【1-1】パーティーの『再出発』
その日の仕事はいつもと違った。
「……ここ、行き止まりの部屋じゃんか。駆除するモンスターは?」
何も無い部屋で、隙間無く石が組み合わされた壁を見てノルムが振り返ると、そこにはパーティーメンバーたちの冷たい視線があった。
「あのさ、お前。俺らの足引っ張ってるの分かってる?」
口火を切ったのはパーティーリーダーのジョーだ。
ノルムと同い年なのだから彼も18歳である筈なのだが、胸板が分厚く肩幅も広いジョーは、比較的華奢なノルムよりも余程大人に見えた。
彼は青く艶やかに塗られた鎧に全身を包んでいる。一見すると高価なオリハルコン製にも見えるが、これはメッキだ。
怒りよりも憎悪に近い視線を受けて、ノルムは氷を飲まされたように感じた。
「……俺だけ、等級が低いから?」
ノルムやジョーは『冒険者』……魔物との戦いを生業とする者だ。
冒険者は実力や実績に応じて等級分けが存在する。
パーティーを組んで一緒に仕事をしているノルムたち五人。既に第三等級になって久しく第四等級への昇格も睨むジョーたち四人に対し、ノルムは未だに第二等級で足踏みしている。
一般的に、客観的に考えれば、これはノルムがパーティーのお荷物になっている状況だ。実力の低い者がパーティーに混じっていると他の者はそれをカバーする必要が出てくる。
その事をノルムはよく分かっていた。
パーティーメンバーたちは、何かを(おそらくノルムの父を)畏れ憚るように、ノルムへの不満を口に出すことはなかったが、ノルムは失望と苛立ちと敵意を常に感じていた。
会話は徐々に減り最小限に。溜息と舌打ちがコミュニケーションだった。
「まあそうだよ、要するに。
そりゃ、確かにお前は強化の魔法を多少使えるよ。多少な!
でもそれで、俺らと肩並べてるつもりなら大間違いだっての」
「迷惑掛けてるのも……嫌われてるのも分かってた。
でも俺はせめて強化担当として理想の仕事ができるよう、頑張った……つもりで……」
控えめな抗弁は、かえって怒りの炎を煽った。
ジョーと共に他のメンバーたちも、堰を切ったように不満をぶちまける。
「こないだのパーティー対抗戦もお前が真っ先にやられてたじゃねえか!」
「そもそもお前くらいの魔法なら、使える奴が他にいくらでも居るんだよ」
「お前の強化魔法、ヒヤヒヤするんだよ! 出し惜しみで効果時間絞りやがって!
実際、間に合わなかったりタイミングずれたりするし。
ああやって節約しなきゃ魔力切れになるってんなら控えめに言ってゴミだぞ、ゴミ!」
鐔広三角帽を被って杖を持った魔法の使い手、バーンズ。
胸甲と膝当て程度の軽装の鎧を身につけた剣士、ロナルド。
腰のベルトポーチに鍵開けや罠外しの道具を満載した『探検』の専門家、ゲイル。
ノルムのパーティーメンバーたち。
彼らもまた、口を極めてノルムを罵る。
「つーかお前よ、殴り合ったら負けるからって後ろに下がってくるの何なんだ!」
「格闘家でギルドに登録してんならちゃんと殴り合えよ、なんで前衛のお前を守らなきゃならねえんだ!」
「強化だけじゃ魔術師名乗れねえから、半端な格闘技で格闘家っつってんだろ」
「俺らの強さにタダ乗りしてるだけなの。そういうのなんて言うか分かるか? 『寄生』だよ!」
張り付いたように喉がカラカラで、ノルムは声が出なかった。
みんな自分をそう思っているのだろうと考えてはいた。
だが自分でグルグル考えているのと、実際にその言葉を叩き付けられるのでは全く別だ。毒薬と爆弾くらいは違う。
「お前、なんで今までうちのパーティーに居られたか分かってるか?」
ジョーがノルムに詰め寄る。
「……俺の親父と……お前の親父が、知り合いだから……?」
「知り合い!? 知り合いだと!? てめえふざけんじゃねえよ!
