紅い出会い
現れたのは高校生にしてはかなり小柄な女子生徒。戦は最初、同じ一年生かと思いそうになった。だが、よく見ると制服用のネクタイが赤色だ。ここ光天高校では学年を見分ける一番わかりやすい方法があり、それが入学時のネクタイ色だ。今年の場合だと一年は青、二年は緑、そして三年は赤。つまり最上級生だった。
「紹介しよう。彼女は三年二組の紅井あめ、君の青春補整計画委員でのバディであり、同じく荒校生だ」
「お初にお目にかかります。紅井あめといいます。私とあなたのより高次元な青春を再構築するためはせ参じました。お見知りおきを」
「あ、えっと、初めまして。一年三組の夏門戦です。でも、あの、バディってなんです?」
実に小難しい回りくどい言い回しの自己紹介と不穏なワードを受け、戦は動揺していた。
「先生?彼になにも伝えていないんですか?」
「君が来てから話そうと思っていたんだよ。あとあいつには遠慮はいらんぞ」
安東が再び話を始めた。
「まずこの青春補整計画だが、端的に言い換えれば、お前のような捻くれ者を少し変わった方法で矯正してやろうという計画だ」
「はい、すでに余計なお世話です」
「ではその方法とはなにか。それは学校行事に積極的に参加し、交流というか、学生時代特有の社会的経験をすることで、お前の学校生活に対する印象や態度を改めさせるというものだ」
「別に特別感ないし、俺完全に不良と扱い一緒じゃん」
戦は反省文を書く以上の更生プログラムに組み込まれてしまったんだと悟った。斜に構えていた自覚はあったが、なにもここまで矯正に力を入れられるほど深刻なものだとは微塵も思っていなかった。
「だが、いきなりやってこいなんて言われたお前が素直にやるとは思っていない。だからとりあえず夏休み前までで構わない。それに何を相談しても不満を吐露しても構わないお助け先輩を用意してやったわけだ。彼女もまた同じ活動を通して改まってもらう仲間だ」
「よろしく頼むよ、夏門後輩」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」
戦はこのあまりに雑な導入に納得がいかない。さらにこのままでは本当に巻き込まれてしまうという危機感が彼の抗議を加速させた。
「俺、そんなことしなきゃいけないくらいやばいやつなんですか?あと、紅井先輩はなんでそんなに受け入れ態勢バッチリなんです?それに学校行事に貢献しろだなんて、俺の個人的な時間も選択権も侵害されてるし。俺じゃなくても良さそうな内容なのに、明らかに俺個人への特例っぽいし。それこそ、人助けなんて兄貴にでも頼んだ方が早いですよ」
「そういうところさ、後輩君」
紅井は眼鏡越しの大きな瞳から繰り出されるどこか含みのある視線で戦の動きを止めた。
戦は飲み込まれてしまいそうな気分に陥り、言葉に詰まる。
「私は君を荒んだ拗らせ高校生から青春にきちんと向き合える高校生にしてやる使命を仕った。今の君を見てよくわかったよ、この時間の必要性がね。安心してくれ、私は一年の頃からずっとこれに似た計画に携わってきた。決して無駄な時間は過ごさせないと約束しよう」
「よくわかった、ですか......。てか、俺の判断には先輩の経験なんて関係ないですから、安心とかないです」
そんな自信ありげに言われても嫌なものは嫌だ、と思案する戦。戦はとにかくこの活動をする理由も有意義を見出せなかった。それに付随して、紅井あめという生徒の登場が戦の脳内をかき乱した。彼女が協力してくれる理由がわからないし、彼女がすでに自分をわかったかのような雰囲気を醸し出しているのが心穏やかではなかった。
少しの沈黙の後、安東が提案をした。
「確かにいきなりのことだったし、夏門が混乱するのも、まあ、わかる。見知らぬ先輩に何を言われようが、あんたに何がわかるんだで終わりそうだし。だから、本日の課題はお互いが何者なのかある程度把握すること。では、放課後ちゃんとこなしてから帰宅しろよ?」
それだけ告げると、安東はそそくさと部屋を出て行ってしまった。紅井から話を切り出した。
「堅苦しい自己紹介も疲れたろう。気楽に私の質問に答えてくれるだけでいいから、終わったらすぐに帰宅して構わないよ」
紅井は先ほどから一度たりとも目線を逸らすことはなかった。戦の瞳孔の奥、いやそのまた奥の脳裏まで見据えようとしているように見える。戦は顔を逸らすことこそしなかったが、紅井の視線の異質さに自分の視線はぶれていた。結局早く帰りたいという思いを優先させることにした。
「わかりました。そのかわり先輩も俺の質問に答えてください」
「いいだろう。では、一つめ。どうして君は人に話しかけられることがめんどうだと思うんだい?」
戦はこの聞き飽きた問に気が抜けた。何処か感じていた異質は戦の勘違いだったようだ。
「まず、俺は他人の気持ちがわかりませんし、わかりたいとも別に思いません。同時に相手も俺の気持ちがわかりません。お互い探り探り交流して、考えたり、わかった気になったり、そういうの疲れませんか?」
紅井は無表情だった。
「二つ目、君は自分には問題があると思うかい?もしあるなら変わりたいと思うかい?」
「問題なら山積みでしょうね。面倒な性格してるし、わがままだし、学校生活不調過ぎるし。でも別に変りたいとは思ってないです。俺がまあいいか別に、って放置する程度の話で、しかもそうやって生きてきてきたんだから、無理して変わる方がより面倒です」
戦もまた無表情だった。
「では最後に、今現在の君の悩みは?」
「この意味不明なプロジェクトに巻き込まれたことです」
紅井は目をゆっくり閉じ、細い溜め息を吐いた。そしてにっと頬を上げて言う。
「占いは終了だ。君のラッキーカラーは青だ」
「占いなんてやってたんですか。しかもあんな二者面談みたいな内容からラッキーカラーしかわかんないのかよ」
戦は一体何の時間だったんだ、と心の中で呟いた。
「今度は俺が質問します。なんで先輩は俺に、というか安東先生のこの計画に協力的なんですか?」
「私自身のためさ。今はこれをやってみようという気分なんだ」
「そうですか」
ひゅうと乾いた隙間風が部屋を通り抜けた。最終的に戦は紅井をただの物好き、変人とカテゴライズした。