【1-4】新たな仲間
「≪爆炎火球≫!」
バーンズが呪文を唱えると、炎の塊が杖の先から飛び出して、身長三メートルほどの武装した巨人……オーガの横っ面にぶち当たって炸裂した。
巨体が揺らぎ、ずんと仰向けに倒れる。絶命したオーガの肉体は煙のように消えて、血の色をした拳大の石と、身につけていた粗末な甲冑だけが残った。
「無事か、ジョー!」
「済まん、ポーションを飲む……敵を遠ざけてくれ」
オーガの一撃を受けていたジョーはふらつきながら後ずさり、薬の小瓶を取り出した。
直線のみによって構成された、閉塞感ある石の通路を、さらに狭く感じさせる巨体が迫る。
灰色の肌をした巨人を一体倒して、残り二体。
鉄の板を鎖で縛り付けただけみたいな鎧を纏い、棍棒を持つ彼らは、知性の感じられない目をぎらつかせて猛獣のように荒い吐息を漏らす。
棍棒の一撃を掻い潜ったゲイルが、纏わり付くようにナイフで斬り付けては距離を取って牽制した。
「クソ、敵の攻撃が重い……!
つーか硬え! こいつらこんな強かったか!?」
飲み干したポーションの瓶を投げ捨て、ジョーは毒づく。
ダンジョンは深部へ進むほど強力な魔物が徘徊するようになる。
ジョーをリーダーとするパーティー『炎の魔剣』は既に地下十階まで踏破していた……つまり、地下十階に出てくる強さの魔物とも渡り合う実力があった筈なのだが、今現在、地下七階で苦戦を強いられていた。
「おい、まだ来るぞ!」
「くっ……!」
前方の曲がり角の影から、ぬうっと大きな影が姿を現す。
戦闘の音を聞きつけてやってきたらしい、新手のオーガだ。
「撤退だ!」
これ以上の戦いは厳しいと判断し、ジョーは撤退の判断を下した。
既に段取りを心得ているゲイルが、オーガたちの足下に煙玉を叩き付ける。
瞬間、衝撃で破裂した張り子の玉は白い煙を巻き上げてオーガたちを包み、四人の冒険者は立ちこめる煙に追われるように逃げ出した。
* * *
夕刻。
『炎の魔剣』の面々は、定宿としている冒険者ギルド指定の宿屋兼酒場『白い木馬』亭の食堂で、早めの夕食を取っていた。
ギルドから地下十階での活動許可を貰っていたのに、そこまで辿り着くことすらできず逃げ帰ってきたのだから、四人は消沈していた。
「まさか地下七階から逃げる事になるとは……」
「いきなり四人で潜るのは無茶だったか」
ノルムが居なくなってから初めてのダンジョンアタックだった。
幸いにも(あるいは読み通りと言うべきか)ノルムの死に関してグラント商会から深く追求されることもなく、前途は洋々と思われたが、四人でのダンジョンアタックは初手から躓いた。
冒険者のパーティーに、特に人数制限は定められていない。
だがそれがダンジョンを相手にするとなると話が変わってくる。
洞窟や廃墟などの『天然ダンジョン』はもちろん別だが、一般的なダンジョンは魔王を封じた地界への門であり、ここを大人数で歩き回ればダンジョンを刺激して魔物の出現を誘発する。敢えてそれを狙う場合もあるのだが、平時はギルドによって厳しく入場管理がされている。
同時入場人数の制限。
活動場所の分散。
そしてパーティーの人数制限。
多くの血と屍を積み重ねた末の経験則によると、最適なパーティー人数は5人。
これを超えると余計な刺激になりかねない。ダンジョン内での他パーティーとの接触さえも、救助などの緊急事態を除いて非推奨とされる。
まあ人数が少ないよりは多い方が良いに決まっているので、冒険者たちは4,5人程度のパーティーを作ってダンジョンに挑むことが多かった。
「足手まといが居なくなった分、楽だと思ったんだがなあ」
「だからさ、やっぱあんな役立たずでも五人目が居るってのは重要だったんだよ」
「しっ。……お前ら、あいつの話はやめとけ。誰かに聞かれたらコトだぞ」
ノルムを悪し様に言うメンバーを、ジョーは諫めた。
それは死人に配慮してではなく、グラント商会の耳に届かないか恐れたからだ。
