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荒校生と風渦の眼  作者: 九鱗 集
9/12

悪天候の兆し

戦は苦悩していた。あの不可解な状態に陥ってからというもの、交流に計画が始まったころの戦が帰ってきていた。消極的になった自分を正すために雑務に没頭する。修行僧のような心頭滅却の集中力には至れなかったが、周囲の音も、やがて光もいなくなる。誰にもなにも打ち明けることなく、ただ足りないものを埋めるように、一心不乱に。


幼少期、兄の後ろをついて回り、人助けをする様子を見ることが日常だった。


「昇、この前はありがとう」

「あれくらいどうってことないよ」


「昇、頼む力を貸してくれ」

「もちろんだ。何をすればいい?」


昇はいつも誰かの助けになっていて、大勢の人間に信頼されていた。昇にとって落とし物を届けたり、捨て犬を保健所に連れていき新たな飼い主を探したり、お年寄りの荷物を運んでやったり、そんなことは挨拶をすることと何ら変わらない。戦はそんな昇の姿を見て誇らしかったし、尊敬もしていた。しかし、年齢を重ねていくと気に入らない部分も見えてくるようになった。


「戦、週末生徒会の助っ人にいくんだけど、一緒にこないか?」

「俺はいい。兄貴だけでやればいいじゃんか」

自分や他人を巻き込もうとしてくることが気に入らなかった。


「ただいま。お礼のお土産貰ってきたんだけど、戦も食べよう」

「それは兄貴へのものだろ。俺はいらないし、関係ない」

いろんな人から感謝されて、信頼されているのも気に入らなかった。


「最近どうだ、友達できたか?」

「......いや、別に。そんな感じじゃなかったし」

「話してみればいいのに。もったいないぞ」

「いいんだよ、俺は......」

自分の影響がこちらに波及していることに気づかないことも気に入らなかった。


「今回の件はギリギリだったよ。手伝ってくれて助かった」

「なんでこんなめんどくさいことできるんだよ。大して得なんかないじゃん......」

「誰かの力になれるだけでも、いい気分だろう」

涼しい顔して依頼をこなし、嬉々として困難に立ち向かう強さも。


「ありがとう、夏門くん。お兄さんもそうだったけど、ホントにできた人だよ」

「はい......」

その兄がいたせいで自分も聖人なのだと勘違いされたことも。


そして何よりも。

「夏門くん!ホントにありがとう。この恩はいつか返すからね」

「ああ。なんとかなってよかったよ。こいつ戦っていって俺の弟なんだけど、俺の手伝いしてくれてたんだ」

「そうだったんだ。弟君もありがとうね」

「あ、はい......」


自分にないものを溢れるほど持っていたことも。


そして戦は昇を台風の目と揶揄するようになった。突然現れては大雨と強風をもたらし、必ず爪痕を残す。雨水だか汗だかでぐっしょり濡れて冷えて震えても、崩れた山の代わりに、倒壊した建造物や飛ばされてきた資源ゴミで山ができても、雨風は顔色ひとつ変えない。雨と泥水が混在した異臭と急上昇する気温に息ができなくなる。目の前に見知った女性が倒れている。今度は息が止まらなくなる。そして怪物のような風の塊に全身を持っていかれた。


身体が床にたたきつけられ覚醒した戦は自分が夢に囚われていたことに気づいた。外はまだ曇りだった。


頭がどこかふらついたまま数日が過ぎた。家では兄の無自覚武勇伝に付き合わされた。戦は昇に自慢のつもりはないのは知っていたが、当時の様子をそのまま伝えると結局昇の苦労自慢や活躍で構成されていると思わざるをえなかった。いつものことだ、と諦観した戦は当たり障りのない感想を述べてさっさと部屋へ。あとは両親に任せることにする。

「ああ、ちょっと待って戦」

戦は珍しく昇に引き留められたので、聞いてやることにした。

「今日、下校の直前に紅井さんにお前の話をされたよ。まさか戦が年上の知り合いを作ってたなんて思わなくて驚いたよ」

「へえ......そうなんだ」

戦は一度も自分の学校生活を昇に話したことはなかったため、紅井の話題がでるとは全く思っていなかった。不具合も相まってあまりに簡素な返答しかできない。

「なんだよ、淡泊だな。とにかく紅井さん心配してたよ。何かあったのか?俺でよければ......」

「何もないよ」

戦は食い気味に話を終了させる。無自覚に体が力を入れなおして返事をしていた。お断りされてしまった昇は小さく息を吐いて話を広げた。

「それとさ、お前のクラスに梅咲さんっているだろ?」

「ああ、梅咲さん?梅咲さんがどうかしたの?」

戦はなぜ彼女の話を?と純粋な疑問を抱いた。何処からともなくやってきた妖しいそよ風に身が小さく震えた。

「彼女の友達の紹介で聞いたんだけど、彼女はどうも最近自分の生き方について悩んでいるみたいなんだ」

戦はまたも震えた。初耳、寝耳に水。確かに直接会話したことなんて最近になってようやくのことだったが、悩んでいる様子に微塵も気が付けなかった自分を(なじ)った。背筋に夢で感じたような風が通ったと錯覚し、身が凍る。

「......へえ、それで?」

「俺やみんなで少しでも解決に導いてあげたいなって思ってさ。クラスメイトのことだし、戦も協力してくれるだろ?」

「ああ、うん......」

「よかった。また断られると思ったけど、やっぱり戦は優しいな」

戦は昇の話を理性的に聞けていたか自信がなかった。急に自分の耳なのか脳みそなのかわからないが鈍くどよめいた。口腔の水は汗へと伝播し、心臓が弱弱しく爆ぜた。さっきまで心地よく泳いでいたところを突然金槌にされた気分だった。気味が悪くなった戦はすぐに部屋へ戻り床に就こうとしたが眠気など撲殺された。恐怖がどくどくと吹き出していた。そうしていつの間にか意識は冷たくなった。

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