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【1-9】GAME OVER

 ゲイルは指定された場所でじっと待っていた。


 ――まだか、まだか……


 一秒が一時間にも感じられるほどに長い。

 ノエルが自分の所へ辿り着く夢のような瞬間を想いつつも、全てがそんな風に上手く行くだろうかという不安に苛まれてもいた。


 石の通路に響く足音が聞こえ始めた時にはゲイルは安堵した。

 だが、ノエルが姿を現した時、その様子に唖然となった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「ノエルちゃん!?」


 乱れ引き裂かれた服を豊満な胸部に掻き集めて辛うじて隠し、憔悴しきった様子で転がるように駆けてくる。

 彼女はゲイルの前まで来ると、へたり込んでしまった。


「ど、どうし、どうしたんだその格好は!」

「う、うう……ふええええええーん!

 わ、わた、わたしっ……ここ、ヒック、来るまでに、こ、バーンズさんに、見つかっちゃってっ……」

「あぁ!?」

「ば、バレて……! バーンズさんが、怒って……!!」


 伏してしゃくり上げつつ彼女が語る言葉に、ゲイルは何が起こったかを悟る。

 ノエルがゲイルと二人で逃げようとしていると知り、彼は怒りと欲望のままに……


「あの野郎、今どこに居る!」

「き、来てまず、追いかげでっ……ヒック、ヒック」

「ここで待ってろ!」


 このままでは脱出エスケープスクロールを仕掛けるまでに追いつかれるだろう。

 ……なんて論理的な思考の遥か以前に、ゲイルの頭は怒りに塗りつぶされていた。


 * * *


 地下六階中心部、『耳なし回廊』。

 そこは、地下十階まで続く巨大な吹き抜けを囲む広々とした回廊だ。

 奇妙なことに、この周辺では一切の音が消滅する。そのために『耳なし回廊』と呼ばれるのだ。


 魔物に奇襲されても音で察知することができず、術師たちは発声による詠唱を無効化される。そもそも人の精神は、完全なる無音状態に長時間耐えられない。

 あまり長居はしたくない場所だった。


 そんな回廊をバーンズは、周囲に魔物がいないか入念に警戒しつつ進んでいく。


「 (くそ! こっちの扉まで閉まってるなんて! ノエルとの待ち合わせに遅刻しちまう) 」


 『暗闇廊下』で上手いこと一人になれたまでは良かった。

 しかし先程の仕掛けとは別の、普段は開けっぱなしになっているはずの扉までが閉まっていて、予想外の遠回りを強いられていた。


 ◇


 ノエルはもう嘘泣きを止めていた。


 ――バーンズは好色だ。あいつに襲われたって言えば皆ギリ信じられるだろ。例の誕生日の一件でバーンズは特に他の奴らから敵意ヘイトを買ってるし。

   それと、なんつっても魔術師ウィザードだ。放っておくと厄介だが、詠唱ができない『耳なし回廊』におびき出せば一瞬で()()()


 ◇


 ふと、何者かの気配を……いや、気配なんて生やさしいものではない。

 背中に焼き付いて穴を開けてしまいそうな殺気を感じ、バーンズは振り返る。

 そこに立っていたのはゲイルだった。


 見つかってしまった。

 いや、それもそれで一大事なのだが、それよりもゲイルの様子がおかしい。

 別人かと見まがうほどの憎悪の表情でこちらを睨んでいた。


「 (ゲイル? お前、どうした?) 」

「 (バーンズ、てめぇ……) 」


 お互い、声は届かない。

 だがゲイルが尋常ではないほどに怒っていることだけはバーンズにも分かった。


「 (許さねえ……許さねえーっ!!) 」


 ナイフを抜き放ち、ゲイルが飛びかかってきた。


 ◇


 ノエルは気配を殺して、バーンズに襲いかかるゲイルを見ていた。


 ――ゲイルは血の気が多くて直情的だ。頭に血が上ったら後先考えずに行動しちまう。もし俺が救いを求めれば見境をなくす……!


 バーンズは手にした杖でナイフを打ち払おうとしたようだ。

 だが、実力の差は歴然とし過ぎていた。素早くステップして杖を掻い潜ったゲイルは、肩からバーンズにぶつかって貫きつつもつれ合うように転がる。


「 (ぐはっ……!?) 」


 静寂の世界に命の赤が散った。


 * * *


「ロナルドさん!」

「ノエルちゃん、どうしたんだ、真っ青じゃないか!」


 待ち合わせ場所で待機していたロナルドの所へ、血相を変えたノエルが駆け込んでくる。


 まさか魔物にでも襲われたのかと思ったが、彼女の服にも玉のような肌にも、傷や怪我は見当たらない。


「ゲイルさんに見つかってしまって……ごめんなさい、脱出エスケープスクロールを取られちゃいました……」

「あいつが?」

「どうしてか分からないんですけれど……わたしたちの秘密の作戦が、バレてたみたいで……」


 ひたすら済まながるノエルだったが、彼女を責めるわけがあろうか。

 ゲイルが悪い。絶対に悪い。一方的に悪い。全ての責任はゲイルにある。ノエルは彼ら三人を拒絶すると決めたのに、それを力尽くで引き留めようなどというのはとんでもない話だ。

