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【1-8】『炎の魔剣』④

 地下六階。

 この階は比較的魔物が少なく、その代わりとでも言うように無数の罠や、物理法則を超越した奇妙な空間が存在している。

 とは言え、この辺りは既に探索され尽くした階層だ。

 『ラッヘル穿孔経路』は……少なくともこの階層においては……永遠無限に罠が増えていくようなタチの悪いダンジョンではなく、地下六階は既に詳細な地図が書かれ、どこを通れば安全なのか分かりきっている場所だった。


「いつも通りだ、ここは外周部を通って消耗を避ける」


 ダンジョンから生まれる魔物たちは本能的に罠を避けるようで、仕掛けが特に多い地下六階外周部には近寄らない。道さえ分かっていれば安全に通れる場所だ。

 パーティーは、もはや暗記している道を進んでいく。


「あら? あそこ、何か変なものがあるみたいですけれど……」

「ん? どうした?」


 途上の小部屋にて、ノエルが何かに気付いた様子で、足下の罠を慎重に避けながらも進行方向とは別の通路に入っていく。

 その瞬間だった。


 堅牢な鉄の落とし戸がギロチンを思わせる勢いで降りてきて、ノエルと他四人の間を遮った。


「きゃああっ!!」

「ノエル!?」

「ノエルちゃん! 無事か!?」

「きゅ、急に仕掛け扉が……」


 別にこれは罠ではないが、巻き込まれたら最悪死ぬこともある。

 幸いにもノエルは無事な様子で、鉄扉越しのくぐもった声が聞こえた。


「おい、どこのバカだ勝手に仕掛け動かしやがったのは!」


 ジョーは、この階のどこかに居るであろう愚か者を罵る。

 この階には扉開閉用のレバーがいくつかあり、それを操作すると連動する全ての扉がフリップフロップで開閉する仕掛けになっているのだ。

 他のパーティーが移動中に仕掛けを動かすと閉じ込めてしまったり、扉の開閉に巻き込んでしまう恐れもある。何よりレバーを動かすほど魔物が増えるという厄介な仕掛けがあるので、扉の開閉は本当に必要な時のみ最小限、それも時間を決めて1パーティーずつ通る決まりになっていた。


「ノエルちゃん、今俺が迎えに行くから! そこで動かないで待っててくれ!」

「わ、分かりました!」

「レバー動かすのはダメだよな」

「ダメだ、動かすほど魔物が増えるだろ」

「回り込むぞ。『暗闇廊下』と『耳なし回廊』を通れば15分で着く!」


 四人の男たちは罠に気をつけながらも、可能な限りの速度で走り出した。


 * * *


 時は少し遡る。

 作戦会議の後、ジョーはノエルに呼ばれ、二人で会っていた。


「大事なお話があるんです。今度ダンジョンに潜るとき、ダンジョンの中で二人っきりで待ち合わせできませんか」

「ダンジョンの中で? どういうことだ?」


 いつになく深刻で愁いを帯びた、庇護欲をそそる雰囲気のノエル。

 彼女は思い詰めた様子でジョーに持ちかける。


「他のパーティーメンバーにバレないよう、こっそりわたしを街から連れ出してほしいんです」


 ジョーは息を詰まらせる。パーティー『炎の魔剣』崩壊の日……ついにこの日が来てしまったかと。

 ノエルには助けられていると思っていた。バラバラになりかけたパーティーを繋いでくれていると。だがそれが随分と虫の良い話だったことも思い知る。馬鹿な男たちが己を取り合っていがみ合う状況など、嫌になって当然だ。


 無念に思いながらもジョーは、ノエルが最後の最後で自分を頼ってくれたことを誇らしく思い、安堵してもいた。

 彼女はちゃんと見るべきものを見ていたじゃないか、と。鼻の下を伸ばしていただけの三人ではなく、自分を頼ってくれたのだから。

 思えば『炎の魔剣』は足手まといを押しつけられたことで初手から躓いていた。

 どこか、新天地でやり直せば良い。ノエルとならやり直せる。今度こそ本当に信頼できる真の仲間を集めて、最高のパーティーを作れば……


 * * *


 作戦会議の後、ロナルドもノエルに呼ばれ、二人で会っていた。


「街から連れ出す!? な、な、な、なんで俺、いや、そうか、うん。

 あいつらに付き合うのが嫌になったんだな?」

「はい…………」


 ロナルドは、努めて深刻な顔をしてノエルの話を聞きながらも、心の中では快哉を叫んでいた。

 誰でも口説く女たらしや、軽薄で育ちの悪いガキ、独りよがりのリーダーなどに負けるはずはないと思っていたが、やはりノエルが頼ったのは自分だったのだ。

 しかも二人でどこかへ逃げるだって?

