろう。


 子供ですら誰に教わることもなくいじめを行うのだから、人はそうした生き物なのかもしれない。


 奴隷魔法が広まる訳だ。


「安いよー! たったの30万セルスだ! まだガキだが、働き者だよ!」


「高えよ、バカ。」

「見ろよガリガリじゃないか、震えてるし、今にも死にそうだ。」


「しょうがねえな。大負けに負けて、25万セルスでいいよ! もういらないんでね!」


 人間の命が、たかだか25万セルスで売られている。

 成人男性の月収くらいだ。

 

 おかしい。

 以前は250万程度の価値があったと聞いていたが、価格が暴落している。


 一体何があった。


「なあ、坊や。こっちへおいで。」


 ふと振り返ると、朽ちた土壁を利用してたき火を焚く男たちが、オレを手招きしていた。笑いながら、何か話し合っている。


「おい、やめとけ。かわいそうじゃないか。」

「ふっはは。ははは。そうかい? ははは。」


 男たちが大きく笑うと、背筋に寒気。


 いきなり誰かに飛びかかられ、組み伏せられた。

 抵抗しようにも、6歳の手足は短すぎる。


「ダルゴ、襲うのうまくなったんじゃないか?」


 オレに飛びかかってきたのはダルゴと呼ばれた青年だった。

 額にはオレが広めた茨の奴隷刻印がある。


「まぁ、そうですね。」

 

 感情を込めずにダルゴが返す。


 完全に理解した。

 こいつら、奴隷を使って人さらいをしている。


 裏市の治安は最悪だと聞いていたが、昼間に出歩くだけで拉致されるとは……。


 いや、拉致される可能性も考えてはいた。考えてはいたが。


「このクズども……。」


 オレは周囲を睨む。

 店先で奴隷を売る商人、値下げを要求していた客、首輪を引かれる奴隷が、含み笑いを浮かべていた。


 こいつら、目の前で拉致されているというのに……!


 周囲の良心を利用して、うまく立ち回ろうと思っていたが、完全に計算外だった。

 

 淀んだ空気は重く歪み、喧噪がうるさい。


「あー、うちはもう引き取ってないんだよ。自分で殺して埋めな。」

「奴隷を2人一緒に買うなら、3割引きにするよ!」

「もっとこう、なんかないのかね。歌が歌えるとか。」


 そうか、そういうことか。

 オレの血の気が引いていく。


 第三奴隷魔法が流出し、民間に定着したのだ。


 第三魔法による奴隷化は対魔力や精神力で防げるが、痛めつけて弱らせたり、精神の隙を突くことで、強制的に奴隷にできる。


 誰にもやり方は教えていないが、オレが奴隷刻印を施すところならいくらでも見られている。


 おそらく一定以上の魔法使いならば、見よう見まねでできることなのだろう。

 

 商売において、業態や価格をコピーされるのは日常茶飯事だが、魔法でも同じ事が起こるとは……。



 道理で奴隷の価値が暴落するわけだ。

 

 帝都の人間たちは、適当に人をさらってきては、片端から奴隷にして売っているのだ。


 物の価値には法則があり。

 原則として、どんなものでも数が余れば売れなくなり、値段が下がる。


 商品である以上、奴隷も同じだ。


 立たされている奴隷は人間だけではない、ドワーフにエルフ、グラスフットに獣人までいる。


 帝都では余り見ない人種だから、おそらく外で狩って来たのだろう。


 あそこでまとめ売りされているエルフなど、どう見ても家族だ。

 衣服が焦げている所を見るに、村に火を放ち、乱獲したのかもしれない。


 裕福そうな服を着た男が、奴隷商人に話しかける。


「いやー、よく捕まえましたな。」

「なぁに。奴隷に村を焼かせただけさ。こっちは第二魔法で命令するだけだから、楽なもんだよ。いくらか死んだが、必要経費だな。」


「あんたんとこの奴隷って、エルフだろ? お前、エルフにエルフの村を焼かせたのか?」

「そうだが、何だ? 俺、また何かしちゃいました?」

 

 だっはっは。と、男たちは大笑い。

 それに釣られたのか、俺を拉致するよう命じたクズどもも腹を抱えて笑っている。


 自分の商売がここまで影響を及ぼすとは思わなかった。

 これが罪だというなら、こんなもの償いようもない。

 

 奴隷のダルゴがオレを掴む手を緩めた。

 

「逃げろ。」

「お前、まだ刻印がない。まだ助かる。」


 意味がわからない。


 ダルゴ、お前。

 オレを逃がしたら拷問されるだろうに。


「俺の子供も拷問されて死んだ。」

「お前は、助かってくれ。」


 なんだ、この奴隷。


 なぜ保身に走らない?

 なぜそんな選択ができる?


 奴隷として虐げられていながら、その器の大きさは何だ。

 お前が、お前が主人になるべきだろ。


「……恩に着る。」


 ダルゴはにこっと笑うと、大げさに倒れた。

 殴られたフリだ。


 オレはすぐさま走り出す。

 後ろが気になるが振り向いている暇はない。


 ダルゴの悲鳴が聞こえたが、振り向かない。

 

 走って走って。

 走って走って走って、裏市を抜けた。


 住み慣れた家へ戻ると、オレに拷問された両親の死体が苦悶の表情を浮かべていた。

 

 この世を地獄に変えたのは両親だと思っていたが、実際は違った。

 既に帝都は地獄と化していた。


 認めよう、原因はオレだ。

 謎は全て解けて犯人はオレだが、どうすることもできない。


 考えてみれば、できることはあった。


 5歳でいきなり商売など始めずに、学校に通い、魔法知識を得ていれば魔法をコピーされる危険に気づけたはずだ。


 20代前半で取締役となったオレなら余裕だと、タカをくくったのが間違いだった。


 オレがこんな危険な商売を始めなければ、両親がこんな死に方をすることもなかった。持ち前の実直さで、慎ましく幸せになれただろう。


 激痛にもがいた死体が「呪ってやる」と呟く。

 

「呪ってやる。」「呪ってやるぞ。」


 何度となく聞いた幻聴だ。

 生前、邪魔な社員を破滅させた時にもよく聞えた。


 だが、実害はない。

 小鳥のさえずりのようなものだ。


 若干心を蝕むが、どうということはない。

 余裕だ。何も問題は無い。

 

 そんなことを呟いて、どうにか心を保つ。


 叶うなら、オレが奴隷魔法を広める前に戻りたかったが。

 時計の針を戻すことなど、誰にもできなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 地獄の二丁目だ。
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