 いずれにせよ、最早後には退けない状況だった。


「あの野郎! 俺が取り戻してくる!」

「そんなことより、大変なんです!」


 剣を抜いて飛び出していこうとするロナルドを、ノエルは引き留め訴える。


「バーンズさんがゲイルさんからわたしを守ろうとして喧嘩に!

 お願い、二人を止めて! このままじゃ……!!」

「バーンズが?

 ……分かった、とにかくスクロールを取り戻してくる」


 ロナルドは、余計に面倒なことになったなと思う。だが、やるべきことは変わらない。とにかく脱出エスケープスクロールをゲイルから取り戻す。張り倒してでも取り戻す。

 その上でバーンズがどうするつもりか……あくまでもノエルの意思を尊重すべきなのだから、それを無視するなら容赦はしない。

 まあ、文句を言うようならゲイルもぶっ飛ばすだけだ。


 * * *


「 (待て! やめろ! ロナルド! なんのつもりだ!) 」

「 (このゲス野郎ーっ!! ノエルを奪うためなら仲間すら殺すか!!

   これ以上ノエルと俺の邪魔をするんじゃねえ! 死ね! 死ね! 死ねぇーっ!!) 」


 届かぬ声で咆え合いながら、ロナルドとゲイルは激しく切り結ぶ。

 傍らには、血溜まりの中に横たわるバーンズ。

 返り血にまみれたゲイルを見れば状況は明らかだ。少なくとも、ゲイルがバーンズを殺したことは誰が見ても確実だ。


 ――ロナルドは正義感が強い。正確に言うなら自己正当化力が高くて、他人を罰する快感に溺れるタイプ! 要するにいじめっ子の類型だ。

   相手が人殺しとあらば、タガが外れる!


 血反吐の中で取っ組み合うような死闘は、しかし、俯瞰すれば優劣が明白だった。

 ロナルドは純粋に剣腕だけならパーティーで一番だ。また、彼は戦士ファイターではあるがジョーのように鎧でガチガチに固めるタイプではなく、比較的軽装で片手剣と取り回しの良い盾を持つスタイル。

 ひたすら身軽さだけを信条とするゲイルでは大した傷を与えられず、さりとて翻弄できるほど重鈍でもない。


「 (くそ、剣じゃ敵わねえ!) 」


 不利を悟ったゲイルは、踵を返して逃げを打つ。

 いくらなんでも全力疾走すれば装備の分だけロナルドの方が重いだろう。盗賊シーフの身軽さには追いつけない。


 ――おっと、逃がすか。 


 だが。

 通路の影から戦いを見守っていたノエルが、壁のレバーを操作する。

 脇道に逃げ込もうとしたゲイルの目の前で仕掛け扉が閉まり、ゲイルは急停止、立ち往生した。

 

「 (受けよ、正義の剣!!) 」

「 (な、ん、で…………) 」


 次の瞬間、背後からの一撃。

 ロナルドの剣がゲイルの背中を深々と袈裟に斬っていた。


 * * *


「ジョーさん!」

「ノエル! 遅かったじゃないか、どうしたんだ!」


 待ち合わせ場所へやってくるなり、ノエルは沈痛な様子で首を振る。


「ダメです、もうダメなんです……全部中止にしましょう」

「な、何があったんだ?」

「ロナルドさんがわたしたちの作戦を知ってたんです……

 脱出エスケープスクロールを取られてしまいました……ロナルドさん、あなたを殺してでも止めるって!」

「何!?」


 焼けた鉄板の上に立っているかのような焦燥感だった。

 何故この脱出作戦が漏れていたのだとしても、ロナルドがそれを強行に阻止しようとしているのは間違いない。


 自ら結成したパーティーを放り出して逃げるなんて事をジョーが決断したのは、それが一にも二にもノエルを守るためだったからだ。

 しかし、今ここでノエルを守るためにはどうすればいいのだろうか?

