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【1-17】お勤め

「むかーしむかし、ほんのちょっとだけ昔。

 わたし、遠くの国で殺されかけたんです。と言うか殺されました」

「それはまた物騒だな。しかし、では何故、今生きている?」

「ちょっと悪魔と契約して生き返りました」

「……なんだそれは」


 廃材を継ぎ合わせたようなアバラ家通り、鈴なりの洗濯物を掻き分けながら二人は進む。

 その後をきゃいきゃいとはしゃぎながら子どもたちが付いてくる。


「言葉通りの意味ですよ。悪魔に半分騙されて……でも確かにわたしが望んで蘇りました。

 そしてわたしは、わたしを殺した人々に復讐しました。

 ……間接的に三人、直接的に一人、殺しています。それも、悪魔の力を借りて。

 つまりは邪術師……魔女なんですよ、わたし」


 腰痛を長く患う老人のもとを訪問し、工場労働で片腕の肘から先を失った少年を見舞う。

 いずれもノエルには既に見知った顔だ。


「わたしは悪魔の力を望んだせいで、悪いカルマを魂に積んでしまったそうなんです。

 で、これを生きてる間に浄化しとかないと死んだ時に地獄行きだそうなので、こうやって善行を」


 青空教室めいた塾を訪れ、講師役の老爺と立ち話をする。

 普通の学校に通っていられない子どもたちに勉強を教える彼もまた、篤志家だ。


「自分がした事の罪滅ぼし、というわけか?」

「いえ……少し違います。わたしは必要だと思ったから復讐をしました。そのことは後悔してません。

 だけどその結果として悪いカルマになるなら、その分の辻褄を合わせることまで含めて、復讐をする覚悟ってものだと思うんです。

 だからわたしは、自分の罪を精算するべくお勤めに励んでいるわけですね」

「なるほど。それが善い生き方か悪い生き方かは分からないが、強いな」

「そう、でしょうか」


 子どもたちが地面に描いたいくつものマルの上を、ノエルは彼らと一緒に飛び跳ねる。

 暴力的な胸部が揺れ、未だ思春期未満の少年たちの何かが目覚める。


「まあ、カルマを消化しちゃえば呪いを解く手立てがあるかもって話も小耳に挟んだので、それも含めてやってるんですけど」

「なるほど」


 一通りのお勤めを終えたら、ノエルは表通りにやってくる。

 擦れ違う人々は誰もが振り返る。『仮面の聖女』の名声がそれだけ広まっているのか、単に仮面とローブでは隠しきれない美しさのためか。


「ただ、わたしは悪魔の力を借りる度にまた悪いカルマを積んでしまうらしくって、この美貌や……あと魔力の限界突破とか、衣装チェンジ能力なんてのもあるんですけど、そういうのは私利私欲のために使えないんです。

 積まれるカルマと浄化されるカルマが釣り合う人助けの時くらいしか」

「それで仮面か」

「もしこの顔で誰かを魅了して、うっかり自分のために動かしてしまったら、またちょっと天国が遠くなっちゃうので」


 僅かな謝礼と内職の収入で医薬品を買い、ついでに食料も調達する。

 行きつけの店の人々は、ノエルのことを知っているので、だいぶオマケをしてくれる……それでも金銭的に苦しいので買い物には気を遣うが。


「単にいろいろ面倒があるから、って理由でもあるんですけど。何しろ災厄を招く美貌ですんで」

「なるほど……」


 王族らしからぬ事に、アーノルドはノエルの荷物を自ら持った。

 紳士だろうか。それとも、カカシのように両腕を広げて荷物を吊しているので筋トレがしたかっただけだろうか。


 * * *


「すまんな、いつもの薬ぁ切れてんだよ」


 数多の薬草の香りが渾然一体となった薬屋にて。

 薬箪笥の前に座った干物のような老人が言う。この店もノエルの行きつけだ。


「そうですか……でも、なんで?」

「材料が入ってこねえ。ありゃチェスタム侯爵領から材料仕入れてたんだよ。

 ……知らんかね、王位継承争いのこと。

 チェスタム侯はヨルド公側で、うちんとこの伯爵様は王子側だ。これから戦争する相手に薬を売る奴はおらんだろ」

「ちょっ……待ってください。この国そんな物騒なことになってんですか」


 店主はさらりととんでもない事を言った。

 領主が違うとは言えど、同じ国の中のこと。

 それが、戦いを考えて品物を売るの売らないのという話になっているのは異常事態だ。


 ノエルは呪いによって他人を魅了してしまわぬよう、なるべく人を寄せ付けずに暮らしている上に、新聞を買うような金も無いので、ぶっちゃけ世の中の動きには疎かった。しかも居住歴一年にも満たないもので、この国の事情はよく分かっていない。

 今現在、このペクトランド王国には王が居らず、誰に王位を継がせるかで揉めているらしいという程度の話は聞いた覚えもあったけれど。


「元から火種はあったんだろうが、火ぃつけたのは王宮だな。

 陛下がお隠れになって廷臣方がまずやったのは、護岸工事のことに難癖付けてヨルド公のサイフに手ぇ突っ込むことだったんだから。

 動きを封じるのが目的だったんだろうが、いくらなんでもって話だぜ。

 そこまでされて黙ってたらヨルド公も示しが付かない。お互い、武力をちらつかせて駆け引きの材料にするようになってな。

 で、まあ当のヨルド公に内戦までやる気があったかは知らんが、周りの連中や下々の者はどんどんやる気になっちまった。

 今度火花が飛んだら、間違いなくドカンだぜ。次の王様が決まるまでに一滴も血が流れなかったら奇跡だ」


 薬師の老人は、薬箪笥の空っぽの引き出しをひっくり返して振りながら、うんざりした調子で説明する。


 王様なんてのは継承の順位が決まり切っていて、その順番に従って粛々と玉座に着くものかと思っていたが、それで済んだら世の中には王位継承争いなんて起こらない。少なくとも、このペクトランドでは争う余地があるようだ。


 まさかその争いの片方の当事者が店のすぐ外にいて、しかも荷物持ちをさせているなんて事は口が裂けても言えぬ。

 それにしても何故そんな渦中の王子がこんな場所で死にかけていたのかという話だが。


「……王子様も大変ですね」

「まあな。だが殿下にそれだけ求心力が無いってのも問題だろうよ。そのせいで国を割る騒ぎになってるんだ。

 先王陛下は幼少のみぎりより神童の誉れ高く、王子時代は文武いずれも実績を上げられた。ご即位には国中から祝福され、王位継承に文句を付けられるような奴は一人も居なかった。

 俺だってこの国はこれから良くなると期待が持てたし、実際そうなったね。

 比べるとアーノルド殿下は……どうもなあ。パッとしねえっつうか」

「アーノルド……殿下か……」


 言葉にし難いモヤついた気持ちをノエルは感じていた。

 そして同時に、何とも言い難い厄介事の気配も。

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