【1-5】『炎の魔剣』①
朝。出勤の早い冒険者は、既に朝食を済ませて出立の準備を始めている時間。
ジョーは『白い木馬』亭の食堂にて、パーティー資金を数えて溜息をついていた。
――今回の探索も地下八階が限界だったか……
クソ、宝箱の一つや二つ見つかれば良い儲けだったんだが、これじゃろくな収入になんねーぞ。
ポーション代が嵩んだせいで、魔石を売ってトントンだ。
ノエルがパーティーに加入して一ヶ月。
彼女はできすぎだった。確かに彼女が冒険者よりも、舞台のトップスターや天使や女神に見えることは事実だが、決して見た目だけではない。
魔法の実力は最初からジョーたちに付いて来られるほどだったし、献身的で勉強熱心だ。ダンジョンの浅い層の地図は、既に誰よりもよく理解して頭に入れているほどだったし、魔物についてもよく把握している。
何より彼女の加入によって日々に張り合いが生まれ、メンバーの士気も高まった。ジョーだって、迷惑で役立たずのお荷物男なんかより、彼女のような熱心で麗しい女性と一緒に行動する方が嬉しいものだ。
だが、結果は振るわない。
一時は足手まとい込みでも地下十階で安定して活動できていたのに、今はまだそこに戻れてすらいないのだ。
昨日だって、移動も含めて三日間の活動許可をギルドから貰っていたのに、初日の移動中に逃げ帰ってきたところだ。
――おかしい! なんで邪魔者を追っ払ったはずの俺らが振るわないんだ?
第二等級ごときで二年も足踏みしてた疫病神に比べたら、冒険者になって一ヶ月で第三等級に来たノエルはよっぽど上な筈だ。魔法の出力検査でも相応の数字が出てる。
メンバーが入れ替わって俺のパーティーは強くなったはずだ! なのにどうして結果が出ない!?
勝てたはずの魔物に勝てない。
パーティーの先頭に立って戦うジョーは、その違和感をまじまじと感じていた。まるで魔物が急に強くなったかのようだ。
メンバーが入れ替わる前と後。違いは何か。
「……ノエルは自分でも魔法で戦う分、強化に専念はしてないからな。
だとしたら、俺らのパーティーの最適解は、前衛三人に強化を飛ばして活躍させることだったってわけか。次の探索では、ノエルには強化専門でやってもらってみよう」
そうだ。戦術が変わっていた。
なまじノエルはできることが多い分、それを頼りにしてしまう。
だがそのせいで勝てる相手に勝てないのでは意味が無い。
「わたしがどうかしました?」
「わっ!」
考え事をしていたせいで彼女の接近に気付かなかったジョーは、急にホットミルクみたいな甘ったるい声で呼びかけられて水を掛けられたように竦み上がった。
「ごめんなさい、びっくりしちゃいました?」
「いや、大丈夫。ちょっと次の探索の作戦を考えててね」
自然とジョーは笑顔になった。
ノエルの顔を見るだけで嫌な気分も吹っ飛んで元気が出る。ある日突然街に現れた彼女だったが、既に街中に噂が広まっているほどの美女だ。そんな彼女と行動を共にできるというのは嬉しくないわけがない。ふとした瞬間に幸せを感じる。
『炎の魔剣』が街を歩けば誰もが振り返るようになり、男どもはノエルに熱い視線を、そして他四名には嫉妬の視線を向ける。ジョーはそのことすら優越感を覚えていた。
「おはよう、ノエルちゃん」
ひょろりとした体躯のゲイルがひょっこり顔を出す。
以前は仕事がない日など昼まで寝ている男だったが、ノエルが加入してからというもの、彼は少しでもノエルと一緒に居られる時間を増やすよう、彼女の生活リズムに合わせて早寝早起きをするようになっていた。
「あっ、おはようございます。ゲイルさん」
「ハードな探索だったけれど疲れは抜けたかい?」
「はい! 今日も元気いっぱいです!」
ゲイルの一言で絶妙にイラついたジョーだったが、その苛立ちを呑み込んだ。
『ハードな探索』なんてできていない。本当なら今頃、地下十階で魔物を薙ぎ倒し、魔石を狩り集めていたはずなのだ。それができていない。
だがその苛立ちをゲイルにぶつけても仕方ない。ゲイルはただノエルを気遣っただけなのだし。
「よう、ノエルちゃん。もう起きてたか。
お、リーダーとゲイルも」
ノエルに引き寄せられるようにロナルドもやってきた。
「おはようございます、ロナルドさん」
「な、朝飯まだだろ。小遣いも貰ったし、『翡翠の海』亭ってとこへ朝飯食いに行かねえか?
あそこ安くて美味いんだぜ。量も多い。目玉焼きが三つも出てくるんだ」
「わ、いいですね。でもわたし、食べきれないかもぉ」
「大丈夫大丈夫、余ったら俺が全部食うから」
「あ、ずりーぞロナルド。行くなら俺も一緒だ」
わいわいと朝飯のことで盛り上がる彼らを見て、ジョーは喉まで出掛かった溜息を呑み込む。
ダンジョンから戻った後はメンバーに小遣いを配るのがいつものことで、そのため彼らは景気よく金が使えるのだ。資金繰りが苦しくても、なるべくここは削りたくなかった。
――ったく、いい気なもんだぜ。
朝から金のことで悩んでいるジョーの気も知らず、彼らは気楽だ。
最近パーティーメンバーの金遣いが荒い、とジョーは感じていた。
まあ、彼らが小遣いの範囲で何をしようと止める気は無いのだが、街中の店を制覇する気かという勢いであちこちへノエルを食事に連れ出したり、何かしか理由を付けて実用的な(たとえば『対毒』の効果がある)アクセサリーをプレゼントしたり……彼らが金を使う先はことごとくノエル絡みだ。
バカらしい。下心が丸見えだ。
ノエルは誰にでも優しく、よく気が付く性格なのだが、そのせいで脈があるとでも思っているのだろうか。
――あの子は……ナチュラルに良い奴なだけだ。
三人ともその優しさを好意と勘違いしてるんだろう。
本当にノエルの心を射止めるのは俺……
「ち、違う違う違う! そういう話じゃなくてだな!」
「どした、リーダー?」
「ジョーさん?」
突然頭を掻き毟ったジョーに、怪訝な視線が突き刺さる。
「なんでもねえ……ちっと顔洗ってくる」
まだ自分は寝ぼけているらしいと結論づけ、ジョーは井戸水を被りに行った。