 ロナルドを殺してでもスクロールを奪い返すのか? あり得ない。ジョーがこの街を逃げだした後も、父はここで商売をするのだ。そんな父を『人殺しの親』にはできない。


 父のことを考えれば、駆け落ちだって思いとどまりそうだったが、ノエルを守るための行動とあらば父は理解してくれるだろう。それに、自分に付きまとう嫌な噂を払拭するには、ノエルと共に新天地で名を上げて凱旋するのが最善だろうと思ってのこと。

 だというのに。こんなところで汚点を残すわけにはいかない。


「ゲイルさんやバーンズさんが、ロナルドさんをなだめてますけど、今にも喧嘩になりそうで……」

「ちょっと待っててくれ。……行ってくる」


 何もかもが今更になってしまったが……話し合うべきだったのかも知れない。少なくともノエルの意志は明白なのだから、それを踏まえてロナルドを説得しようとジョーは決意する。

 納得してくれるかは分からない、いや多分無理だろうと思うが……

 せめて言葉を尽くし、ついでに場合によっては裁判沙汰だと脅してやれば、不承不承でも見送ってくれはしないかとジョーは考えていた。


 * * *


 その甘い考えはすぐに裏切られたようだ。


「 (嘘だろ) 」


 鮮血。

 倒れ伏す二人。

 血濡れの剣を手にしたロナルド。


「 (なんてことしちまったんだ、ロナルド……!) 」

「 (ジョー!?) 」


 『耳なし回廊』にジョーが辿り着いた時、そこに待っていたのは彼にとって最悪の光景だった。

 ジョーは痛みを堪えるように奥歯を食いしばり、剣を抜く。


 ――ジョーはこのパーティーにこいつなりの責任感もある。そんなパーティーのメンバーが同士討ちで殺し合ったとしたらどうなる?

   ついでに言うならジョーの親父も元冒険者で、しかもこの街に住んでるからまず親父の名誉を気にする!

   せめて()()()()()()自分の手で仲間を捕らえて衛兵隊に引き渡そうと考える!


 こっそりとジョーの後を付いてきたノエルは、通路の陰から成り行きを見守る。場合によってはこっそりどちらかを支援する気で。

 魔法力の低さを補う方策をあれこれ考えて試していたノルムは、詠唱破棄なんぞという身の程知らずなテクニックをヘッポコ冒険者の分際で身につけていたのだ。声が出せない『耳なし回廊』でも魔法を使うのに支障は無い。


 向かってくるジョーを見て、ロナルドも剣を構える。


「 (最悪のタイミングで見つかっちまった……! これじゃ俺が殺人鬼みたいじゃねーか!) 」


 静かに……場所が場所なのでどの道、音はしないが……距離を詰めていくジョーは、ある一点で一気に地を蹴り、踏み込んで斬りかかった。

 剣と剣が無音で打ち合わされ、火花が散る。


「 (罪を償え、ロナルド!!) 」

「 (俺はもう後に退けない! てめえらから! ノエルを! 解放するんだっ!!) 」


 厚手の鎧を身に纏ったジョーは、踏み込みつつ両手持ちの剣を轟々と振るう。

 盾ごとかち割らんとばかりの攻撃だったが、ロナルドはこれをどうにか受け止めて削り取るように剣を振るう。ジョーは籠手でロナルドの剣を弾き、体捌きで鎧の分厚い箇所に突きを撃ち合わせて防いだ。


 一進一退の激しい攻防が少なくとも一分は続き、ともすればこのまま永遠に続くのかとも想われた。

 だが、あくまでも捕らえようとしているジョーと、既に一人殺していて死に物狂いのロナルドでは気迫が違った。


 捨て身の勢いで飛び込んでいったロナルドは、肩を引っかけられて引き裂かれながらも、盾で思いっきりジョーを殴打スマイト

 尻餅をついたジョーを蹴倒すようにのし掛かり、逆手に構えて剣を振り上げると、それを兜の隙間からジョーの顔面に振り下ろした。


 仰向けになったジョーの身体が、電流を浴びたようにびくんと震えるのをノエルは見た。

 そして、ジョーは二度と動かなかった。


「 (あ、ああ……やった……やったぜ、俺……) 」


 虚脱した様子でロナルドがふらりと立ち上がる。立ち上がり掛けて膝を突く。

 血まみれになった剣を取り落とし、濃厚な死の臭いが立ちのぼる中で、彼は天井を見上げていた。


 その背後。

 ひたひたと。

 ノエルは迫る。

 足音は、しない。

 靴を脱いでおいたノエルの足は、石床に震動すら伝えない。


 ――【性能偏向:瞬間増強(モメンタリカスタム)】……≪膂力強化ストレングス≫!!


 『弱っちい』強化バフ魔法。

 『ヘッポコな』格闘技。

 そして、認めて貰えなかった技術カスタム……


 ノエルは深く腰を落として、ロナルドの後頭部を真っ直ぐ正拳で突いた。

 

 命を摘む手応えがあった。

 ノエルの鉄拳は、ヘルメットのようなロナルドの兜をひしゃげさせて頭蓋を砕き、一撃で死に至らしめた。

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