【1-32】仲間
フクロウか何かがどこかで鳴いている。
そこは森を真っ二つに断ち切って縦断する、整備が行き届いた街道の途上だった。
パチパチと火が燃えて夜闇を払い、張り手が経験不足なせいでやや歪になってしまった天幕を照らす。
森の中とは言え、道の上には木が生えていないもので、旅人たちは銀砂を撒いたような星空を見ることができた。
焚き火を囲むのはノエルとアーノルド。
上手いこと街を逃げ出して、協力してくれた商人から馬を買い、追っ手(居るとするならばだが)の目を眩ませるため街道から少し外れた場所を突っ走った。
疲労困憊した馬は宿場町で捨て値で売り、結局歩いて国境を越え、ようやく二人は人心地付いていた。
シャントメィエとの戦いから二日目の夜のことだった。
「男……っ!?」
倒木に腰掛けて話を聞いていたアーノルドが飲みかけた茶を吹き出した。
ノエルは今、故郷の街を出ることになった経緯を一から話して聞かせているところだった。
「ええ。今は悪魔パワーで紛れもない女の身体にされてますけど、それまでは男でした。
呪いさえ解ければ男の身体に戻る道もあるかなって、まあそういうのも含めて頑張ってまして」
「いや、そうか、そうか、言われてみれば色々と腑に落ちることが……あー……」
酷くショックを受けた様子で、アーノルドは顔を覆う。
「女性を恋しいと思う気持ちを、初めて理解したと思っていたのに……」
「初恋のち失恋ですか。それはなんか申し訳ない……」
「失恋……そうか、これが……これがかぁ…………」
アーノルドは金属製のカップを見つめて詠嘆する。
ノエルの事情を聞いて求婚を諦めただけで、気持ちは全く萎えていなかったらしい。
お互いのためにも早めに説明しておいて良かったとノエルは安堵しつつ、でかい図体を萎ませてしょげかえるアーノルドを見て、何かとんでもなく申し訳ないことをしてしまった気分にもなる。
「まあ、とにかく! 今はこの先どうするかですよ!」
ノエルは誤魔化すように話題を切り替えた。
「う、うむ。そうだな……」
「わたしはこれまでと同じように、悪魔に作ってしまった借りを清算するために、地味な人助けをして回ろうかなと考えてるんです。一カ所に留まることになるかは分からないですけれど」
「そうか。
私は……そうだな。折角国を離れるのだから見聞を広め、物事への考えを深めたい。
今は国を離れているが、たとえ玉座に着かずとも、いつかは王族としての務めを果たす日が来るだろう」
アーノルドはどこまでも真面目だ。
彼は王位争いを収めるため必要だと思ったから逃げ出しただけで、ペクトランド王国を捨てたわけではないのだ。
やがて国と国民に尽くすことを当然と考えている。
と言うか、それ以外の生き方など考えられないのだろう。
「その日のために武者修行をしつつ世界を見て回りたい。
しかし……そのためにも金が要るのだという事実を私はやっと真に迫って理解しつつある……
金というのは意外に早く減っていくものだな」
「うわー。そのセリフむかつきます」
彼は自身の財布を取り上げて溜息をついた。
アーノルドは王宮から支給された小遣い(庶民の感覚からしたら、それは本当に小遣いなのかと訝しむ額だろうとは思うが)を自分で使ったことがあるというだけで、自分で金を使って『生活をした』経験は無かったわけだ。
その辺りの金銭感覚は皆無と言えた。
金持ちではあっても金にうるさい商家の生まれで、冒険者時代は自分の稼ぎで生活をやりくりしていたノエルにしてみればちょっと許しがたいものがある。
「だったら適当に大きい街で冒険者登録しちゃいましょうよ。
旅をするのに色々便利ですし、魔物退治で日銭を得られたりしますし、最悪、路銀が尽きても関連施設で何日かは泊めてもらえたりしますし」
「冒険者か……
魔物と戦って鍛えながら金を貰えるというのは、なかなか悪くないな」
「実力的にはわたしがお荷物になりそうですけど……」
「まさか! 君は戦闘支援要員として充分な実力を持っているように思う。
