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【1-28】夢の果て

 長かった。

 時間にしてみれば半年程度だったのに、主観的には10年ほどが経過してしまったかのようだった。


 グラント商会の関係者であるのだから、ある意味当然という気もするのだが、リベラは怪しい男だった。

 ノエルを探し、何故かリベラとジョーは二人旅。居場所の見当が付いてから街を出たので、ずっと二人でノエルを探していたわけではないが、四ヶ月ほどは一緒に居た計算になる。だというのにジョーにはこの男の本心も手の内も見えない。

 リベラはノエルの情報を掴むため、何か……あまり表沙汰にしたくない手段を使っているらしい様子を度々見せていたが、ジョーはそれにも目をつむり彼の小間使いに徹した。

 とにかくノエルに再会するために最大の手掛かりはリベラに違いないのだから。


 幸いにも宿賃程度の小遣いは貰えた。

 まともに冒険者として活動できず、自分の蘇生で借金を抱えた親にも頼れないので、これは本当に助かった。


 足取りを追い続け、幾度か別人ハズレにも行き当たり、遂に辿り着いたのはペクトランド王国とかいう名前しか知らなかった遠い国。


 ――『仮面の聖女』……街の人々の噂を聞くだけでもノエルに違いない。


 何故ノエルがこんな遠い場所まで来たのかは分からないけれど、ジョーが聞き込みをする限りでは、今度こそ本人アタリという感触だった。

 禁欲的な僧衣めいた服と仮面で隠していても、街中で評判になるほどの美しさ。そして貧しい人々を救って回っているという、優しい彼女らしい振る舞い。


 彼女は何故、街を去ったのか。

 リベラが言う事は本当なのか。

 ノエルに会うことができれば謎が解ける。

 ……いや、それはあくまでもオマケだ。今は何よりもただノエルに会いたかった。


 油断ならぬ目つきの客ばかりが出入りする、裏通りの怪しい宿の一室で、ジョーはじっと待機していた。

 リベラは行き先も告げずにどこかへ出かけている。することもないのでジョーは併設の酒場で酒を一杯だけ引っかけて、そのまま寝てしまっていたのだが、どこかの工場で爆発事故でも起こったのか大きな音がして目が覚めてしまった。