彼らは皆、グラント商会との力関係を分かっていたから、今までも大っぴらにノルムについての不満を述べることはなかった。というか、できなかった。
しかしその甲斐あってか、ノルムの死に関して四人が疑われることもなかったのだ。
「まあまあ。要するにメンバーを募集すればいいって事だろ。
俺らに合う実力の新メンバーをな」
沈む空気を切り替えるように、ジョーは努めて明るく言った。
「ぶっちゃけ、今の俺らに釣り合うレベルでフリーとかソロやってる冒険者はそこそこ居るからな。
もっと上行くと探すのがキツくなるけど」
「ああ。今のうちにそういう冒険者を引き込んで、一緒に強くなって成り上がればいい」
『大人数を避けるべきである』というダンジョンの性質は、ダンジョンに挑む冒険者たちに『椅子取りゲーム』を強いてもいた。
ギルドはなるべく多くの冒険者にチャンスを与えるよう差配しているが、同時にダンジョンに挑める冒険者の数が限られている以上、より成果を上げた者がダンジョンのより深くへ進み、より多くのチャンスを得るという不平等な循環がある事は否定しがたい。
逆も然りだ。
冒険者はどうしても『若いうちが華』になりがちで、上へ行くのは早いほど良いとされる。このところ、ギルドからの評価が停滞気味である事にジョーは焦りを覚えていた。
半年に一度開かれる模擬戦のトーナメント『パーティー対抗戦』にて起死回生を図ったが、敢えなく一回戦敗退。出場したのは下位クラスのトーナメントで、実力は同等か格下の相手ばかりだったので、うまくすれば優勝も狙えたはずなのに。
痺れを切らしたジョーたちは遂に最終手段に出た。
捨てられないはずの足手まといを、切り捨てたのだ。
積年の恨みを込めた計画は見事成功。『ちょっとやり過ぎたかも知れない』とは思いつつ、彼らは正義が為されたのだと信じていた。親の仕事の都合で押しつけられた足手まといのせいで上手くいかないだなんて酷い話だから。
そして次は新たなパーティーメンバーが必要だった。
無能ではなく、将来性もある、本当の仲間が……
「あのぉ」
鈴を転がすような少女めいた声が、ジョーの鼓膜を心地よく刺激した。
呼びかけられて振り向いた瞬間、ジョーは息をするのも忘れた。
存在すること自体が奇跡だと断言できるほどの美女がそこに居た。
年齢は二十歳になるかならないか。
身長はちょうどジョーの胸くらいまで。
俗世の穢れを一切知らぬかのような、天使の如く無垢であり無欠の美貌。緑がかった青色の円らな目は宝石にすら喩えられまい、もっと尊く冒しがたい無上の輝きだ。
背中まであるストレートの金髪は日差しを受けた穂波を思わせる。
彼女は白いワンピースに、胸の下くらいまで覆うコルセット状のベルトを身につけていた。飾りが少なく、裾などが補強されているその服は、性能はともかくとして一応冒険者向けの装束であるらしい。
即物的な者は、まずその暴力的な胸部に目を奪われたことだろう。そこから、ベルトによって強調された腰へのラインは無垢な第一印象を裏切って性的な印象を与える。
ゲイルがおそらく無意識に、ひゅうと口笛を吹いた。
「……な、何かご用でしょうか……」
「今、メンバーを募集してるって言ってましたよね。わたしじゃダメですか?」
脳天に雷が直撃したような衝撃と共に、ジョーは二つのことを同時に考えた。
信じられないほど都合の良い展開に『夢ではないか』と喜びつつ訝しむ気持ち。
そして、この『戦い』という言葉がおよそ似つかわしくない彼女が本当に冒険者たる力を持っているのかと疑う気持ち。
「えっと、そのー……疑うわけじゃないんですが……
ほ、本当に戦える……んですか?」
声を掛けるのも憚られるような心地でジョーが恐る恐る聞くと、彼女は気分を害した様子でぷくっと頬を膨らませて抗議した。
目眩がするほどに可愛い。
「ちゃんと冒険者ですよ!
