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荒校生と風渦の眼  作者: 九鱗 集
7/12

新鮮な昼食

六月下旬に差し掛かった。梅雨前線の影響で例年のように雨や曇りが続いている。今日も天気は不安定で、今は太陽が見えるが折り畳み傘を手放せそうにはない。本日の課題は特になかったが、催しものや準備の手伝いにすっかり馴染んでしまった戦は過ごし方に悩んでいた。残って漂う湿気が不快だが、それに加えて手持無沙汰な気持ちで過ごすことの方が不快である。

「ねえ、夏門!今日は珍しく暇そうだね」

「なんか机でひっそりしてるお前久々にみたわ」

すっかり話さなくなっていた乾と山崎に絡んでくる。元々一方的な関係ではあったが、奉仕活動への参加が遭遇率をより極端に下げていた。久しぶりに退屈を味わっていた戦は会話を試みることもやぶさかではなかったので、以前よりも明るい顔色で返答した。

「そういえば久しぶりだね。今日はたまたま安東先生に捕まらなくてさ」

「ああ、あっちはあっちでなんだか忙しそうだよね。それはそうと今日暇ならお昼一緒しない?」

「いいじゃん。なんだかんだやったことなかったよな」

「あ、ああ。うん、いいよ」

二人は戦からのまさかの返事に少し面を喰らっていたようだが、すぐに笑顔に変わった。そうと決まれば、と活き活きと着々と昼食の準備を始める乾と山崎。若者たちの活力に気おされ苦笑いしながら戦は二人についていく。二人に連れられ先日手入れをしたばかりの思い出深い中庭へ。戦はこんな簡単なことで喜んでもらえるものなのか、と拍子抜けというか、手ごたえのなさにたどたどしくなってしまう。

「あ、そうだ。ねえねえ梅咲さんも一緒にどう?」

乾が梅咲のことも誘っていた。戦は他人の交友関係に興味が無かったため、まさかこの二人が昼食を共にする仲だとは思っていなかった。梅咲は微笑みながら戦たちの元に歩いてくる。

「せっかくお誘いしてもらったし、行こうかな。初めて一緒だね、夏門くん」

「あ、うん。よろしく」

戦は慣れない大人数での昼食に身構えつつ軽く会釈する。だが同時になぜ自分がこんなに動揺しているのかわからなかった。


場所は移り変わって中庭のベンチ。そこでは生徒たちは自由に座って過ごすことができ、昼食をとる生徒も少なくない。景色も空気も学校内では随一なので大人数のグループやカップルの姿も見える。まさか自分も彼らと同じような華やかなランチタイムを経験するとは考えたこともなかった戦は改めて自身の心境の変化に不思議さを覚えた。広めのベンチに到着した一行は各々の昼食を取り出す。個性が垣間見える昼食たちだが、食に対する意識がさほどない戦にとってはなにも会話の材料にならない情報だった。

「ねえねえ、最近なにやってたのか聞かせてよ」

「あ、俺も気になってたんだよ」

乾と山崎が戦の近況について触れてきた。以前の戦であればテキトーな虚構談義を続けた後、軽く流して誤魔化すというひどい会話をしていただろう。しかし、今も戦は何の疑問もなく自分のやってきたことを青春補整計画の話を除いてほとんど話してしまっていた。

「奉仕委員に、清掃活動に、生徒会の手伝い、そして先生の雑用ってなんだか......」

「素行不良に対する罰みたいだな」

「うるさいな。自分でもそう思ってるよ」

彼らの中に笑いが起こる。戦はなぞの高揚感にくすぐったさを感じていた。

「それ以外にも、清掃活動以来私の仕事を手伝ったりしてくれたよね。あれもお願いされてたの?」

「あれは違うよ。ただ手伝いたいって思っただけ。あのとき言ってたでしょう?その、そういう心がいい、みたいな。他の活動でちょっと自信がついたから、ちょっとなら力になれるかなって」

あの日、戦は梅咲と一緒に清掃活動を終え、親交がやや深まったのだ。互いに認め合い、労い合い、そしてそのあとから普通に会話できるようになっていた。その中で、梅咲の学級委員の仕事を自然と手伝うようにもなったのだ。戦は激動の人間関係と自身の変化に驚きつつも受け入れ始めていた。

「へえ。なあ、人助けするの好きなのか?」

「......兄みたいなやつとは全然違うよ。俺のやつはまあ、自主性は低めだし。気分でやっているだけだし」

「なんでもいいんだよ。いいことしてるんだから、そんだけでも立派じゃーん」

「そうだな」

乾も山崎も戦の最近の行いを肯定していた。戦はわずかな心のもどかしさといままで足蹴にしていたことへの反省を感じていた。そこへ梅咲が重ねてくる。

「本当に助かってる。感謝しているよ。あのとき感じてた目の奥の優しさが本物なんだってわかって嬉しかった」

戦は予想外の賛辞と“目の奥の優しさ”というフレーズに気を取られた。戦は胸の奥から沸き立つ何かと珍しく浮遊感のある思考回路が妙に心地よさを覚えていた。今度は逃げないですんだ。

「こっちこそ、そういってもらえてよかったよ」

「これからもよろしくね」

「俺たちも何かあったら頼んでもいいか?俺たちも手助けするし」

「そうだよ、わたしたちもう友達だしね」

戦は芽生えたての仲間意識や社会的思慮をじっくり噛み締めていた。以前までの彼ではすぐに疑り、拒絶していたであろう不安定な関係だったが、今の彼はそのことをあまり気に留めていなかった。

「そうだ、これ紅井先輩に渡しておいてよ」

梅咲が戦に渡したのは小さな袋。かわいらしいでも控え目な赤いリボンで装飾されているが、持ってみると軽い。

「クッキーを焼いたの。紅井先輩にも何度か助けてもらったからそのお礼にって」

もちろん紅井も計画の一環戦とともに何度も出向いていた。梅咲とも多少話していたらしかったので、戦は納得した。意味に気づいた途端少しだけ袋が重くなったようにも錯覚した。

「紅井先輩って?」

「そっか、二人は知らないのか。三年の紅井先輩は安東先生の頼みを受けて夏門くんと一緒にいろんなところでお手伝いしてるの。なんか奉仕部よりも奉仕してるよね」

「夏門、お前とはどんな関係なの?」

そう聞かれると何と答えるべきか悩んだ戦だった。計画のことを話さずにいうと梅咲以上の説明はできないだろう。なにより、戦にとっての紅井が何者なのかはっきりしていない。一か月ほどとはいえ行く先々で仕事を共にしてきたにもかかわらず、仲間らしいことなどしていないことにいまさら気づいた。加えて先日の逼迫した紅井の様子を思いだし、思考が鈍る。

「なんていったらいいんだろう。安東傘下の同僚?みたいな?」

「安東傘下とかつよそー」

「怒るとめっちゃ怖えーもんな」

「あはは」

戦は楽しかった空気の隙間に先日の思考の螺旋が残留していることに気づいたが、現在の楽しさを優先した。

雲の色が徐々に暗みを露わにし始めていた。風はやや涼しい。


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