 どこかで半鐘の音がしている。火事でも起こったのだろうか。

 まあ、もし火事になったとしても煉瓦や鉄の建物が多いレストルの街で簡単に燃え広がることは無いと思うが。

 こちらまで被害を受けることはないだろうと思いながら、しかし寝直す気にもなれず、ジョーは細くて汚いゴミだらけの通りを窓から見下ろしていた。


 その時、ジョーは信じられないものを見た。

 掃きだめの如き通りを横切る流星一筋。

 尊き輝きの金色頭。


 思いが募る余り幻覚を見たかとも思ったが、どうやらこれは現実だ。

 何故だか深紅のマント一枚を巻き付けて裸身を隠した美女が、裸足で駆け抜けて行く。

 一緒に二人ほど居たような気もするがそこまで観察している余裕は無かった。


「ノエル!?」


 窓から身を乗り出してジョーが叫んだ、それとほぼ同時。

 重い破砕音が辺りに響き、通りの反対側の建物が半壊した。


「何だ!?」


 夜も尚明かりの途絶えぬレストルの街。

 その明かりにぼんやりと照らされ、のっぺりとした顔と体つきの巨人が立っていた。何故だかヒモのような下着を身につけている。

 その巨大な手は、通りの反対側にある二階建ての建物にチョップのように叩き付けられていた。


「魔物!? こんな街の中に!?」


 知らない魔物だ。もしかしたら魔物ではないのかも知れないが、とりあえず危険な存在であることは確実だった。


 ジョーは部屋の壁に立てかけておいた大剣を手に取った。

 鎧は……着ている時間が無い。兜だけ頭に被って、最小限の荷物を身につけると、にわかに騒がしくなり始めた宿の階段を駆け下りて通りに飛び出した。


 謎の巨人は腕を振り回して周囲の建物を叩き壊し、そこから人を掴み出しては口元へと持って行く。

 ボキ、ゴキ、と太い骨をへし折り噛み砕く嫌な音がジョーの所まで聞こえてきた。


「くそったれ! 何だよ、何なんだよこれは!!」


 巣穴に水を流し込まれて逃げ出すアリのように、人々が通りを逃げ惑う。

 その流れにを率いるように走りながら、ジョーはノエルの姿を追った。

 彼女の後ろ姿はまだそこにある。夜陰を透かして美しい金髪の輝きが見える。


 なんだか分からないが、やるべきことは単純だ。

 ノエルを探さなければ。そして助けなければ。ついでに自分も助からなければ。


「おい、そこのあんた! ちょっと助けてくれ!」

「何?」


 兜と剣のみという半端な格好で疾駆するジョーを呼び止める者があった。


 老婦人が崩れた建物の下敷きになっていて、それを彼女の夫らしい老爺が助け出そうとしていた。

 固められた煉瓦の壁は重く、老人の力では動かせそうもない。

 謎の巨人は少々大雑把に街を襲っているらしく、彼らは何故か食われずに済んだようだ。

 とは言え、巨人が戻ってきたらどうなるか分からないが……


 ――それどころじゃねえ……! 俺はずっと彼女を探してきた! 今を逃すことなんかできない!

   俺が助けたいのはノエル一人だけだ!


 立ち止まったのも一瞬。ジョーは老爺に声すら返さなかった。

 前方の交差点を曲がって消えたノエルの姿を、見失う前に追わなければならなかった。


「おい、あんた……!」


 声もすぐに届かなくなる。

 辺りに人は沢山居るのだから誰か他に暇な者が助ければいい。


 ノエルが消えた方へ交差点を曲がると、またもや前方で曲がり角へ姿を消すノエルの後ろ姿があった。

 奇妙なことに彼女は巨人から逃げていない。

 むしろ先回りでもしようとしているかのようで。


 ――何をしているんだ、ノエル!


 当然ジョーも後を追う。裏通りを抜け、少し太い道に至る。

 辺りには部屋数が多くていかにも安っぽい集合住宅が建ち並ぶ。雰囲気からするに貧民街……もしくはその一歩手前という界隈だ。


筋肉マッソウ!』

「うわっ!」


 巨人が建物の並びをぶち壊しながら走ってきて、ジョーの前方のアパートに頭から突っ込んだ。

 デタラメな暴れぶりだ。


 眼前にて繰り広げられる破滅的な破壊。

 だが、ジョーはその視界に、遂に希望を見いだしてもいた。


 ――ノエル……!!


 巨人の向こう、通りを二ブロックほど進んだ先にノエルの姿がある。

 そう、間違いない。そこに居るのは確かにノエルだった。


 この場に至るまでの苦難が思い起こされ、ジョーは感慨にふけりそうになる。

 だがそのような悠長なことをしている状況ではない。

 すぐそこに探し求めたノエル。

 さらに近くに巨人。


 巨人は何が目的なのか、集合住宅を突き崩しては人をほじくり出すことに熱中している。

 足下を駆け抜ければ……ノエルの所に行ける!


 ジョーは意を決して走り出した。

 半壊した建物の残骸や、散らばった生活雑貨を掻き分けるように。

 巨人は気が付いていない。

 そこにノエルが居る。ノエルが!


『モケケ、モケケケ、モケケケケ! 3時!!』

「……は?」


 調子の狂った底抜けに間抜けな叫びがジョーのすぐ傍で上がった。


 誰が作ったか知らないが、崩落した安アパートの瓦礫の中に混じってい転がっていた低級な時報使い魔(何故か魚の生首を模した奇抜なデザインだ)が、午前3時丁度をお知らせしていた。ジョーの隣で。

 夜間だからか静音のための猿ぐつわを噛ませてあったようだが、それは放り出された拍子に外れてしまったらしく、生首を支えるバネ部分にぶら下がっている。


 けたたましく時を告げる使い魔の声を聞いて、巨人がゆっくりとジョーの方を向く。

 時報の声に反応してのものだったようだが、こちらに振り向いたことで、巨人は完全にジョーを認識していた。子どもが土を捏ねて作った人形のような不気味な顔が、ジョーを見下ろしている。


「嘘だろ……」

『3時!!』


 最悪のタイミングだった。

 あと数十秒、ジョーがここを通るのが早いか遅かったら。

 いやそもそも時報使い魔(こんなもの)がこんな場所に無かったら。


マッ……ソウ――ッ!!』


 巨人が奇声を上げて両腕を振りかぶる。そして振り下ろす。


「う、うわあああああっ!!」


 盾にするように大剣を構えたジョー。

 それしかできなかった。今、ジョーは鎧すら着ていない。


 地の果てまで吹き飛ばされそうな強烈な衝撃。

 引き延ばされた時間の中で全身が潰れていく感覚。

 そしてすぐに何も分からなくなって、ジョーの意識は断ち切られた。

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― 新着の感想 ―
ジョー君…良かったね、この神すら侵食される筋肉(ギャグ)時空で、綺麗(シリアス)なまま死ねて…。
[一言] あっさりプッチリ( ˘ω˘ )
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