 まるで陳腐なラブロマンス小説のような展開だ。


「みんな喧嘩ばっかりで、どうすればいいか分からなくて……

 私はここに居ない方が良いんだなって、思って……

 でも私、一人で逃げるなんて無理です。お願いです、力を貸してください」


 微かに潤んだ目で乞われ、ロナルドは衝動的にノエルを抱きしめた。

 柔らかくて温かくて、ふわりと良い匂いがした。


 * * *


 作戦会議の後、ゲイルもノエルに呼ばれ、二人で会っていた。


「なるほど、つまり他の奴らをダンジョン内に置き去りにして、その間にこっそり街を出て遠くへ逃げるって話だな。任せとけよ。そういうの大得意だぜ」

「ありがとうございます!」


 ゲイルがギルドに登録している職種クラス盗賊シーフ

 鍵開けや偵察、罠の対処などを得意とする、ダンジョン探検のエキスパートだ。

 いかに探索済みの場所であろうと、まず警戒に当たるのはゲイルであり、パーティーの命綱を握る立場だ。

 状況を操作するのは容易い。


「でも問題は、どうやってダンジョンの中で二人っきりになるかだよな……」


 こっそり抜け出したところで、すぐにバレて探されてしまうだろう。

 まして、忍ぶことに長けたゲイルだけならまだしも、ノエルまで居るのであれば。


 * * *


 作戦会議の後、バーンズもノエルに呼ばれ、二人で会っていた。


「実は、それはもう算段が付いてるんです。地下六階を利用します」

「ふーむ、外周部は罠だらけでほとんど魔物が出ない場所だが、その仕掛けを利用するってことか?」

「はい。まずわたしは、この……」


 ノエルは地図の写しを広げ、白魚のような指で一点を指し示す。

 地下七階へ向かう途中の道。レバー操作で開く扉がある場所だ。


「仕掛け扉の向こうへ行きますんで、タイミングを見計らって協力者の方に遠くで仕掛けを動かしてもらいます」

「協力者?」

「ダンジョン内での()()()仕事をお金で引き受けてくれる方です」

「ノルムんか……」


 グラント商会は冒険者や、なんらかの形でダンジョンに立ち入る許可をもった人員を多数抱えており、金次第で彼らを使った怪しい仕事を引き受けてくれるという話だった。

 ノルムの名が頭に浮かんだだけで、苦渋に満ちた日々を思い返し、バーンズは苦い溜息をつく。


「どうかしました?」

「嫌なことをちょっと思い出しただけだ」


 それは忘れ去り、無かったことにすべき過去なのだとバーンズは思っていた。

 わざわざ話題にするようなことでもない。


 * * *


「こうなると皆さんで『暗闇廊下』と『耳なし回廊』を通ってわたしを迎えに来ることになりますよね?」

「道順的に妥当なのはそれか」

「『暗闇廊下』を急いで通るときなら、こっそり一人抜けてもバレないと思うんです。どうでしょう」


 ノエルの考え出した計画を頭の中で実行してみて、ジョーは唸る。

 純真無垢で、誰かを騙すこととはとても縁遠く思えるノエルだが、むしろ頭は良い。

 よく練られた計画だった。


 『暗闇廊下』とは、地下六階の一部に存在する奇妙な領域。

 どんな明かりを使っても真っ暗闇になってしまう通路だ。

 だからといって危険な罠が一緒に置かれていたり、闇に紛れて魔物が襲ってきたりするわけではないというのが肩透かしだが。


「そうだな、あそこはただ暗いだけだが道が滅茶苦茶に折れ曲がっていて、慣れたパーティーでも迷うことがある。おまけに狭いから音が反響して、足音で互いの位置が分かりにくい。

