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【1-3】傾世の美

『……というわけで、パーティーメンバーに殺されかけまして』

『ふむ、なるほどのう……』


 よく考えたらこの状況は何なのかと疑問に思わないではなかったが、美女神シャントメィエを名乗る謎の存在に、ノルムは宙に浮いたままでこれまでの経緯を説明した。


『そもそも、そなたは既に死んでおるぞ』

『……え!?』

『なんじゃ、気が付いておらんかったのか。存外鈍い奴じゃの。

 落下中に気絶して、苦痛を感じる間もなく罠に取り殺されたのじゃろう』


 自称美女神に指摘されたその瞬間、闇が晴れた。


 そこはまるで下水道のような、浅い水の流れる石造りの通路だった。

 じわりと赤く染まった水の上に、赤く染まった布の切れ端や、直視したくない有機的物体が浮かんで、ゆっくりとどこかへ流れ去ろうとしている。

 四角くて縦に長い部屋の天井を見上げると、血まみれの鋭い刃が歯車のように噛み合う機械が頭上に存在し、鮮血を滴らせていた。おそらく、罠の餌食となって上から降ってきた者を切り刻む仕掛けなのだろう。


『なんてこった……』


 宙に浮いたノルムの魂は、自分だった肉片を見て愕然とする。


『じゃが、妾であればそなたを蘇らせることができる』

『え……?』


 その絶望をあっさり肩透かしにされて、ノルムはぽかんと口を開けた。


『本当ですか?』

『神には容易いことよ。じゃがの、そのためには妾の力を受け容れる強烈な意志が必要じゃ』


 面白がるようだったシャントメィエの顔が、不意に厳かで鋭いものとなる。


『問おう……そなたは蘇って何がしたい?

 命の流れに逆らってでも手に入れたいものは、何じゃ?』

『それは……』


 もちろん、蘇って人生を取り戻したいという気持ちは充分にある。

 だがそんな未来への希望は、燃えたぎる怒りを抱えたノルムにとって些末なオマケだった。


『あいつらに復讐してやる。

 俺は……このままじゃ死んでも死にきれねえ!』

『じゃろうな』


 確かにノルムはパーティーのメンバーたちにとって、酷く疎ましい存在だったのかも知れない。

 だが。だとしてもあんまりではないか。罪悪感すら抱きながら、それでもノルムは皆に尽くそうとしていたのに。

 もはやノルムは、申し訳ないなんて気持ちは吹き飛んでいた。


『なれば求めるがよい!

 復讐のための力、妾が授けようぞ!!』


 シャントメィエが掌を掲げる。

 稲妻の如き光が彼女の手から迸り、ノルムを打ち据えた。


『お……おおおおおおおおおっ!!」


 自分という器の中に燃えさかる炎を注ぎ込まれ、満たされていくような未知の感覚だった。

 力だ。それはノルムが求めるだけ、己の中に引きずり込むことができた。

 もっと。これがあれば復讐を遂げられる。そう思って気持ちを昂ぶらせるほどに力は満ちていく。


 高揚のあまりノルムは叫ぶ。

 その声が徐々に甲高く変じていった。


「……お?」

『成功じゃ』


 足下を流れる水の冷たさ。裸足の足の裏に、ぬめった石の感触。

 水気に冷やされた風が吹き抜け、裸身を撫で、長い髪を掻き乱す。

 ノルムは肉体を取り戻していた。


 ただし、何かが妙だ。

 己の身体を見下ろせば、巨大で弾力ある物体が二つ、視界を塞ぐ。


「お、お、お……」

『ほほほ、驚きの余り言葉も出ぬか』

「……おっぱい?」


 己の胸にくっついた物体を軽く持ち上げ、ノルムはか細い声で言った。


「俺、女になってる!?」

『ああ、うむ。妾は女の美を司る神であったからな。蘇らせようにも絶世の美女の肉体しか用意できぬ。ほれ、そなたの姿をもそっとよく見てみるがよいぞ』

「うひゃあ!」


 シャントメィエが指を鳴らすと、水が盛り上がって凍り付き、複雑に彫刻された氷の鏡となってノルムの前に立ちはだかった。


 そこに立っていたのは……一目見ただけで息が止まるような絶世の美女だった。


 ノルムはシャントメィエの面立ちを『理想的すぎて女神像のようだ』と思ったが、鏡の中の美女もまた同じ理由で女神像を思わせる。ただしシャントメィエの高貴で超然とした美しさとは異なり、こちらは稚気と純真さを感じさせるものだ。色付く蕾のような唇に、碧空の色をした目に、ただ魅入られる。

