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【1-13】夢より覚めて悪夢

 深く。

 深く。


 深い水底を漂うかのような感覚。

 そこから、引きずり上げられていく。

 有無を言わさず強引に、光のある方へ。


「……おおっ! 成功だ!」

「奇跡だ! あんな酷い状態の死体から蘇生が成功するなんて滅多に無いぞ!」

「あ…………う……?」


 驚嘆する声が近くから聞こえて、ジョーは目を開け身を起こす。

 何故かジョーは、生ぬるい水が張られたバスタブのようなものに寝かされていた。


「ジョー! 良かった、良かったぁ……!!」

「親父……? 俺は、いったい……」


 涙と鼻水で顔をグチャグチャにしたフレッドがジョーに抱きついてきた。

 そこはステンドグラスに見守られた壮麗な神殿の礼拝堂で、ジョーの周囲には大きな魔法陣が描かれていて、錫杖を持った神官たちがジョーを見ていた。


 この光景は、野次馬としてなら見た事がある。蘇生の儀式だ。

 命半ばにして死を迎えた者は、神の奇跡に縋って蘇ることができる。そのための儀式の場がこれだ。

 ただし高価な触媒を山と使うので、必要な寄進の額はべらぼうに高く、それでも成功するとは限らない。死体の状態や死後の時間、生前の所業や術者の腕前によって成功率は下がっていく。


 ジョーは運良く蘇ったわけだ。


 ジョーは一度死んだ。


 ジョーはあの迷宮でロナルドに殺された。


「……! そうだ、ノエル! ノエルはどこだ!

 ロナルドは!?」

「落ち着いて聞け、ジョー。

 ロナルドは死んだ。ゲイルも……バーンズも」

「死んだ? ロナルドが!?」


 フレッドは気遣わしげだった。


 何かがおかしい。

 自分は地下六階でロナルドに殺されたはずだ。

 ゲイルもバーンズも自分も殺したロナルドは……ノエルを攫って逃げたとでもいうなら分かる。だが、死んだという。


「そ、そんなはずはない! 俺はあいつに殺されたんだ! 『耳なし回廊』で……!」

「ジョー。お前たちの死体は地下十階で見つかったんだ。魔物に食い荒らされて酷い状態だったが、ギルドの人が持ち帰ってくれて……

 諦められなくて、なけなしの財産を寄進して蘇生を頼んでみたんだ。

 本当に……本当に良かった」

「ノエルは無事か!? ロナルドに連れ去られたのか!?」

「落ち着け、ジョー! ロナルドは……死体も、荷物も、確認された」


 ジョーは世界がグラグラと揺れているような気分だった。

 蘇生のショックで記憶が混乱しているとでもいうのだろうか?


「……ノエルは、行方不明だ。死体すら見つかっていない」

「そんな馬鹿な……」


 何が起こっているのか、まるで分からない。


 いや、とにかく大切なのはノエルだ。

 そして彼女の死はまだ確認されていない。


「俺をダンジョンに行かせてくれ。ノエルを探さないと」


 ジョーは聖水で満たされた棺から立ち上がった。


 * * *


 冒険者ギルドがダンジョンの入場制限をしているもので、ギルド支部でもある迷宮管理局のロビーは待合室として、物騒な出で立ちの連中でいつも賑わっていた。


 そんな中に見知った顔を見つけ、ジョーは小走りに近寄っていく。


「アダム!」

「ジョー!? お前死んだって聞いたぞ!?」

「親父が神殿に蘇生を頼んでくれて……いや、そんな話は後でいい!」


 魔術師ウィザードのアダム。

 別のパーティーで活動している冒険者で、彼はジョーの知人だ。

 ダンジョン入りの時間までパーティーメンバーと暇を潰しているところだったようだ。


 驚いた顔をしている彼の前にジョーはひれ伏し、鏡のように磨かれた床に頭を擦り付けて懇願する。


「頼む! 俺を地下十階まで連れて行ってくれ!

