溺愛、嫉妬、そして
彼は、私のものだ。
誰が何と言ったとしても。
彼は、私から離れていかない。
それこそ、死が私達を分かつまで。
ガチャガチャと、ドアの方で音がする。
その音で私は微睡から覚める。
キィと音がしてドアが開いた。
「ただいま、遅くなってごめん」
愛しい彼の声が聞こえた。
彼はスーツの上着も脱がずに私の元に一直線で向かってきた。
私は彼を見つめる。
ベッドの上で怠惰に寝転ぶ私に、彼は目尻を下げて擦り寄ってくる。
彼が帰って来て嬉しい。
その気持ちに嘘はない。
けど。
でも。
今の私は、機嫌が悪い。
彼の帰りが遅かった。
それだけじゃない。
彼が私に近づく前に気が付いた不快な匂い。
彼の身体から、私では無い、他の誰かの香りがする。
許せることじゃない。
私は彼の腕から身をかわして距離をとる。
「だから、ごめんって。
拗ねないでよ。ほら、これお土産。
好きだろ?
買ってきたよ。
後で食べよう?」
彼は一生懸命媚びた声を出し私に詫びる。
食べ物で釣るなんて。
私はそんな安くない。
私は彼を無視してそっぽを向く。
「本当にごめんって」
そういって彼は私に一歩近づく。
私も一歩遠ざかる。
けど。
彼の手が私を捕らえて。
無理矢理抱きしめる。
狡い。
私の力じゃ、彼にかなうわけないじゃない。
彼の香りが鼻腔をくすぐる。
思わず絆されそうになる。
だけど、私は怒っているのだ。
このまま許してなるものか。
そう、大人しくずっと抱きしめられている私じゃない。
全身を使って彼を拒む。
それに気が付いた彼は、名残惜しそうに抱擁を緩めた。
「そんな寂しかった?」
私が嫌がっている事に傷付いた様な顔して私を見る。
でも、彼は私が拗ねている事に喜んでいる。
彼は、知っているのだ。
私が彼を思う気持ちを。
私が真剣に彼から離れる訳がないと言うことを。
悔しくてベッドに戻り不貞寝する。
彼はしばらく私を見ていたけど、諦めたのかシャワーを浴びに移動した。
ザァザァとシャワーの水音が聞こえる。
その水音が子守唄の様で、私は目を伏せた。
だけど中々眠る事も出来ず。
バタンという音が聞こえた。
シャワーから出たのだろう。
彼は片手に缶ビールを持ち、テレビをつけてソファに座る。
彼はベッドにいる私をチラッと横目で見た。
見られてるのを気が付かないフリをする。
「おいで」
彼が自分の隣をポンポンと叩きながら、優しい声で私を呼ぶ。
私は物憂げに彼を見つめた。
「おいで」
もう一度、彼は優しい声で言う。
それでもベッドから動かない私を見て、彼は降参とばかりに首を竦めた。
そして無言で立ち上がり、私に背を向けた。
それでも私は微動だにせず彼の動きを注視する。
彼が向かう先は。
ペリッ、という音がして思わず。
この、抵抗し難い芳しい匂い。
私は身を起こして足早に彼の元に一目散に向かう。
彼は破顔して私を迎える。
グルグルグルグル。
グルグルグル。
「ニャァーン」
自然に喉が鳴り甘えた声が口をつく。
皿に盛ろうとしたキャットフードを横から食べ始める。
「チビは、相変わらず鈴がなる様な美声だなぁー」
彼が背中を撫でるのを私は許した。
ハグハグと夢中で食べる。
うん、やっぱりコレは味が違うわー。
お肉の質も味もパーフェクト。
「さっすが高いだけあるな〜、このキャットフード…てか、俺よりこっちかよ、チィービィー」
彼の少し悲しげな声が聴こえる。
仕方ないわね。
これに免じて食べ終わったら膝の上に乗って甘えてあげましょうかしらね。
少しだけ、ね。
終わり