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【1-18】追跡者

 ノエルがペクトランド王国にてアーノルドと出会うより半年ほど前。

 迷宮都市ラッヘルにて……


 * * *


 やあ、見かけない顔だな。

 そんなピカピカの冒険者証をぶら下げてどこへ行く?


 見たとこ、君は冒険者になったばっかりって雰囲気だが……

 へえ、そうか、そんな遠いところから遙々ね。

 冒険者になるためこの街に来るのはいい選択だったと思うぜ。ダンジョンの相手をするなら経験も積みやすいし実入りも良い。その分競争も熾烈なんだが、まあ、何とかなるさ。


 まだラッヘルには不案内か?

 冒険の準備をするなら、この通りの店で必要なものは大体揃うよ。軍資金が無いなら装備はギルドからも借りられるが、お薦めはしないね。誰が被ってたか分からない汗臭い兜で冒険する趣味があるなら止めないが。

 宿は? もう決まってるか。ならいい。新人冒険者をその辺で呼び込もうとする宿もあるが、ちゃんとギルドを通して決めた方が良い。制度上でも、宿の質でもな。


 ……そうか、パーティメンバーを探すのか。ならまずそこのメンバー募集掲示を見るのが早いだろう。

 君と同じような冒険者が仲間を探してる。


 何? あいつに声を掛けられたって?


 そうか……あいつにはあんまり関わらない方がいいぜ。

 ありゃ『無謀者』のジョーって奴だ。

 あいつのパーティー、一時はかなり調子が良かったんだよ。それがメンバーを一人失ったのが運の尽きでな。無理な探索であいつ以外全員が死んじまった。

 ジョーも一旦死んだんだぜ。……そう、神殿での蘇生な。でもあんまり期待しない方が良いぜ。死体が回収されるとは限らんし、成功率も高いとは言えないからな。何より金が掛かる。死なないのが一番だ。


 っと、話が逸れたか。

 あいつはパーティーメンバーを失って以来、一人ソロでダンジョンの浅い階を荒らしては糊口をしのぎつつ、またパーティーを持とうとしてるんだ。

 でもな、冒険者ってのは不安定な仕事だからみんなゲンを担ぐし、無理をしてパーティーを全滅させた前科がある奴に付いていこうって奴はそう居ねえ。だからあいつ最近は何も知らん新人に狙いを絞ってるみたいでな。


 いや、それが素行も悪くって、色々と危ねえ噂があったんだ。

 具体的に言うのはちっとな……こんな場所では言いにくい話だから。あいつのパーティーにとんでもない美人が所属してたことがあるんだが、その事で……

 はは、興味津々って顔だな。有名な話だから夜になったら酒場で適当な酔っ払いに酒でも奢ってやりゃ聞かせてくれるだろうぜ。

 あいつもパーティーを失ってからは大人しくしてるみたいだが……いつまでその調子でいるか分からんよなあ。


 ま、あいつはまだ良い方だぜ。冒険者を引退したって親父の店を継げるんだろうから。

 あんな風にはなるんじゃねえぞ。


 * * *


 もし人生に道なんてものがあるのだとしたら、ジョーは明らかにどこかで道を踏み外して、歩きにくくて楽しみも無い、果ての無い藪の中に突っ込んでしまった。


 ――人生って、何だ。


 ダンジョンに入れる時間いっぱい、一人で倒せる魔物と戦い、クズのような魔石を掻き集めて日銭を得る。それが今のジョーの人生。

 それでも冒険者であることに縋り付き、またパーティーを持つことを求めている。

 半分は、意地のようなものだった。今更地下六階を見に行ったところで何も分からないだろうし、もしノエルがダンジョンで助けを待っていたとしても今頃とっくに死んでいるはず。

