【1-12】窮鼠は踊る
黒服たちが一斉に身構える。
だがリベラは余裕綽々で、愉快そうだった。
「ほう? どうやって抜け出した? 魔法を使ったようには見えなかったがな」
「神様が逃がしてくれただけさ」
魔法ではない。
実はこれも美の女神、もとい悪魔からいつの間にか賜っていた超常の力だ。
ノエルは、特に魔法的な力を持たないものであれば、衣装を自由自在に生み出して身に纏うことができる。着衣の乱れや破けだって思いのままだ。ゲイルを騙すのに役に立った。
おそらく、あの元美女神・現悪魔は、身に纏う物品まで含めた『美しさ』という概念を司っているのだろう。いつでも望む通りの装いができるように、とかなんとかそういうコンセプトなのだろうと察する。
これを応用して、例えば『外側にカッター刃が付いたブレスレット』なんかを生み出せば、後ろ手に縛られようと平気で脱出できるのだった。
――でも悪魔の力があるとは言え、戦闘能力は本当に大したことないからな俺……
服を二、三枚脱ぎ捨ててブン投げて目隠しをする。そんで意表を突いた隙に窓から逃げる……!
今はカーテンが閉められているが、この部屋には窓がある。
そこに飛び込むまでの数秒間の戦いを、ノエルは頭の中で模式する。
まさか服をいくらでも生みだせる特殊能力なんて想定していないだろう。意表を突きつつ目眩ましをして、その隙を突く。
「取り押さえろ!」
リベラの号令一下、手近に居た三人の黒服が一斉に掴みかかってくる。
「させるか!」
ノエルが念じると、身につけていたシャツの背中部分が裂け、ずるりと脱げた。
それを宙に打ち広げるようにノエルは投げつける。
純白のレースに覆われた柔らかで豊満な胸部が露わになる!
「うおっ!?」
「え!?」
その瞬間。
ノエルに襲いかかろうとしていた全員が雷に打たれたように震えた。
信じられないくらいあからさまな隙で……思わずノエルは手近な黒服一人に拳を叩き込んでしまった。
「うぐっ」
鳩尾にクリーンヒットを食らった黒服はうめいてうずくまり、気を失う。
わけも分からぬままに仲間を一人倒され、黒服たちは訝しみつつ警戒する様子を見せる。
と言うか、当のノエルすら今の一撃が何だったのか分からない。この黒服どもは皆、現役バリバリで『裏の仕事』をしている連中に間違いなく、ヘッポコ冒険者のノエルが勝てるはずもないのだが。
「まさか……」
極めて馬鹿馬鹿しくて下らない閃きが脳裏をよぎった。
そんなまさかと思いつつ、ノエルはそのトンチキ極まる閃きが正しいのではないかと思えて仕方なかった。
「こういうことか!?」
ノエルはスカートの脇を引き裂いてスリットを作り出す。
はちきれんばかりに瑞々しく白い太ももが露わになる!
腰へ向かって描かれる優美なカーブ!
そしてヒモパンの結び目!
「ぶほっ!?」
何かに弾かれたように全ての視線がそこへ集中する。
次の瞬間、足の可動域を広げたノエルの回し蹴りが黒服の側頭部に叩き込まれる。
更なるコンボだ!
剥き出しになったカモシカのような脚!
見え隠れするギリギリの鼠径部!
ちらつく純白の下着!
「てりゃああっ!」
体重を乗せた正拳。身を翻して回転しつつの裏拳。乳揺れ! 掴みかかる手を掻い潜り、カウンターの背負い投げ。谷間! そのまま背面への蹴り。尻!
多勢に無勢だったはずなのに、黒服どもはあっさりと地を舐めていた。
もはや残るは一人……リベラだけだ。
「人を狂わす……魔性の美……」
ノエルは、畏れより呆れに近い感情を浮かべて呟いた。
躍動するノエルの肉体は……相手が同性愛者の場合どうなるかは不明だが……少なくとも大半の男性に対しては強制的に隙を作り出す、恐るべき精神攻撃兵器だった。
「おのれ、猪口才な!」
老紳士めいた格闘家が闘気をみなぎらせて構えを取る。
負けるはずの無い相手に部下たちが薙ぎ倒されるのを見て、流石に危機感を抱いたようだ。
対するノエルはホールター……いわゆる前掛け状の服を生みだして身に纏う。
「面妖な術を……!」
「てりゃあ!」
肘鉄の構えからノエルは突っ込む。
横乳!
「ぬ!?」
リベラの動きが鈍り、ノエルの攻撃は彼の胸元に直撃。
さらにノエルは流れるようにアッパーカットを繰り出した。
「ぐほっ!」
顎に突き刺さる一撃。
脇!
靱帯の限界に挑戦して豊満な胸部が揺れる!
さらにノエルは畳みかける。一歩踏み込んでフェイント気味に一回転しての後ろ回し蹴り。
剥き出しのくびれたウエスト!
スカートのベルト部分から尻の谷間の上端が覗く!
薙ぐような蹴りがリベラを貫き、彼は子どもが投げ出した人形のように転がった。
「う……」
届かぬものを掴もうとするように手を伸ばし、一言。
「美しい……」
寝言を呟いて、彼は気を失った。
「か……勝っちゃった……」
気が付けば辺りには、闇の仕事人どもが死屍累々。
あまりのことに、勝ってしまったノエルの方が呆然とする。
災厄を招く呪いの美。
確かに恐ろしいものだ。色々な意味で。
「…………逃げよう! どっかすっごい遠いところへ!」
ノエルは決意を固めると猫のように身体を丸めて窓ガラスをブチ割り、外へ飛び出した。