登録したばっかりですから、まだ等級は1ですけれど、ずっと魔法の勉強をしてたので皆さんについて行くくらいはできると思います!」
彼女は白銀色のプレートをビシッと突きつける。
ギルドが発行している冒険者証だ。軽量で頑丈で魔法的加工に優れた金属・ミスリルで作られており、名前や等級、職種などが刻印されている。
汚れすらない新品の冒険者証に刻まれた名前は、ノエル。職種は魔術師。
「ノエル……ちゃんか」
「魔術師か! まあ、それっぽい格好だなとは思ってたけど」
「おお、マジかよ。そしたら魔術師二枚持ちのパーティーだぜ、俺ら」
冒険者たちは、己の技能を示す『職種』をギルドに申請して登録する。
その中で魔術師と言えば、一般的な魔法の使い手である。
魔法の使い手は貴重だ。
ちょっとした魔法を何かのついでのように覚える者は結構居るが、専門の術師はだいたい冒険者10人中ひとりと言われている。
魔術師が二人所属するパーティーとなれば、作戦の幅も広がる。彼女の存在が輝かしい未来への切符となるやも分からない。
「得意な魔法は?」
「はい。火の元素魔法と練体魔法……つまり、回復と強化の魔法です!」
自信満々なノエルの答えに、ジョーは生ぬるい風が吹き抜けたようにも感じた。
「ば、強化魔法……」
「ど、どうかしましたか? わたし何か変なこと言いました!?」
引き攣った笑顔で応じられてノエルは狼狽える。
「ごめん。なんでもない。なんでもないんだ……
ただ俺ら全員、強化使いに良い思い出がなくってさ……」
「うん。君が悪いわけじゃないんだ」
「そんな……」
ノエルはショックを受けた様子だった。
「いや、君がそんな顔する必要は無い!」
「うんうん。真面目で実力がある人なら全然オッケーだ。
それに強化だけじゃなく、回復も攻撃もできるんだろ? なら最高だ」
ジョーとバーンズが慌ててフォローする。
自己申告通りならノエルは『強化だけの能無し』ではない。あとはそれがどの程度のものか、だ。
「よかったら地下一階をちょっと回ってこないか?
君の力を確かめたいんだ」
「だな、それがいい。この時間帯なら1時間くらいの枠はあいてると思うし」
「あの辺に出てくる魔物なら、俺ら目ぇつぶってても倒せるから危なくなることは絶対に無い。
絶っっっっ対に守るから安心してくれ」
「分かりました、よろしくお願いしますね!」
ノエルは微笑む。
花が咲き光は溢れ空に虹が架かるような笑顔だった。
「ちょっと待った!」
その時だった。
「話は聞かせてもらった! ノエルちゃん、パーティーをお探しなら我が『白日』はいかがかな?
この街で最大の人数を抱え、複数パーティーを同時に運用する探索団だ。
新人教育もバッチリさ!」
「いやいや、ここは『辻風の導き』に任せてもらおうか。
実力派の我々が万全のサポートをするとも。
僕らの後を付いてくればすぐにいっぱしの冒険者になれるだろうさ」
「待て、うちも」「それだったら」「一緒に迷宮へ」「メンバー募集中だ!」
広い食堂内でダラダラしていた(そしていつの間にかノエルとジョーたちの会話に聞き耳を立てていた)冒険者たちほぼ全員が立ち上がってこちらへ向かってきた。
「はわわわ」
「ちょ、お前ら! ノエルちゃんが困ってるだろ!」
「先約はこっちだ! すっこんでてくれよ!」
新生『炎の魔剣』最初の戦いは、迫り来る冒険者たちからノエルを守って食堂を出ることだった。