 だが、全てを失ったあの日のことを忘れるには、未だ時間が足りなかった。


「ただいま……」


 冒険者の数が多い表を避けて、ジョーは裏口から父の経営するアイテム屋兼自宅へ帰る。

 するとキッチンの食卓を挟んで、父と、見知らぬ老人が座っていた。


「おお、ジョー。帰ったか。

 お前に客だぞ」


 狼のように油断の無い目つきをした老人が立ち上がり、会釈をする。白髪頭からすると結構な歳だと思われるが背筋がピンと伸びていた。


「はじめまして。私はグラント商会にて迷宮調査室室長を拝命しております、リベラという者です」

「グラント商会の……?」

「今日は借金の話じゃないぞ。お前に聞きたい事があるんだそうだ」

「すみませんがフレッド様は席を外していただけますかな。ご子息と二人で話がしたい」


 依頼の形式を取ってはいても、実質的には有無を言わさぬ命令だった。

 フレッドはジョーに向かって頷き、店表の方へ出て行く。


 後に残されたのは、何が何やら分からないジョーと、どう見ても只者ではない老人だ。


「その……」

「あなたが死んだ日、地下六階では何がありましたかな?」


 ジョーは、心臓が止まるかと思った。


 * * *


 それから結構な長い時間を掛け、ジョーはあの日の出来事を余すところなくリベラに語った。


「これが……俺が知ってることの全部です」

「なるほど……」

「みんな、蘇生による記憶の混乱だって言って……

 確かにロナルドは死んでいました。俺も葬儀の前に死体を確認しました。でもおかしいんですよ。地下六階でのあの戦いが幻だとは思えない」


 状況は奇妙にねじくれていて、ギルドの調査でもジョーの記憶は何らかの間違いとされた。

 だがジョーは忘れられなかった。

 この記憶だけが自分とノエルを繋いでいるような気がしたから。

 そして今こそ自分の前に、全てを紐解く鍵が現れたかのように思ったのだ。


 溜め込まれていた鬱憤を全てぶちまけるかのようにジョーの口は全てを語っていた。

 リベラはそれを疑っている風でもなく、しかし驚いた様子も無く聞いていた。

 そしてジョーの長い話が終わると、一言。


「単純な話です。全ては現在行方知れずになっている、ノエルなる女の仕業」

「は……?」


 ジョーは自分の耳とリベラの頭を同時に疑った。


「彼女はあなたたちに四人に、おそらくそれぞれ別の都合の良い話を吹き込んで同士討ちさせた。

 そして最後に残ったロナルドを自らの手で殺め、全員の死体を奈落へ投げ落としたのです。

 『耳なし回廊』は地下十階まで続く吹き抜けを囲んでいる。そうですね?」

「ちょ、ちょっ、と待って下さい。

 なんで……ノエルがそんなことをしなきゃならないんですか」

「私はそれを知るために来たのです」

「意味が分かりません。だって、ノエルは……」


 ノエルは。

 まあ確かに自分に寄ってくる野郎どもにうんざりしてはいたかも知れない。

 しかし彼女に三人を殺すほどの理由があったというのか。

 もちろんジョーのことも。

 百歩譲って、いや千歩譲って、バーンズが言う通り彼女がジョーを嫌っていたとしても、殺されるほどのことをした覚えは無い。

 優しい彼女が人を殺めるだなんてこと自体、信じがたいが……


 ジョーの様子を見てリベラは何事か考えている様子だった。


「……これは本来部外秘なのですが。

 彼女らしき女がメリダ港より偽造旅券で飛行船のチケットを取り出国したという情報が」

「えっ!?」


 ジョーは飛び跳ねるような勢いで立ち上がる。


「ノエルは生きているんですか!?」

「足取りは掴めておらず、確証もありませんが……おそらく」


 萎れていた花が水を得て艶めくかのように、ジョーの総身に力が満ちた。

 ノエルが生きている、かも知れない。ただそれだけのことでジョーは、色褪せていた人生に光明を得たかのように感じた。彼女が最後に自分を頼ってくれたことは、ジョーにとって人生最後の希望だった。


 今すぐにでも彼女の所へすっ飛んでいきたいと思った。

 だが行方は知れないし、ジョーにはそれを追いかける力も無い。そもそもそんなことをする金も無い。

 しかしジョーはノエルのためならば形振り構わない。解決策は、すぐそこにあった。


「あなたは……グラント商会は、ノエルを探しているんですよね。

 お願いです、俺も一緒にノエルを探させて下さい!」

「はい?」

「ノエルはこの街へ来てすぐ冒険者になって、それからずっと俺と一緒に居たんです。

 俺はこの街の誰よりも彼女のことを分かってます! 役に立つはずです!

 お願いします! 彼女に……もう一度会いたいんです!」


 ジョーは食卓に頭をぶつけて、ティーカップが揺れた。


 事情はよく分からないが、グラント商会はノエルを追っている。

 だとしたら、ノエルを見つけるにはそこに付いていくのが最善手だ。


「あなたは間接的に彼女に殺されたようなものですよ? それでも彼女に会いたいと?」

「……なら、尚更。どうしてノエルがそんなことをしたのか……俺から彼女に聞きたいんです」


 未だジョーは半信半疑。

 ノエルがそんなことをするはずないと思いつつ、もし本当にノエルがあの事件の黒幕なのだとしたら、理由を知りたいという思いが強く強く存在した。


 食卓に頭をこすりつけていたジョーが顔を上げると、リベラは狼のように油断の無い目つきで、値踏みするようにジョーを見ていた。

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