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【1-21】筋肉尋問

 一般的な王国は、王の下に『諸侯』と呼ばれる大領主が付き、それぞれの諸侯の家臣が街や村などを預かる小領主として民を治める形になっている。

 だいたいの街には、街を治める領主の居城が存在し、このレストルにおいてもそうだった。


 その城の地下。地下牢の如き閉塞感のある石の部屋にて拷問が行われていた。


「吐け! 貴様は殿下とどういった関係だ!?」


 家臣の城たるこの場を借りて、ルーヴォー伯爵自らが尋問を担当する。

 それほど緊急かつ重要な事態であるとも言えるだろう。


 なお被虐者であるノエルは鞭打たれるわけでもなく、水を口に流し込まれるわけでもなく、ひっきりになしに石床を叩く鞭の音を聞きながらスクワットをさせられていた。

 わざわざトレーニングウェアに着替えさせられた上で。


「この筋トレ必要!?」

「やかましい! 次は腕立て伏せじゃ!」

「ウェアの胸、きついんですけど!?」

「それが限界のサイズじゃ!」


 珍妙な拷問ではあったが、すぐ近くで鞭がビシバシ鳴っているようでは休めない。

 トレーニングはギリギリ可能な回数をこなすのが丁度良いのだと聞く。終わりの無いトレーニングはただの肉体を破壊する拷問だった。

 上下運動によって豊満な胸部が無駄に揺れ、靱帯が傷ついては悪魔の呪いで再生する。


「動きが鈍ってきたか。おい、プロテインを飲ませろ!」

「はっ」


 ノエルが疲弊してくると、騎士たちがノエルを拘束し、無理やり口を開かれて謎の液体を流し込む。

 窒息しないためには飲み込むしかない。無理やり上を向かされていたノエルは液体が鼻に逆流しそうだったが、むせそうになりながらもどうにか飲み下した。


 ――うげ……甘くて飲みやすいのになんか妙な吐き気がこみあげてくる……

   これ本当にただのプロテイン? なんかヤバい薬とか混じってない?


「さあ筋トレ再開じゃ! 運動できることに感謝して筋肉の悲鳴を聞けぇ!」

「やっぱこの国おかしい!」


 ノエルの悲鳴も虚しく鞭の音の間隔が徐々に短くなり、腕立て伏せは徐々にペースアップする。

 珠の肌を汗が滴り、無骨な石の床に流れ落ちる。胸部が! 揺れる!!


「も、もう限界……」


 足がガクガクになってきてもはや動かず、ノエルは膝を突く。

 その途端、何か尖ったもので頭をつつかれた。


「いたた!? あだだだっ!」


 石の地下室には似つかわしくない気もする、騒々しい羽音と鳥の鳴き声が響く。

 振り向けばそこには、敵意を剥き出しにした赤い羽根の鳥が居てノエルにたかっている。

 伯爵のお供の騎士が仰々しく刺々しい装飾の鳥籠を開け放っていた。


「鳥!?」

「ふはははは! ここに居る鳥の魔物どもは、『筋トレをしていない人』を嫌い攻撃するよう調教してあるのだ!」

「普段何食ってたらそういう発想が出るんですかねえ!? プロテインか!?」

「こやつらについばまれたくなかったら筋トレを続けるしかないぞ! ふははは痛え!」

「ああっ、筋トレをしていない人が!」


 説明に偽りなく、鳥の魔物は伯爵の頭を啄み始める。

 よく見れば伯爵のお供として尋問もしくは拷問を補佐している騎士たちは、自分たちもスクワットをしたり空気椅子の構えを取って鳥の襲撃をしのいでいた。


 仕方なく伯爵もスクワットを始めた。


「フゥ……ヒィ……」

「無理してません!?」

「おのれ、貴様に掛けられる情けは無いわ!」


 いかにも歴戦の老騎士という風情を漂わせる彼だが、流石に筋トレをしながらの尋問は年齢的に苦しいようだった。


「さあ次は踏み台昇降だ! 笛の音に合わせて! 運動始め!

 心洗われる筋肉の躍動を感じて悔い改めよ!」

「ひいいーっ!」

「殿下はどこに居る! 隠すとためにならんぞ!

 具体的には置き台無しでバーベルを持たせるぞ!」

「知らないものはっ、ひいっ、知らないんですってぇ!」


 拷問騎士が鞭を振るいながらホイッスルを吹く。

 スクワットでガクガクになった足から、さらに何かが搾り取られていく。

 上下運動によって豊満な胸部が無駄に揺れ、靱帯が傷ついては悪魔の呪いで再生する。


 ――やり方は珍妙だけど、苦痛を与えつつ頭の働きを鈍らせるという意味ではアリなのかも知れない……!

   でもこのままじゃ責め殺される!


 思えばこれは直接的な攻撃を加えないだけ(この国の基準では)マシな尋問手段なのかも知れないが、それはこの場合あまり慰めにならない気がする。


 そして踏み台昇降が100を数えた時だった。


 鞭の音でも笛の音でも、自分の足音でもない。

 何か柔らかくて軽い物体が床に落ちる音をノエルは聞き咎めた。


「ん……?」


 ふと傍らの床を見れば、地上へ続く通気口から降ってきたと思しき、張り子の紙を小さく固めたような手のひらサイズの、導火線から火を噴く何か。


 こんな場所で見るはずがない、しかしノエルにとっては見覚えがある物体だった。


 ――ウチの仕事で使う催眠煙幕弾!?


 グラント商会で『裏の仕事』を担う者たちが使うアイテムだ。

 お抱えの錬金術師に作らせている特別製の逸品で、同一品が市場に出回っているという話は聞かない。


 騎士たちも一瞬遅れて、投げ込まれた物体に気が付いた。


「む? なんだこ……」


 伯爵が『れ』を言うより早くそれは爆発し、地下室いっぱいに白煙をぶちまけた。

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