お前の親父に睨まれたら、うちの親父は商売できなくなるんだよ!」
「それだけじゃ済まねえだろ」
ノルムの胸ぐらを掴み上げたジョーの後ろで、ゲイルが皮肉っぽく肩をすくめていた。
「明日には運河に浮かぶぜ」
分かっていた。
ノルムにも分かっていた。父がそういう人物なのだという事は。
ノルムが今までパーティーを追い出されなかったのは、ノルムが有能だからでも、ジョーたちが優しいからでもない。彼らがただ、ノルムの父を恐れていたからだという事は分かっていた。
ノルムの父が、ジョーの父にノルムを預けるような形でパーティーは結成された。ジョーにしてみれば否応なく。
「お前、そんなにまでして冒険者って地位に縋り付きてえか?
俺たちゃ全員生きるために真剣なんだよ、お前みたいなボンボンの道楽と違ってな!」
「道楽じゃない……俺は、強くなるって誓ったんだ……」
「あ?」
「俺は親父みたいに金を動かすことはできないけど、冒険者になって、なけなしの魔法の才能とか、先生に習った武術とかで……何かができるかも知れないって……」
ノルムは父の『仕事』が嫌いだった。
だから跡目争いには最初から乗る気にならなかったし、家も出たかった。父が牛耳るこの街も出たい。できれば遠く離れた場所で、独力で生きていきたいと思った。
誰かを泣かせたり血を流す仕事ではなく、誰かを助けることで生きていきたいと思った。
そのための手段がノルムにとっては冒険者だったというだけのこと。
だが、この場においては何もかも虚しい言い訳に過ぎない。
「……俺、親父に言うよ。俺は、俺の意志でこのパーティーを抜けるって」
「お前なあ。本っ当に分かってねえよな」
思い切ったつもりのノルムだが、帰ってきたのは四つの溜息だ。
「お前の親父は、お前が無能なのを承知で俺らに預けてんの。分かる? 世話しろってんだよ。
それを俺らの都合で突っ返してみろ。俺はこの街で一番怖え奴に借りを作ることになる」
ノルムは何も言い返せなかった。多少なり活動実績があったジョーのパーティーに、新人のノルムを放り込んだことがそもそもおかしいのだ。
ノルムが足手まといなのは今日に始まったことではなく、パーティーに加入して以来ずっとだった。皆の背中を追う立場であり続け、しかも追いつくどころか差は開くばかり。
それでもノルムがこのパーティーに縋り付いていたのは、冒険者として一定の実績を収めれば父の手から離れる目途が立つからだ。
他のメンバーに疎まれているのは分かっていたけれど、それもノルムが街を出るまでの辛抱だと。
ただ、その『一定の実績』というやつが思ったより遠くてノルムは停滞を強いられた。他の四人を巻き添えにして。
「だから、俺らのワガママとは別の形で、お前にパーティー抜けてもらう手を考えた。
……冒険者が冒険中に死ぬなんて良くあることだ。たとえば、弱い奴を守るつもりで後ろに下げたら背後から魔物の奇襲を受けたりな。
ここなら目撃者は居ねえ。死体も残らねえから証拠も残らねえ」
「えっ……?」
「我慢の限界なんだよ、俺ら。こっちは人生がかかってんのに、親父の義理で背負わされた荷物になんか付き合ってられっか」
どうして、ずっと黙っていたことを皆は今日に限ってぶちまけたのか。
気づいた時には、もう遅い。
「ぐはっ!?」
鎧を纏ったジョーの足がノルムの腹部にぶち込まれる。
酸っぱいものが腹の奥から込み上げ、ノルムは身を折って崩れ落ちた。
「俺たちはお前を切り捨てて成り上がる。永遠にさよならだ、ノルム」
「ちょ……待…………」
倒れたノルムを残し、四人は四角い行き止まりの部屋を出る。
ゲイルが入り口の扉を留めていた楔を外し、扉を閉じた瞬間。
部屋全体の床が下に向かって開き、ノルムは死に至る浮遊感に包まれた。
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