 ノエルが行方不明なんだ!」


 ジョーはパーティーのメンバーを全員失った。

 ……まあ、ノエル以外のメンバーは仮に生きていたところで、もう一緒に冒険をしようとは思わないが。

 とにかく、この状況ではダンジョンの様子を見にいくこともできない。ギルドだって許可を出さないだろう。

 協力者が必要だった。


「探すのか……?」

「ああ。それに色々と妙なことがあった。

 ギルドによると俺たちは地下十階で魔物に襲われて全滅したそうだが、俺の記憶じゃロナルドが他の二人を殺して……

 と、とにかく、俺の目で見てみないことには何も始まらないんだ。頼む、連れて行ってくれ!」


 ジョーは再び、額を床にこすりつける。

 彼らが頼みの綱だった。


「ダメだ」


 きっぱりとした声が飛んでくる。

 アダムではなくて、一緒に居た重装鎧の戦士ファイターから。

 アダムのパーティーのリーダーだ。


 ジョーが顔を上げると、彼は椅子に腰掛けて足を組んだまま、うんざりした顔でジョーを見下ろしている。


「あのな、俺らも五人パーティーでやってるわけ。お前の代わりに誰か休ませとけっての?

 仮にギルドが認めても、そんな急造パーティーでそんな深く潜りたくないね。

 まして、自分のパーティー全滅させたリーダーと?」


 ジョーはぐっと息を詰まらせる。

 進むか、戻るか。その責任を負うのはリーダーだ。

 メンバーに被害を出すのはリーダーにとって不名誉である。まあ普通なら、事情によるとか、同情すべきだとか弁護もあるだろうがジョーは既にノルムという前科がある。

 この上でパーティーが全滅したとあれば見る目も厳しくなろうというものだ。


「ジョー。お前、一度は行った地下十階に戻れなくて焦ってたそうじゃないか」

「そ、それが何だ」

「客観的な事実だけを言う。お前はパーティーメンバーだった……ノルムっつったっけか? そいつを失って地下十階へ到達できなくなった。

 ……ならノルム以上のメンバーを入れて、同じくらい連携できるようにならなきゃ失地挽回はできなかったはずだろ」


 ジョーの心臓が冷たい手に鷲づかみにされた。

 ()()だけは認めたくない。周囲からそんな風に見られるのはもっと嫌だ。

 ノルムが無能である事なんか、誰が見ても明らかだった……はずで……

 確かにちょっと変わったテクニックを持ってはいたが、パーティーに貢献できてなどいなかった……はずで……


「あいつは第二等級だったんだぞ。第三等級のノエルがノルムに負けてるはずが……」

「そうだったのか? だがまあ、いいか、俺が言ってるのはあくまで客観的な事実だ。

 それで代わりのメンバーを入れたが挽回できず、焦ったお前はパーティーの実力を見誤って行くべきでない場所へ行ってしまった」


 冷たい視線がジョーに突き刺さる。


「お前がノエルちゃんを殺したんだ」

「あ……」

「無能なだけなら別に良いんだ。だが、そういう危険な無能者は俺のパーティーに入れられねえ」


 この街の男どもときたら、誰もがノエルに夢中だった。

 もちろん彼女が最後に選んだのはジョーだったわけだが。


 しかし、今やジョーは嫉妬の的などではなく、『ノエルを死なせた無能』という悪名を背負うことになってしまったのだ。

 世間で囁かれているパーティー『炎の魔剣』の最期と、ジョーの死に際の記憶は一致しない。だからこそ何もかも実感が無いのだけれど、他人から見ればジョーがどう思われるかは明白だった。

 少なくとも、実力以上の無茶をしようとしていたことだけは間違っていないのだから。


「……済まんな、ジョー。リーダー判断だ。

 それとさ……多分、今更お前が行ったところでできることねぇよ。

 折角命拾いしたんだ……しばらくゆっくり休んで、親父さんと一緒に居てやんな」

「あ、ああ……」


 アダムに優しく声を掛けられて、ジョーは去って行く彼らを、這いつくばったまま呆然と見送る。

 侮蔑と嘲笑の囁きが周囲には満ちていた。


「俺は……地下十階に行けてすら……いなかったのに……」


 ただ打ちひしがれる以外に、ジョーは何もできなかった。

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