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【1-16】聖女が街を行く

 レストルは、ペクトランド王国ルーヴォー伯爵領の外れに位置する都市である。

 

 周辺は農地ばかりが広がる静かな土地であるが、この街の中心にはまるで背の低い塔みたいな外見の、古代文明の遺物たる魔力生成炉ジェネレーターが鎮座している。

 魔力生成炉ジェネレーターがある街には、その魔力資源を求めて街が築かれるものだ。レストルもつまりそういう街であって、街の一角には髪の毛の代わりに真鍮色のパイプを生やした化け物みたいな工場が並んでいる中規模の工業都市だ。魔動機関の反応により発生した蒸気が狼煙のように噴き出している。

 何を作っているのか、実は特に何も作っていないのか、ノエルはよく知らない。


 働き口を求めて人が集まる街だが、その誰もが豊かな生活を送れるわけではない。

 煌びやかな表通りからも、長閑な住宅街からも追いやられた人々が、掃き集められたゴミのように身を寄せ合って生きる者たちがある。ひたすら安いだけの狭い部屋が連なる集合住宅と、その隙間に。


「……若い女性が一人で訪れるような場所ではないな」

「若い女性だって住んでますよ? 歩き方を知ってれば、別に無条件に危険ってわけでもないです」


 少々尻込みした様子もあるアーノルドだが、ノエルは実家が実家なので、都市に潜む危険など概ね心得たものだ。


 どことなく万事投げやりな雰囲気の通りにノエルが足を踏み入れると、道端の屋台商人や、洗濯物を抱えて歩く女たちが囁き合い、冒しがたく尊いものに対する畏敬の視線が集まってくる。


「聖女様だ」

「仮面の聖女様だ……」


 漏れ聞こえる声にアーノルドは首をかしげる。


「『仮面の聖女』?」

「なんだか気が付くと、そんな風に呼ばれるようになってたんです」


 ノエルの姿を見るなり、どこからともなくわらわらと人が寄ってきた。

 咳き込む子どもを連れた母があり、腕に包帯を巻いた老爺がおり、とかく何らかの形で不調を抱えた人の姿が目立つ。


「聖女様、息子が熱を出してしまったんです。どうかお助けください!」


 息子の手を引く母が懇願する。

 ふらつきながら母に付いてきた少年の前にかがみこむと、ノエルは呪文を唱えた。


「……≪快癒促進トリイトメント≫」


 かざした手から魔力の光りが放たれ、照射された。


「これで、じきによくなることでしょう」

「ありがとうございます!」


 母親は深々と頭を下げ、子どもにも頭を下げさせて、ノエルの背後に控える雄大な筋肉の塊に目を留める。


「そう言えば、そちらの方は? いつもはお一人でいらっしゃいますのに」

「知人です。ちょっと買い物の荷物持ちをお願いしようかと」


 ノエルは当たり障りの無い嘘をついた。


「聖女様、魚にあたっちまいまして」

「もう今月は一日も休めねえんです。明日仕事行けるようにしてくれませんか」

「腕の調子、お陰様で大分ええわ」

「歯が痛くて痛くて……」


 以下、概ね同じようなことが続く。

 彼らは皆、医者に掛かる金も、癒やしの魔法と引き換えに神殿に寄進する金も惜しまねばならない身の上だ。ノエルは彼らに魔法による治療を施していく。

 代価らしい代価は受け取らない。中には多少の金銭や食品などを礼として差し出す者もあったが、それは本当に気持ち程度のものだった。


「聖女様、私の娘も……」


 酒焼けした顔の男が、どこか怯えた様子の娘を連れてやってくる。

 少女の右腕には濡れた手ぬぐいのようなものが掛けられていたが、それをめくると手の甲からヒジ辺りに掛けて新しく痛々しい火傷の痕があった。


「火傷ですか。なら……」


 寸の間、ノエルは少女の目を覗き込み、それから鞄を漁る。

 この鞄には、割と本格的な処置が可能な救急キットや多少の薬品が納められている。

 全ての病気や怪我が魔法で治るわけでもなし。ノエルはシャントメィエに与えられた力を使ったとしても、せいぜい『過不足無い一人前の術師』止まりだ。そこまでしか力を望まなかったから。

