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【1-2】拾う神あり

 迷宮都市ラッヘル。


 空から見れば、具材をたっぷり載せたアップルパイの中央を丸く切り抜いて石の砦を建てたようにも思えるこの街は、『ラッヘル穿孔経路』というダンジョンを擁する。

 地下数十階層にも及ぶ、危険に満ちた大迷宮には、地の底より湧き出る魔物たちが闊歩する。


 そのダンジョンに挑むのが、街に集う冒険者……『迷宮探索者ダンジョンエクスプローラー』たちだ。

 彼らは魔物を駆除し、どこからともなくダンジョン内に現れる宝物を持ち帰り、日々の糧を得ている。


 ダンジョンの魔物を駆除して、地上への侵攻を阻止することは、全人類の生存を保証する上で必要な戦いだ。

 だがそれだけではなく、冒険者たちが持ち帰る品々は人々にとって恵みとなり、冒険者を相手にする商売人たちもラッヘルに集う。

 闇との戦いを日常とし、危険と紙一重の繁栄を享受する。それがラッヘルの姿だった。


 その街の歓楽街の中でも、酒一杯の値段が最も高いであろう店。

 『蛇竜のアギト』亭の奥まった個室に二人の男がいた。


 悪趣味と紙一重の高級さに満ちた深紅の部屋で、白い毛皮を掛けた椅子にどっかりと座り込む男の名はデニス・グラント。

 黒々とした髭を蓄え、引き攣れたような傷跡の残る頭を剃り上げた彼は、このラッヘルの街でダンジョンに関わる商売を多岐にわたって展開する『グラント商会』の長である。

 ただし、そういった表の顔だけ知っていてもデニスの半分も理解したことにはならない。

 グラント商会の本質はマフィアに近い。商会なんてものは大抵、利益のためならあくどい真似をするものであるが、グラント商会はそこから更に踏み込んで密輸や非合法品の売買にも手を染め、時には自ら手を下して邪魔者を抹消することさえある。

