表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/90

ベルッティ3

 明らかにベルッティは崩落に気づいていた。

 気づいていながら、何も言わずに、外に出た。


 ルーニーには意味がわからなかった。

 ただ「ここは危険だ。早くここから出よう。」そう言えばいいだけなのに、ベルッティはそうしなかった。


 その結果、取材していた男は家の下敷きになった。


 考えている暇はない。早く助けなければ。


 そう思って走りだそうとした矢先に腕を掴まれた。


「ベルッティ!? 何で邪魔するんだ。」


「お前こそ邪魔するな、おれたちの仕事は何だ。まだ何の情報も掴んでないじゃないか。」


 目の前で人が死にそうになっているというのに、ベルッティは気にも止めない。

 さっきまで一緒に会話をしていた人が、死ぬんだぞ。


 それにベルッティが男の話に目を輝かせていたことだって、ルーニーにはわかっていた。

 

 なぜそんなに簡単に見捨てられるんだ。

 

「そんな目でおれを見るな。今回は、おれが正しい。」


 ようやく言いたいことがわかってきた。


 考えてみれば、いきなりやってきた子供の奴隷が「この家は崩れる、早くここから出て」と言ったところで相手にされるわけがない。問答を重ねている間に全員死ぬだけだ。


 ベルッティはグラスフットと呼ばれる種族だ。

 聴力などの五感に優れる為、冒険者になったグラスフットの多くは罠の解錠役を任される。


 男をひと目見ただけで素性を見抜いた時もそうだったが、ベルッティの直感は鋭く、こと生存することにおいては、そうそう外れることがない。


 すべての問題が目に見えるとは限らない。

 ルーニーがどれだけ正しく生きたところで、ここまで鮮やかに罠を回避できはしないだろう。


 直感もそうだが、大切な物を瞬時に見捨てる覚悟がルーニーにはないのだ。


 ぼくも、もっと簡単に人を見捨てることができるようになればいいのか?

 本当にそれでいいのだろうか?


 確かにアーカードも息をするように人を見捨てる。

 その上、何事もなかったかのように正しいことを言ってみせる。


 そうすることで、利益が上がるのはわかる。


 なら、ベルッティも、ベルッティの言葉も正しいのだろう。


「おい、何をしている。置いていくぞ。」


 ベルッティがいらだっている。

 道行く人々は崩落した家に驚きはするが、誰も助けようとしない。


 そうだ、皆。

 仕事があるのだ。


 やるべきことはいくらでもあり。

 見知らぬ誰かを助けたところで、1セレスにもならないと知っているのだ。


 冷たい。

 とても冷たい世界だ。


 この世界で正しくあり続けることは、一体どれだけ難しいのだろう。

 途方もないことだった。


「待て、ベルッティ。助けた方が金になる。」


 ルーニーはまるで悪巧みをするかのように囁いた。


 だが、その内心は違った。

 悪巧みなど思いついてもいなかった。


 ルーニーは思う。


 ここでベルッティを説得するしかない。

 こういう事はこの先、いくらでもある。


 ぼくはそのほとんどを何もできずに終えるだろう。

 だからって、最初から諦めるなんて嫌だ。


 最初の一歩をここで掴んでやる。


「金? なぜ金になる。」


 ベルッティが食いついてきた。

 咄嗟に頭を回転させる。


 影の王と呼ばれたアーカードの姿が脳裏をよぎった。

 もしかしたら、彼もぼくと同じなのかもしれない。


「新聞に、記事にするんだよ。」

「ぼくたちがこの崩落の第一発見者だ。このニュースは売れる。」


 ルーニーが続ける。


「走って、駆け寄って、必死に助けようとする子供の姿は、感動を呼ぶ。ああ、なんて健気なんだと思われる。その感動は金になる。」


 足りない、足りない。

 まだ足りない。


 ベルッティを動かすには言葉が足りない。


「それに。」


 ルーニーの胸を、正しさがちくりと刺した。

 だが、言わなければならない。


 人間らしくある為に、人間性を捨てる必要があった。


「それに、別にあの男が助からなくてもいいんだよ。必死で健気なぼくらが噂になればいいんだから。」


「むしろ、死んでいてくれた方がいい。その方が新聞は売れるよ。」


 ベルッティが一瞬で納得した。

 警戒心すら薄まっている。


「なるほど、考えたな。」

「見つかるかわからないゼゲルの過去より、目の前の金か。」


 そういうことだ。


 さぁ、行こう。

 落ちている金を拾いに行こう。


 ルーニーとベルッティは崩れた家へと駆け出す。

 瓦礫をかき分けながら、必死に生存者を探す。


 ルーニーが「なぜ誰も助けないのか!」と正義を叫び、ベルッティが「せっかく彼は自由になったのに、神様これじゃあんまりです!」と泣く。


 一体何事かと集まった人が人垣を作ると、その中でも勇気ある者たちが「子供が必死になってんのに大人の俺が黙っていてたまるか」と走り出す。


 熱気は伝染し、人々に広がっていく。


 もはや、自由民も奴隷も関係なかった。

 とにかく力があり、正義に燃える者達があちこちからやってきて、瓦礫をよけた。


 騒ぎを聞きつけた聖堂騎士団が人垣を整理し、怪我人を教会へ運んでいく。


 後からやってきたリズは「うむ、完全に正義だ」と鼻息を荒くしていた。


 最後まで瓦礫と戦っていたルーニーとベルッティは息も絶え絶えになって、座り込む。これから帝都を走り回るなんて無理だ。家に帰るのがやっとだろう。


「な、なんか。わけわかんねえことになったな。」

「ああ、でも。よかった。きっとこれで。」


 これで、なんだろう。

 なんなんだろうな。これは。


 ルーニーはその日、何かを失い。

 代わりに別の何かを守り通したのだ。



「ベルッティ。帰りに一緒に風呂でも入ろう。もうぼくは疲れたよ。」

「なっ、おま……何言って。」


「何って、別にいいだろ。男同士なんだし。」


 何も気づかぬルーニーにベルッティが顔を赤らめる。

 どうやらルーニーはベルッティが女だと気づいていないらしい。


「知るか、ばーか。」


 この高層住宅倒壊事件の噂は瞬く間に広がり。

 新聞は飛ぶように売れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ルーニーの悔しい気持ちも、ベルッティの悔しい気持ちもよく分かる。自分が持ってないものを身近な人が持ってると悔しいもんね 本当は人にはそれぞれ短所長所があって、長所を伸ばすことに専念するのが…
[良い点] 更新ありがとうございます。 ルーニーが一皮剥けた!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