もし冒険者になった暁には力を合わせて戦っていこうじゃないか」
いっそ、いわゆる『マネージャー』として金勘定で貢献する道があればと考えていたノエルだが、意外にもアーノルドはノエルを高く買っていた。
なんだかくすぐったかった。
「しかし、王族でありながら冒険者になるというのは私くらいではないだろうか」
「いや結構居ますよ。過去だけじゃなく現役冒険者でも何人か」
「そうだったのか? 世界は広いな。
とは言え、私はまさか身分と名を明かして冒険者登録をするわけにもいかぬが、この場合はどうするのが適当だろうか?」
「偽名登録でも問題無いですよ。冒険者ってそういうもんですし」
「……冒険者というものの存在は知っているつもりだったのに、こうして話を聞くとなかなか凄まじい世界だな」
アーノルドは唸る。
王族として生きてきた彼には未知の世界だろう。
「偽名か。何が良いだろうか」
「これ受け売りなんですが、元の名前に似た偽名にすると、呼ばれた時にスルーしにくいんで初心者向きなんだそうですよ。まあ、本名知ってる人にはバレやすくもなりますけど……」
ちなみに出典はリベラであった。
「わたしはノルムっていうのが本当の名前なんです」
「それでノエルと……なるほどな」
「響きとか、頭の部分だけでも似せると効果があるとか」
アーノルドは数秒間考え込む。
それから頷き、手を打った。
「では安直だが、アンディと」
「はい、良いと思います」
アーノルド改め、アンディ。
裏表なく、良い名前だと思ったのだが、彼はノエルの方を見てちょっと苦い顔をした。
何か失礼な言い方に聞こえただろうかとノエルは案じたが、そういうことではなかったらしい。
「なあ、その他人行儀な話し方も変えるべきではないのか?
それでは私が名を変えて身分を隠す意味もなかろう」
「う。それはまあ、確かに……」
「冒険者は身分に囚われぬものだと聞き及ぶぞ」
指摘されてノエルは、声を詰まらせる。
相手が王族と分かってしまっては流石にノエルも遠慮があり、一応それなりの接し方をしていたつもりだ。
畏れ多いというか、あんまり不敬な振る舞いをしていては仮に当人が良くてもいつか面倒なことにならないか不安であるというか。
しかしこの場合、何が正しいかは明らかだ。
訳ありなのだと自ら宣伝して回ることもない。
「……しょうがないか。なら今後は、対等なパーティーメンバーとして振る舞おう」
「うむ、そうしてくれ」
「パーティーか。なんか、妙に懐かしい響きだな」
かつて一度冒険者であった頃のことをノエルは思いだしていた。
パーティー『炎の魔剣』での活動は二年余り。
ノエル……ノルムと他のメンバーも最初から険悪だったわけではない。
ノルムがお荷物としての地位を確固たるものにするまでの短い間、彼らはノルムをなんとかモノにしようと指導してくれた。
冒険者を目指すに至った背景は違えども、共に高み(深み?)を目指す仲間だと思った。必死で勉強して皆に負けないだけの知識を手に入れ、共に冒険の作戦や計画を立てた。楽しかった。希望を持てた。
だからこそノルムは己の力が足りないことを申し訳なく思い、仲間たちのために戦おうと思えた。
その仲間たちももう居ない。
他ならぬノエルが謀り、殺し合わせ、最後は自ら殺したのだから。
仲間と呼べる相手は二度とできることもないと思っていた。
ノエルは拳を突き出す。
「パーティー結成だ。よろしく、アンディ」
「ああ。よろしく、ノエル」
二人は拳を突き合わせ、温かな茶で乾杯をした。
ここまでお読みになってくださいましてありがとうございます!
第一部はこれにて完となります。
他作品を書いたりする予定なので少し間が空いてしまうと思いますが、とりあえず第二部エピソードの構想はありますのでそのうち続きを書く予定です。
どうか気長にお待ちくださいますと幸いです。
もし作品を気に入ってくださいましたら、評価/ブックマーク頂けますと本当に助かります。
よろしければお願いします。