 デニスはこの街の()()も、名実ともに支配する男であった。


 どう考えても二人では食べきれない量の料理を挟んでデニスと向かい合う、どこか貧相な雰囲気の男の名はフレッド。

 元はこの街で迷宮探索者ダンジョンエクスプローラーをしていた冒険者で、引退した今は冒険者相手に種々のアイテムを売る商売をしていた。


 デニスとフレッド。年齢は近くとも社会的地位では大きな開きがある。

 そんな二人だが、デニスが親から商会を継ぐ前に、当時冒険者だったフレッドは幾度か個人的な依頼で助けとなったことがあり、その縁が今も生きていた。


 給仕が二人のグラスに酒を注いで下がると、二人は赤く染まったグラスを傾ける。


「いやはやどうも、お疲れ様です」

「ノルムはよくやっとるかな」


 この酒席の払いを持つデニスが真っ先に聞いたのは息子のことだ。

 『昔なじみ』である二人の息子同士もまた、同じパーティーで冒険者として活動する間柄だった。

 フレッドの息子であるジョーがパーティーのリーダーで、そこにデニスは息子のノルムを預けている。


「うちの息子には勿体ないくらいですよ。先日のパーティー対抗戦はご覧に?」

「残念ながら仕事が忙しくてな。ノルムは真っ先にやられてしまったと聞いたが」

「あれは相手パーティーの判断が的確だったのです。

 息子のパーティーはノルム坊ちゃんを崩せばどうとでもなると判断したようで、それで真っ先に」


 フレッドはデニスとの縁でそれなりに利益を得ており、引き換えにある程度の面倒を負わされている立場だった。

 デニスにしてみればノルムの件は『面倒事』としてフレッドに押しつけた立場だが、彼はお世辞でもない様子で熱っぽくノルムを褒める。


「敢えて忌憚なく評価を述べますが、坊ちゃんは確かに、魔力を操る能力そのものは未だ並以下と言えるでしょう。ですがそれをカバーする技術と判断力が素晴らしい。

 本来継続的に付与する強化バフ魔法を瞬間的に集中することで、実力以上の強化バフを可能にしているのです。

 味方の攻撃と防御の瞬間を見極めねばこんなやり方はできません。曲芸のようなやり方ですが、上手く使えれば強力です」


 フレッドの賛辞を聞いて、デニスはまあまあ悪くない気分だった。

 自分の作品を褒められている時、芸術家はこういう気分なのだろう。

 別にノルムがパーティーのお荷物になっていようと、ノルムにとっては利益になるのだから知った事ではないが、貢献できているのなら何よりだった。


「残念ながら数字的な評価はしにくい技術なのですがね。それだけじっくり味方を見ていると自分の戦いはおろそかになりますし。

 ですが立派に等級以上の活躍をしておいでです。対抗戦を見て確信しましたよ。息子のパーティーが早くも地下十階まで行けたのは、坊ちゃんのお力でしょう。

 なに、冒険者は戦うほどに成長するものですからな。魔法の実力もやがて伸びることでしょうとも。

 長じればこの街を代表する冒険者になるやも知れません」

「ははは、お前が言うなら確実だな。

 ……喋ってばかりでは料理が冷めるな、そら、食え」

「ではお言葉に甘えて……」


 フレッドは会釈のように礼をして、とろみのあるスープで煮込んだ雛鳥の肉を食べ始める。


 ノルムは、デニスやグラント商会のことをあまり好ましく思っておらず、なるべく早く独立したいと考えている様子だった。

 冒険者になると言いだしたノルムに、それを許可する条件としてデニスが申し渡したのは、旧知フレッドの息子のパーティーで修行を積むこと。そこで一角ひとかどの成功を収められれば、独立して冒険者として生きることを認めてやる、という約束だった。


 デニスは冒険者ではないが、冒険者を相手に商売をする者として、その仕事を把握している。

 経験の浅い冒険者は往々にして、無知と無謀によって死ぬのだと。

 その点、腕利きだったフレッドが後見人となるパーティーなら問題は無かろうと見込んでノルムを預けたのだ。


 デニスは家族が相手だろうと大して情を抱かない種類の人物であったが、それでも血を分けた子どもたちにはいくらか目を掛けていた。

 生きるも死ぬも自由だし、自分の邪魔になるようなら排除するが、成功への道筋だけは整えてやる。

 それは情よりも、義理とか筋と言うべき領域の話だ。


 デニスも山と積まれた、肉汁に浸して焼いたパンを手に取って食事を始めようとする。

 その一口目の直前だった。


「旦那様!」

「どうした」


 商会の番頭格である巻きひげのドワーフ・ドドムゾルが、個室の扉を蹴破るような勢いで押し開け、血相を変えて飛び込んできた。


「し、報せがありまして、ノルム坊ちゃまが、迷宮で……!」

「何……?」


 むしろデニスよりも、声も無くグラスを取り落としたフレッドの方が動揺していた。


 * * *


 落ちていく。落ちていく。

 無間の闇の中へ、ノルムは落ちていく。


 ――なんでだよ……なんでだよ……!

   いつもいつも申し訳ないと思いながら死ぬ気で努力し続けたんだ!

   このままじゃいけないと思って少しでも皆の力になろうとしてた!

   なのに、どうして! こんな目に遭わなくちゃならない!?


 死の影を感じながら、数瞬か数秒か。

 後悔。未練。そして、やり場の無い怒りにノルムは焼かれていた。


 ――嫌だ、死にたくねえ! 俺にはまだやれることがあるはずなんだ!

   どうして! どうして! どうして! どうしてこうなった!!

   あいつらっ、許さねえ!! 確かに俺は迷惑だったかも知れないさ! だからって! こんな、こんな仕打ち……!!


 心の中で繰り返される叫びにも応える者など居ない。

 ……いや。


『ほう……許さぬ、と申したか』


 居た。

 怪しくも奥ゆかしい女の声が、闇の中に響いた。


 無限に落ちていくと思われたノルムは、気が付けば闇の中にふわりと浮かんでいた。

 ぼんやりと亡霊のように光を放つ女がノルムと向かい合っている。

 ドレスともローブとも言い難い黒衣を纏った絶世の美女だ。

 女神像の如き理想美の極致と言うべき神秘的な顔立ち。

 その肌は雪のように白く。

 その唇は血のように赤く。

 波打つように色を変える長い髪に、複雑な形をした黄金の簪が挿してある。


『……どちら様?』


 呆気にとられてノルムが聞くと、彼女はゆったりと布がだぶついた袖口で口元を覆い、何がおかしいのかころころと笑った。


『妾の名はシャントメィエ。

 いにしえの昔には美神と崇められ、今はこの迷宮の片隅に封じられし者なるぞ』

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