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ベルッティ5


 児童売春を繰り返し、何人もの幼女に地獄を見せたゼゲルの過去は意外なものだった。


 何せ、出生からして意外だ。


 ゼゲルはムンミウス家の嫡男として生まれた。

 ムンミウス家と言えば代々皇帝に仕えた家柄で、かつては軍事の大権を握っていた。


 しかし、ゼゲルは怖がりで争いを好まず。剣術の訓練にすら臆すような、悪く言えば臆病な、よく言えば優しい少年だったらしい。


 その面倒を見ていたのがこの老いぼれ奴隷、バルメロイだ。


 ちなみに両親はというと、ゼゲルが生まれてすぐ「こいつはダメだ」と思ったのか、数年も経たぬうちに第二子を出産した。賢明な判断と言えるだろう。


 弟はみるみるうちに成長し、あっという間にゼゲルを追い抜いていく。


 元々、何の期待もされていなかったからだろうか、ゼゲルはそれに憤慨するでもなく、ただ酒を飲んで暮らしていたそうだ。


 だが、そこに転機がやってくる。


 それは街のとある酒場での出来事だった。

 時間と金だけはいくらでもあるゼゲルがいつものように飲み歩いていると、女給仕に酒の注文を拒否されたのだ。


「は? お前どう見てもガキだろうが! 昼間っから飲んでんじゃねえ! 働け!!」


 そんなことを言われたのは人生で初めてだった。

 誰にも期待されないゴミムシとはいえ、ムンミウス家の長男に罵声を浴びせることができる者などいなかったのだ。


「いや、俺はもう20で。」

「にじゅぅ? いやあ、20でねえ。毎日飲み歩いて。はぁ、いいご身分だねえ。死ね!! あと、金は置いていきな!!」


 ゼゲルは童顔だったが当時20を過ぎていて、帝国法上酒が飲める年齢だ。

 それにも関わらずガキと判断されたのは、ゼゲルが人間的に一切成熟していなかったからだろう。


 ゼゲルは思った。


 女給仕も同じ歳くらいだというのに、この差は何だ。

 なぜそんなにも堂々と、胸を張って生きられる?


 自分よりずっと生まれはよくないはずだ。

 なのに、この女給仕は輝くような自信がある。


 それはゼゲルにはないものだった。


 そう、ゼゲルは恋に落ちたのだ。

 

「いくらだ。」

「いや、適当でいいんだよ。そんなのは、まだ何も出してねえし。迷惑料だよ。」


 心底迷惑そうに、女給仕が言う。

 しかし、その言葉の奥には「少し言い過ぎたかな」くらいの申し訳なさがあった。


 つまり、若干の脈があったのである。


 だというのに、ゼゲルはその脈を粉砕した。


「違う。()()()()()()?」

()()()()()()()()()?」


「はぁ!?」


 驚くなかれ、ゼゲルは初恋の相手を金で買おうとしたのである。

 ゼゲルがボコボコにされ、店の外に放り出されたのは言うまでも無い。


 しかし、ゼゲルは諦めなかった。

 諦観ていかんそのものだったゼゲルの人生が、初恋によって一変したのだ。


 ゼゲルの心に情熱の火が灯った。


 その情熱が、毎日のように店へやってきて、金を見せびらかし、権力をちらつかせてくるといったものでなければ、少しは綺麗な恋物語に見えただろう。


 だが、ゼゲルはゼゲルだった。


 女給仕からすれば、迷惑以外の何物でも無い。


 その上、その情熱はゼゲルの人生すら危うくした。


 由緒ある家柄の長男がどこの馬の骨ともわからぬ女給仕と結ばれるなど、とても許されないことだ。


 ゼゲルの人格に価値がなくとも、その血には価値があるのだ。

 これ以上の醜聞を世に広め、血を貶めない為にも、屋敷に閉じ込め、何もさせずに飼い殺しにするべきだった。


 勝手によそで女をつくり、子孫など増やされてはたまらない。

 相続権が発生し、ゆくゆくは財産が分配されてしまうだろう。


 到底許されることでは無かった。



 ゼゲルの両親はゼゲルを棒で打って怒鳴りつけた。

 地下牢を用意し、永遠にそこに閉じ込めると言った。


 弟は助けなかった。

 楽しそうに蔑みの言葉を投げて、愚かな兄を嘲笑った。


 バルメロイはゼゲルをかばったが、奴隷の身分でできることなど、たかが知れている。


 こっそり牢の鍵を開け、女給仕に別れの言葉を伝える時間を稼ぐのが精一杯だった。


「坊ちゃん、ちゃんと朝までには戻ってくるのですぞ。でないとこのバルメロイの首はお父様に刎ねられてしまいますので」


「うん、ありがとう。バルメロイ。俺はちゃんと戻ってくるよ。約束だ。」


 永遠の闇に閉ざされる前に、せめてその恋に結末を。

 そう願ったバルメロイの優しさは、いとも容易く裏切られることになる。


 ゼゲルは女給仕と共に失踪したのである。


 逃亡の手助けをした罪として、バルメロイは処刑されることとなった。


「いやあ、あの時ばかりは坊ちゃんを恨みましたよ。『あのクソゼゲル。次会ったらただじゃおかねえからな! ダボが!! 優しくしたらつけあがりやがって!!』と繰り返していました。」


 時が過ぎ。老人となったバルメロイは笑っているが、笑い事ではない。


 クズは治療不可能な病であり、見かけ次第早めに殺しておくべきなのかもしれない。


「しかし、面白いものです。その後になって、うっかり再会することになるわけですから。あの反逆者ルナの下で。」


 処刑されそうになったバルメロイは逃亡し、ルナが率いる反乱軍の一員になったのだろう。そして、ゼゲルと女給仕もそこにいた。


 ようやく話が見えてきた。

 この話、ろくでもない結末になるな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] うわぁ……、救いがないwww
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