 白くきめ細かな肌は瑞々しく輝くようで、肩から腰に、そして長い足に至る優美な曲線を形作る。

 黄金の穂波を思わせる艶やかで豊かな金髪がかすかな風にたなびいて燦めいていた。


 氷の鏡の中で、美女は羞恥に頬を染め、己を抱くように身をすくめる。


「は、ははは、裸の女の人が」

『これがそなたじゃ。なんじゃ、また随分とウブな反応じゃの。女子おなごの裸を見るのは初めてか。仕方ない、まずは服を着せてやろう』


 シャントメィエが指を鳴らすと、ノルムの身体はいつの間にか白いワンピースを着せられていて最も危険な状態を脱した。


「こうなるってことは先に言ってくださいよ!?」

『聞く前に妾の力を受け容れたじゃろうに』


 このまま死ぬのと突然性転換するのと、どちらがマシかと言えばノルムにとっては後者だったが、だからといって『ハイそうですか』と受け容れられる話ではない。

 こんな大事なことを説明せずに生き返らせたのは大雑把に過ぎる。


 しかしシャントメィエはノルムの抗議などどこ吹く風だ。


『この姿、そなたの復讐にはかえって都合が良いものと思うがのう?』

「と言うと……?」

『今のそなたを見て、元のそなたと同じじゃと気付く者はそうおらぬであろう。

 やからどもに近づくには好都合じゃろ』

「あ、そっか。そういう考え方もあるか」

『そなたには、妾の加護を受けた者に相応しい復讐の道を示そうぞ。

 輩どもに取り入って籠絡し、破滅させれば良いのじゃ』

「そうか、『パーティークラッシャー』やれってのか!」


 シャントメィエの言わんとすることをノルムは察する。

 復讐と言うと己の手によってぶち殺すことばかり考えてしまったが、考えてみれば今のノルムは剣でも魔法でもない恐るべき武器を手に入れたと言える。


 パーティー内で男どもに気を持たせて回ったり、複数人と恋人同士になったり。

 恋愛でパーティーを引っ掻き回して崩壊させる類いの女冒険者を、冒険者たちは侮蔑を込めて『パーティークラッシャー』と呼ぶ。男性の数が圧倒的に多い業界だからこそ、本能に忠実な男どもを玩弄する性悪女が余計に魅力と力を持ち、頻出する問題だった。


 確かに今のノルムは、これまでの人生でノルムが見たどんな女性より美しい姿だ。

 この容貌でジョーたちに取り入って籠絡すれば、後は煮るも焼くもノルムの自由だ。


「あの、厚かましいお願いなんですが生き返らせたついでに神様パワーで俺を強くしたりできません? こう、姿が変わっても能力が変わんないままだと、俺だってバレちゃいそうですし……」


 つまりは別人としてもう一度冒険者になるというわけだが、それで能力が変わらなかったら同一人物とバレるかも知れない。

 それに、今のノルムの力でジョーたちについていくことはできないのだから、パーティーを組むのに遜色ない、同等の力を持つ必要があった。


『欲張りじゃのう。ま、良かろ。欲深い者は好きじゃ。

 そういった施しは妾の本分ではないのじゃが、そなたが真に望むのであれば、多少の魔法力ぐらいは分け与えられようぞ』

「よっしゃ。

 ……やってやる、絶対やってやる……あいつらに……目に物見せてやるんだっ!!」


 シャントメィエは再びノルムに力を注ぐ。

 ノルムの怒りに呼応するように、身体の中を廻る魔力がより鋭く練り上げられていくように感じた。


「お、おお……魔法の力が強まった……?」

『ふむ、まあ、こんなところか』

「……何から何まで本当にありがとうございます。

 このお礼は必ずや。あいつらを酷い目に遭わせた暁には……いや、もっと先かな。

 あなたの立派な神殿を建てておまつりできるよう頑張りますんで!」


 ノルムは深々と頭を下げて感謝を示す。巨大なおっぱいが揺れた。

 神様に対するお礼なんて何をすれば良いのか分からず、ひとまず思いついたことを口にしただけだが、シャントメィエはご満悦だった。


『よきにはからえ。妾の居る場所に人がやってくるなど久方ぶりでな。張り切ってしもうたわ。

 さて、では、妾の力で地上へ送り届けてくれよう。健闘を祈るぞ』


 シャントメィエが軽く袖を振ると、ノルムは上昇気流めいた不思議な風と光に包まれた。

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