 そこで魔法と通常の治療を組み合わせて、より効果を高めるのだ。


「≪治癒促進リジェネ≫」


 まずは傷を治すための回復魔法を掛け、ガーゼに傷薬を浸し、それを当てた上から包帯を巻いていく。慣れたものだ。

 応急処置も冒険者の必須技能。魔法や戦いの才能とは別の点でパーティーに貢献できないかと色々やっていたから、応急処置は『炎の魔剣(パーティー)』の中で一番上手かったとノエルは思っている。


「ありがとうございます」

「あの」


 手当を済ませると、父親はお礼を言う。

 その愛想笑いに誤魔化されてやる気は無い。


「お子さんのためと思って今回は治しました。

 次はこのような怪我をさせないよう、ご注意くださいね?」


 一瞬、彼は何を言われているのかよく分からないという顔になった。


「……ね?」

「は、はい」


 念を押すと、気圧された様子で男は頷き、ギクシャクとした足取りで退散していく。


「どうかしたのか?」

「あの怪我、お父さんがやったやつですよ」

「分かるのか」

「なんとなく」


 アーノルドは感心した様子で何とも言えない色合いの溜息をついた。

 少なくともノエルには、あのオヤジが結構なろくでなしである事と、娘が彼に怯えていること、そのだいたいの理由まで彼らを見るだけで察しが付いた。


 ――親父の影響だな、この観察眼は……小さい頃から仕事をチラ見してきたし……


 あまり認めたくないことだが、ノエルは間違いなく実家の薫陶を受けていた。

 マフィアの一歩手前くらいに位置する悪徳商会の仕事は、客に遵法精神があるとは限らないし、不当な損害を被っても法的手段で取り返せるとは限らない。

 一筋縄ではいかない客どもを、どうにか見極めなければならないのだ。その手管を、父は己の子らが幼い頃からなるべく見せるようにしていた。英才教育とでも言うべきだろうか。


 特に時間や人数を数えているわけではないが、ノエルを見てすぐに出て来た人たちを概ね治療したところで、ノエルは鞄を片付け始める。


「聖女様、どうかこの子を……」


 一歩遅れて、幼子を抱いて出て来た母親が居たが、ノエルは首を振った。


「ごめんなさい。まだ街を回らなければなりませんし、わたしの魔力も無限ではありませんので……

 代わりと言ってはなんですが、このお薬を差し上げます。飲ませてあげてください。

 ……本当にごめんなさい」


 防水紙にくるんだ一包の薬を鞄から差しだし、ノエルは頭を下げる。


「いえ、そんな勿体ない! ありがとうございます」


 母親は薬を押し頂くと、礼を言って帰って行った。


 これがノエルのスタイル。

 長居はしない、辻斬りの如き一撃離脱の慈善事業だ。

 人々も既にそういうものだと認識している。


「実は余力は結構あるんですけどね。抑え気味に魔力を使ってますし」


 見送られて立ち去る中、隣のアーノルドにノエルはぶっちゃける。


「甘え過ぎてはいけないということか?」

「いやー、治せるもんなら治したいですよ。ただ、この『つじヒール』行為だって割とグレーって言われてるのに、治し過ぎちゃったらお医者さんとか神殿からめっちゃ睨まれますから。継続的に人助けをするための処世術です」

「ううむ……難しいものだな」


 真剣に悩んでいるアーノルドがなんだかおかしかった。

 善意から善行を為すのであればなんでもかんでも許される、と人は考えてしまいがちだが、世の中はそう単純ではないものだ。


「こうやって魔法を施してるうちに聖女扱いされまして。

 わたしが得意なのは神聖魔法じゃなく練体魔法ですから、神の奇跡による治療じゃないんですけど」

「練体魔法……肉体に働きかけて、共に戦う仲間の力を強化したり、神の奇跡に依らず傷を塞ぐ魔法だな」

「しかも聖女って本来は神殿がただ一人に認定する称号みたいなもんですよね。

 みんな割と気軽にあっちこっちで聖女って呼び名使ってますけど」


 人は、『聖女』という言葉を使いたがる。思うにノエルの場合は、仮面で素顔を隠した神秘性とか、修道女のような服装(身体つきを隠すためのものだ)などからイメージが膨らんだ可能性もあるが。

 実態が聖女とは正反対の何かであるだけに、その呼び名はノエルにとって滑稽ですらあった。


「何故、このような生活を?」

「そうですね……ちょっと面倒な話になります」


 特に隠すこともなく、ノエルはアーノルドに事情を話すことにした。

 そろそろノエルも打ち明け話がしたい頃合いだった。

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