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荒校生と風渦の眼  作者: 九鱗 集
4/12

初奉仕

あの第三資料室に行って、青春補整計画の荒校生にされてしまってから一週間と少し経っていた。あの後、戦と紅井には奉仕委員会の事務作業の手伝いを任された。名前からしていかにも更生にぴったりなこの委員会で戦は夏休みの地域交流イベントのパンフレット作りを手伝っていた。光天高校の奉仕委員の活動といったら、募金活動の推進と生徒と地域の交流の活性化がおもなものだ。昇が知り合い伝手で参加していることを知っていた戦だったが、話を聞いただけで絶対に参加したくない行事が目白押しだった。

「わざわざ手伝ってくれてありがとうね」

「いや、これも我々安東傘下の生徒の仕事だよ。気にしないでくれたまえ」

紅井も資料整頓に手を貸している。あくまで計画自体は大っぴらにはせず、安東の指示のもとで招集された人員という体でやっている。戦としては不本意極まりないが、断れるほど強い理由もないので参加だけはしている。

「やっぱり、夏門君ってだけあって、人助けはお手の物だね」

「え、ああ、そうですかね、はは」

戦が一番反応に困るフレーズの一つ、夏門は兄弟で人に優しい。戦は昇のような人間ではないという自覚があるので否定したいのだが、強く否定したりすると話が発展し、深堀りされる恐れがあるので、愛想笑いでお茶を濁す。

「夏門が人助けの意味を孕んだ苗字とは、知らなかったな」

「ああ、いやそうじゃなくてさ。ほら、お兄さんの夏門昇っているでしょう?」

紅井が話を広げ始めた。戦は音を遮断し、黙々と奉仕に努める。だが、話が聞こえてこない代わりに、過去の昇の姿が脳裏に投影される。戦の集中力は完全に切れてしまった。

それから十数分、話が一段落着いたのか休憩時間に入ることになった。戦も青白く光る電子の文字盤から目を離し、冷たいお茶を喉へと流す。

「どうした、しかめっ面をして。流石に疲れたか」

「紅井先輩、兄の話は今後控えてもらってもいいですか?集中できなくなるんで」

紅井はきょとんとした顔をして戦を見る。

「君はお兄さんが嫌いなのかい?」

「嫌いとかはないんですけど、家で十分というか、学校に来てまで兄の話はもうたくさんというか」

本当に戦は別に昇のことが嫌いなわけではない。むしろ自身には持ち合わせない力を持った彼を称賛していた。だが、戦に来る昇についての話題はいつだって戦を巻き込んだものだった。

「ああ、そういう......。わかった。少なくとも私から話をするのは控えよう」

紅井は納得した様子で了承した。戦は少し安心して、ぐっと背伸びをした。

「まだ慣れないか」

「ええ、そりゃあたかだか一週間と数日では無理ですよ。でもまあ、六月が終わるころには普通になるんじゃないかと」

「何か要望や相談はないかね。この計画の根幹に抵触しない範囲で頼む」

「この計画の参加を辞退したいと......。まあ、ですよね」

戦は食い気味に辞退を懇願しようと試みたが、紅井は見越していたのか遮ってしまった。

「いいですよ、もう。別に手伝い自体が嫌なわけではないし、むしろ内申点上がるまであるし」

「拗ねるんじゃないよ。ほら、たくさんの奉仕委員に顔見知りができたし、誰かに貢献できて自尊心も満たせるし、なにより私に会えるじゃないか」

紅井がメリットらしいものを列挙した。

「前半はともかく、最後のは意味わかんないです」

「なんだい?女の子との交流も青春っぽいじゃないか。うれしくないかい?」

「前提として、人とあんまり関わりたくないんですが」

二人は互いに不満そうに見合う。

「私をそこらの女子と一緒にしてもらっては困るね。今この学校で一番君の頼りになる先輩だぞ」

「精神年齢以外は年下にしか思えないし、頼りがいは感じないです」

「ふん、減らず口を。容姿で全てを判断しようなどと愚かしい。君のようなぼさっとした雰囲気よりかはずっとましだ。もっと敬いたまえ、そして頼りたまえよ」

「はいはい、機会があったらそうします。てか先輩も俺の見た目ディスってるじゃないですか」

二人はまだ会って日が浅いにもかかわらず、なかなかに話し合える仲になっていた。

「話は戻しますけど、相談ですよね。そうだな、例えば人と関わるのって疲れるじゃないですか。でも話しかけてくるやつらがいて、ちょっと困ってるんですよね」

「いいじゃないか。わざわざ話しかけてくるということは多少は興味があるということじゃないか」

戦は首を振る。

「それはそうかもですけど、なんていうか陽キャよりの雰囲気に呑まれて、着いていくのに疲れちゃうっていうか。陰気質な俺にはちょっとね」

「君の場合だと、陰というより錆とか埃だろう。手入れ忘れの汚れと陰を一緒にするな」

戦は紅井の存外辛辣な一言に若干ショックを受けた。隅の方で固まっていたい戦の生き方には自然な評価かもしれない。

「部屋の奥で埃を被っていた錆び付きの代物なんて、アンティークというか古めかしい価値を感じていいじゃないですか」

「他人の腐った根性を収集することに生を見いだすやつなんぞいてたまるかと思うがね」

戦は自分のような人間を拾ってくれる物好きの存在を密かに、全く期待を込めずに祈った。

「明るいとか暗いとか、そんなものは表現方法や指針の差異でしかないと思っている。往々にして人々はその段差に躓き(つまづ)、他者の転倒を嗤い(わら)がちだが、そんなに気に止めるべきじゃない」

「俺のは誤差じゃ済まないから先生に捕まったのでは......?」

戦はそうは言ってもやはりこの区別はしかたないことなのでは、と改めて思った。

「まあ、私は気にしないということだ。気質や空気感に感性を委ねすぎなのだよ。少しくらい正直者になっても怒られたりしないさ。」

「結局加減をしたり見極めるのも疲れちゃうじゃないですか」

「疲れをただの倦怠感や脱力感だけで構成されていると考えているのがいけない。心の筋肉痛だと思えばよい。普段から動かしていれば耐性ができるし、超回復して補強もできる」

「あんまりムキムキなのは逆に人を選ぶらしいですよ」

「それを言ったら趣味趣向など個人に左右されるだろう。言い逃ればかりだな、君は」

戦はとにかく行動を拒否した。全身が心の芯がそう言っている。ある意味で戦は正直者で、でもやはり頑固な面倒くさがりだ。紅井はこの向かい風をどう乗りこなそうか手をあぐねていた。


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