 あそこで抜けたら気付かれるまでには時間がかかるだろうし、どの脇道へ入ったかもわからんだろう」


 * * *


 次いでノエルは、『暗闇廊下』から通路を二、三本回り込んだ先にある袋小路を指す。


「抜け出したら、この行き止まりの場所で待っててほしいんです。わたしもすぐに行きます」

「し、しかし大丈夫か? 地下六階のこの辺はほとんど魔物が出ない代わりに罠だらけだぞ」

「大丈夫です。罠の場所が書かれた地図がありますから、それを見ながら歩けばいいんです。

 ダンジョンのことはよく勉強しているつもりですし、何度か皆さんと一緒に行ってますから様子もだいたい分かってます」


 ノエルを一人にするのは、ロナルドにしてみればもちろん心配だったが、彼女の言葉には説得力があった。

 彼女は地図を丸暗記しているのではないかと思うほどにダンジョン内のことをよく把握している。ロナルドたちが普段通らない道や、足を踏み入れたことがない階層のことさえもだ。

 ギルドが提供する情報は皆が閲覧可能なので、調べようと思えば誰でも調べられるのは確かなのだけれど、ここまで熱心なのは珍しかった。


 ふと、そう言えばノルムもダンジョンのことに妙に詳しかったなと、どうでもいいことをロナルドは思い出した。


 * * *


「後はダンジョン脱出用のアイテムを私が持つように誘導すれば……」

「あいつらは置き去り。俺とノエルちゃんだけが一瞬で地上にタダイマってわけだ!」


 ゲイルはノエルが述べた作戦の痛快さに手を叩く。


 ダンジョンに潜る大抵のパーティーは、脱出用のアイテムを携行している。

 『脱出エスケープスクロール』と呼ばれるもので、魔法陣が描かれた羊皮紙の巻物だ。広げて簡単な儀式を行えば、ダンジョンそのものの力を借りて、一気にダンジョンの外へ転移することができる。

 繰り返し使える代わりに少々高価な代物で、普通はパーティーで一枚持っているだけだ。もちろん『炎の魔剣』もそうだった。


 これを使って二人だけで脱出してしまえば、残りのメンバーは遙々歩いて出るか、他のパーティーに助けてもらうしかなくなる。

 街を逃げ出す猶予としては十分な時間だろう。


「問題は、上手くわたしが脱出エスケープスクロールを持たせてもらえるか、ですけれど」

「まあ大丈夫だろ、前回の探索でもノエルちゃんが持たされてたわけだし。

 こういうのは一番やられにくいポジションの奴に持たせるのが普通だからさ」


 より正確に言うなら、四人の男どもは既にパーティー内でノエル以外の誰も信用しておらず、そんな重要なアイテムを他の誰かに任せる気にならなかったという事情もあった。


 * * *


「それに……この場所、罠が多いですけど魔物はいませんから、歩き方が分かってる人なら置き去りにされても大丈夫ですよね?」


 後ろめたさを隠すような尻すぼみの言葉も、また奥ゆかしく愛らしい。

 バーンズはノエルに微笑みかけ、髪を優しく掻き乱す。


「ノエルちゃんは優しいね。あんなやつらの生き死になんて気にすることないのに」

「だって……

 嫌だな、怖いなって思うことはありますけれど、死んでほしいなんて思うのはいけないことですし……」


 あんな奴らに甘い顔をする必要無いとバーンズは思いつつ、ノエルの優しさを好ましくも思う。

 一見すると虫も殺せないような女の子が、信頼する相手には腹黒い本性を見せたりするものだ。ノエルはそんな性悪のぶりっ子とはものが違う。


「ま、いいさ。大船に乗ったつもりで任せておきなって。

 海の果ての島国でも、雪に埋もれた山国でも、君が望む場所ならどこへだって一緒に逃げて行こう。

 どこに行きたいか考えときなよ。それと……なんなら僕たち二人の子どもの名前もね」


 一瞬、何を言われたか理解できない様子でノエルはきょとんとする。

 だがすぐに彼女は真っ赤になった。


「ばっ、バーンズさん何言ってるんですか!」

「はははは、冗談だよ!」


 少なくとも、今は。

 バーンズはもちろんノエルに対して本気だった。

 過去に口説いてきたどんな女も、今では路傍の石ころと同然に思える。全てを賭けてでも手に入れるべき女がそこに居る。そして彼女は今や、自らバーンズに手を差し伸べているのだ。

 バーンズは最早、『炎の魔剣』への未練など欠片も持ち合わせて居なかった。

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