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【1-14】出遭ってしまった奴ら

 数ヶ月後。

 海すら越えた遠き地にて。


「ありゃ、行き倒れ……?

 もしもーし」


 天秤棒に水桶を四つ吊るし、静かな森の小道を水汲みに行くところだったノエルは、道のド真ん中に倒れている何者かを発見する。


 この場所は街道からも外れている。薪拾いか薬草摘みに来て道に迷ったなら分からなくもないが、男はそれらしい荷物も特に持っておらず、何故ここで倒れているか謎だった。


 倒れているのは隆々たる肉体を持つガタイのいい男だ。とは言え、筋肉を付けることそれ自体を目的にした芸術品的肉体というわけではなく、常識的で実用的な範疇に収まっていたが。

 何故か半裸で……もしかしてこれは運動着なのだろうか。とにかく、筋肉の逞しい凹凸がよく分かる格好だった。

 『むさ苦しい』の二歩手前くらいの精悍な顔立ちで、赤い髪は運動に適した短さに整えられている。

 薄着である事も相まって、彼はどこかの国の剣闘士のようにも見えた。息は苦しげだが特に怪我をしている様子は無い。


「力尽きて倒れてるだけ……?

 なら……≪体力強化スタミナ≫」


 応急処置のつもりで魔法を使う。

 ノエルがかざした手から光が放たれ、男の筋肉に吸い込まれていった。


「これで活が入ったかな。後は栄養と水分を入れられればいいんだけど……」


 束の間、ノエルは逡巡する。

 まだ昼だし、暖かい季節だから外で寝かせておいても死にはしないだろうが、ここで手当をするのは流石に面倒だ。

 とは言え、手伝ってくれるような人も近くに居ないのに、彼の身体を運ぶのはなかなか大変そうだが……


「しょうがない、拾って帰るか。……≪膂力強化ストレングス≫」


 水桶を一旦放り出し、魔法で自己強化(バフ)を掛け、ノエルは筋肉の塊を担ぎ上げた。


 * * *


 わざわざ街から離れ、魔物が出るかも知れない森の中で暮らそうなんて変わり者は……一般的ではないが、実のところ割と多い。

 遊牧民や猟師、薬草師や何らかの修行者、山賊、そして何らかの理由で人里に居られなくなった者……


 ペクトランド王国の外れにある静かな森の中に、その庵は存在した。

 古びて風合いの出たその木造家屋は、かつて変わり者の薬草師が住んでいたのだとか。彼が年老いて死んだ後、空き家になって最寄りの街に接収されていた。

 それを二束三文で買い取って居住税を支払い、住み着いたのがノエルだった。


 生まれ故郷の街を後にしたノエルは、遙か遠くこの地へやってきた。

 冒険者時代の貯金(街の外に埋めて隠しておき、逃げる時に持ち去ってきた)も尽きたところ。またどこかへ旅立つにせよ、ここを終の棲家と定めるにせよ、どうにか収入を得て金を貯められないかと試行錯誤しているところだ。

 ただし稼ぐに当たって、ノエルは『己の容貌を利用できない』という重大な制約がある。

 悪魔・シャントメィエによって与えられた呪いでもあるこの美しさは、私欲のために用いれば呪いとしての力を増して災いを招く。


 いつまでここに居られるのかさえ分からない。

 しかし、今のところ大した面倒事も無く過ごせている。

 その間に、何か手に職を付けられないかと思っていたところなのだが……


 ――こいつ、トラブルの種じゃないといいんだが。


 前の住人が使っていたベッドは、ノエルには丁度良いがこの男の身体はおそらく収まらない。

 仕方なく長椅子に寝かされた男を見てノエルは、さてこの男を助けてもよかったものかとぐるぐる考えていた。

 美しさが起こすトラブルとは、要するに『他人』が原因だ。この庵に誰かを入れるようなこともなかった。……ついさっきまでは。


 ――しかしなー、俺の都合で見捨てて死なれたら寝覚めが悪いし……人助けのチャンスでもあるし……


 眉間に皺を寄せて眠り続ける筋肉男は、こうして観察してみると思ったより若い。20過ぎくらいだろうか?

 そう考えるとトラブルの原因としてドストライクという印象もあり、勢いで助けてしまった以上もうどうしようもないとはいえ、果たしてその判断が正しかったのか不明だ。


「う、うぐ……わ……」


 筋肉男がうわごとのように呟いたかと思うと、突然カッと目を見開く。


「……私のプロテインはどこだ?」


 ノエルは、助けない方が良かったかも知れないと少し思った。


 * * *


 風通しが良いリビングには昼下がりの日差しが差し込んでいた。

 古びた家具の上に書物や薬瓶らしきものが無造作に置かれていて、この部屋に眠る智啓を感じさせる。


「助けてもらったようでまことに感謝する」

「いえいえ、大したことはしておりませんので」


 アーノルドが深々と頭を下げると、結果的に命の恩人となったその女は謙遜してみせた。


 窓から見える景色から察するに、この場所は街の中ではないらしい。

 だとするとアーノルドが倒れた森の中か。


 こんな場所に若い女一人で……屋内の様子からするに、おそらく一人暮らしだ……住んでいるのは珍しい。

 それだけでも奇妙だが更に奇妙なことに、彼女は仮面を身につけていた。


 数枚のパーツを組み合わせた、まるで白亜の盾のような仮面が、彼女の顔をほとんど覆い隠している。

 一見すると、どうやって視界を確保しているのかも分からない密閉ぶりだが、おそらく継ぎ目の部分を利用して、何らかの魔法的加工も組み合わせて視界を得ているらしい。

 顔面のうち、辛うじて露出しているのは口元だけだ。彼女がどんな顔貌かおかたちをしているのかはほとんど窺い知れない。だが、乏しい判断材料からでも美女であるとは分かる。


 身につけているのは修道女の出で立ちのように禁欲的なローブ。だぼついた服は身体のシルエットを隠す。

 ヴェールからこぼれて垣間見える一房の金髪だけでも、百倍の黄金と釣り合うか分からぬほど美しい。

 

「水汲みへ行く途中であなたが倒れていたのを見つけたんですが、一体どうしたんです?」

「う、それは……」


 アーノルドは正直に話すべきか迷う。

 事情を知らぬ者に話すようなことではないから。


「私は旅の者だが、あそこで行き倒れて……いや、我ながら行き倒れたような有様ではないし旅人には見えんな。

 じゃあ魔物に襲われて……ダメだ、傷も特に無い」

「うん……あなたが嘘つくの下手なのはよーく分かりました」


 アーノルドは嘘をつくことを諦めた。


「実はな、私は……一言で説明するなら、世をはかなんで死のうとしていたのだ」

「……穏やかじゃありませんね」

「それで死ぬまでランニングをしようと思った結果、あそこで倒れた」

「自殺の方法がおかしい」

「よく考えたら曾じいさまがランニング入滅なされた時は、一ヶ月くらいの間プロテインと煮干しだけで生活して徐々に身体を痩せ細らせていたそうだな。

 突発的に倒れるまでランニングしたところで死ねるものではなかった。むしろ一眠りして気分爽快だ」

「あの、わたし、ここに住み着いてせいぜい数ヶ月なんですけど。

 この国ってそんな頭悪い場所だったんですか?」


 死ぬなら死ぬで、名誉ある死を……

 そんなアーノルドの浅慮とエゴを嘲笑うかのような顛末だった。


「死のうとして助けられたならこれも何かの縁。私は己を見つめ直し、死ぬ以外の道を考えねばならぬのやも知れぬ」

「そうですね……事情知らないで言うのもなんですけど、一般論として死ぬより生きる方がいいのは確実だと思います」


 真面目くさった彼女の言葉を聞くと、なんだかアーノルドは苦笑が浮かぶ。


 彼女はアーノルドが何者なのか知らないのだろう。だというのに、当たり前のことを当たり前のようにアーノルドに言った。

 アーノルドの肩書きしか見ていない者の、なんと多いことか。だが少なくとも彼女は違うのだ。


「とにかく、目が覚めたなら気付けになりそうなお茶でも入れます。

 ちょっと待っててください」

「かたじけない」


 彼女は、自分で茶を飲んだと思しき状態のまま出しっぱなしだった茶器に湯を注ぐ。

 注いで薬瓶らしきものに入った何かの液体を茶に混ぜ込んだ。


「……ひょっとして、あなたは『白魔女』という類いの方だろうか?」


 人里を避けて修道士のように森の中に隠棲し、魔法などによって人を助ける……

 そんな人々を、悪魔と契約し悪事を働く『魔女』と区別して『白魔女』と呼ぶ。

 彼女の在り方はなんとなく、それを思わせた。


「『白魔女』って……言っていいのかなあ。

 それって単に魔女っぽい暮らしをしてる善良な女術師を指す俗語なんで、定義は曖昧ですけど……」


 言い訳のように言う彼女の動きが、ぎしりと一瞬軋む。


「そう言えば狭義の魔女じゃねーか、俺……」

「どうした?」

「い、いやあなんでも。とにかくわたし、『白魔女』なんて呼べるようなもんじゃないですよ」


 何故か誤魔化すように笑いながら彼女は否定する。


「だが、その辺りに病気の治療などに使えそうな薬草が」

「あの、ごめんなさい。野草図鑑見ながら摘んできた食べられる野草です」

「その魔術書は」

「冒険者向けとかの初級入門書……てか半分くらいは絵巻マンガ本……街の貸本屋で……」


 アーノルドが指差す毎に仮面の女は恥じ入る。

 いかにも白魔女の住処然としたリビングは、一瞬にして『ただの散らかった部屋』となった。


「……なんかホントすみません。人を招くとは思っていなかったので片付けもしてなくて」

「い、いや、私こそあまり触れない方が良いことを……」


 お互いに気まずかった。


「と、とにかく、まずはお茶をどうぞ」

「ああ、うむ、ではありがたく……」

「うわっ!?」


 取り繕うようにぎこちなく茶を出そうとした彼女は、床に置かれていた鋼線のようなもの(マジックアイテムに使われる、魔力を流す導線だろうか?)に蹴躓く。

 爽快にずっこけた彼女の手からはティーカップが、その顔からは盾のような仮面が飛んだ。


「無事……か……」

「……やべえ」


 二人の目が合った。

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― 新着の感想 ―
>「それで死ぬまでランニングをしようと思った結果、あそこで倒れた」 >「よく考えたら曾じいさまがランニング入滅なされた時は、一ヶ月くらいの間プロテインと煮干しだけで生活して徐々に身体を痩せ細らせていた…
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